07こうはいうけど奴らは次の日キャッキャ言いながら仲良く茶を飲みあってるんだぜ?信じられるか?
エルフの一人が女優にスカウトされたと自慢してきたのでついていくことにした。
「聞いてよーふふふー、もう、聞いてったらあああ」
女優になる条件に人間をたくさん自分のそばにつけることを所望したらしい。
「あっっっそ」
どーでもいい会話なら、そこらへんに生えてる草とでも話せばいいのに。
逆ハーレム希望と思われるんじゃないかと思った。
実際、彼女が来たら近寄ってきたのはかっこいいと分類される人のオス。
メスは?となる。
女優となったエルフ略して女優エルフはゴマンゲツだ。
「〇〇さま!お荷物持ちます!」
「はわわわわん。溶けるっ!私、人間ちゃんに囲まれちゃってるのおお!」
痛いエルフのくせして、ちやほやされてやがるぜ。
顔が超絶美形のせいで残念美形扱いだ。
「恥ずかしいから帰っていい?」
「こんなに囲まれて嬉しすぎて?」
「貴様にだ」
杖をフルスイングして耳に殴打する。
ブルルルン!とえげつない震え方をさせて打撃を受け切るエルフ耳。
人間ならなくなってる、跡形もなく。
「え?やっだあ?私で緊張を解くのかしら?そんなことしなくても、リリシヤのそばにもみんな集まるわよ!落ち込まないでってばっ」
ハートマークや星マークを、最後つけそうなエルフに今度は左耳から行こうかと杖を振り上げる。
それでもエルフ二人はとても慌てることも、周りを気にしない。
二人にとっては昔からのやりとり。それもそのはず、これは相手が取り合わないから仕方なく編み出した、リリシヤがコンタクトのためにやる、いつものことである。
「うわあああ、〇〇さま!」
しかし、ここは人間しかいないので、こちらのことを知らない上に把握していないからと、止めようとする。
(うるさい人間どもめ)
「あー、リリシヤー?そんなこと人間ちゃんに言ったらみんな近寄らなくなるわヨォ?知らないわヨォ?」
「別にいいし」
「強がっちゃってええ」
エルフの二人は気にせずに、体を寄せ合う。
具体的にはリリシアだけ離れようとするけど、構わず相手が距離を縮めてくる。
「いや、強がりでも何でもなく、赤裸々な本音だっつの」
女優エルフは、耳を殴られようと全くこれっぽっちも大丈夫な顔をしている。
だから、周りにいる顔だけ人間達は気にせんでいい。
ダメージゼロ。
そのことを気にしないのは、我らエルフがこの世で最強の種族ゆえ。
エルフボディが殴られても、ダメージなんて与えられないのが常識だから。
「ほら、この子達可愛いでしょ?ただで触れちゃうなんて申し訳なくて女優?というものをやるみたいなの」
人間には瀕死の攻撃でもへっちゃら。
エルフにとっては何の攻撃にもならない。
「なにするのか理解してないのワロタ」
周りにいる人達に、通常のにやりとりだと説明し始めた、女優ポンコツ。
対するマネージャーなのか、さくらなのか、なんなのかわからない立場の彼らは。
止めない方がいいとか、何もしない方がいいのかなと悩み始めていた。
それに気づかない、デレデレな鈍感な女優エルフ。
リリシアは気付いていた。
けれど、教える理由もなし。
自身の事は無視してほしい、と伝えておく。
本当にお構いなく、なので。
いや、具体的には女優エルフに伝えさせた。
こちらが答えるのがめんどい。
女優エルフをチヤホヤする、見る目のない人間と関わり合いたくない。
「やーん、荷物なんて私が送ってあげるわ」
「えっ、あっ、な、なな、なくなってる」
人間達があたふたする。
実は、地球にぶつかる予定だった隕石を退けたのがエルフを名乗る集団であることを政府や世界が発表した。
記者会見を開いていた首相を真ん中に音楽ジャケットみたいな並びをしたエルフ達がずらああああ、と並んだ。
人間に囲まれる幸福になにも考えていないくせ、キリッとした顔で人間たちから感謝を受けていた映像が延々テレビに流れるのをリリシヤはいまだにチヤホヤされやがってよぉ、と舌打ちしたくなるのだ。
ぽやぽやしていただけのくせに、記者会見で堂々たる姿とか褒められていたことに納得できないのって当然じゃん。
ここに来るまで、幼稚園の引率者みたいに苦労して連れてきたの、誰だと思っとるん???
自分ぞ?
「ちやちやほやほや、おすまし顔しててさぁ」
当時のことを思い出して苛立ちがぶり返す。
まるでできた大人みたいに周りに思われてるのが既におかしいのだ。
「リリシヤー、ほら、車よ?乗りましょうよ」
さっきの、やりとりをころりと忘れた馴染みのエルフが呼ぶ。
そこへどっせいと相乗り。
「〇〇さまのご友人もお美しい」
「ねえ、これ聞いて嬉しいか?」
美女エルフ一号に聞く。
「近寄ってくれるのなら、なんでもいいもの」
案の定な答えだった。
聞いた自分が悪かったなこれは。
これでもかと担がれてヨイショされ、今時ここまで露骨な媚びはもうなくなったかと思っていたけど。
案外近くにあったらしい。
聞いていて、耳が死んでいく。
自分じゃなければ喜ぶのだけど、ここにいるのはリリシヤオンリー。
やめてくれ、耳が爛れそう。
寒々しいこと。
首筋がヒューっとなる。
「ひゃっ、どうしたの?風邪?ふふっ。ほらほら熱石よ、持ってて」
寒気を感じていると隣に座るエルフがこちらに寄越す異世界の便利石。
リリシヤも随分、色んな現代の道具を異世界で作ったものだ。
「どーもっ」
この人間達に囲まれるのは好きじゃないや。
エルフ達の感覚が己に備わってない。
人を可愛いとか思えない。
「〇〇様、着きましたよ」
「ふふ。ありがとう。運転手くんも」
「へっ、は、はいっ」
運転手(六十歳)がエルフのキラキラした目を直視した。
そりゃ、かっこいい子達に囲まれている美女が、年齢層の違う運転手たる存在に急に頬を染めて見てきたら、びっくりものだろう。
「可愛くて働き者で、私のために時間をくれた子には私の手作りエルフキャンディをあげちゃうっ」
頬と目をとろんとさせるエルフから飴が出てきた。
「えっ、そ、それは」
エルフは今やホットな存在。
そんな大統領よりグレードの高いレアな存在に、飴をもらう。
「あ、あ、ありがとうございます」
恐縮されながら礼を言われた女優エルフがはわん、と溶ける。
「聞いた!?今私に向かって可愛い声で!きゃあああああ!もう最高!」
「まあ、だからといって滞在時間は変えないから」
エルフがトロトロだった顔をぷっくりさせる。
「ケチっ!リリシヤのいけずっ!」
「いけずじゃないわい。人類保護のためです」
エルフが女優になろうと、スターになろうと、地球の滞在時間に制限をかけていた。
好き勝手出入りして、無限に居続けられると人類の危機感や倫理観は兎も角、自己固定感が爆上がりしまくって、甘やかしまくる。
「〇〇様!ささ、お手を」
その危険性はうちの世界にいる元野良人間で証明されている。
「ありがとう!手に触れられるなんて最高ねえ、ねえ、リリシヤ?」
あそこまでお世話されたら自立心が薄くなる。
「私に聞かないで」
うちに居続けるならともかく、地球で生きるのなら自立心を保たなくてはならない。
女優業をしようと、時間は有限である。
あまりにも酷い災害であろうと、エルフ達にかかれば数秒もかからない。
「デカい」
こりゃ、大手の会社と契約したらしい。
ここは、スカウトしてきた業界の会社である。
なんとか事務所。
「大きいかしら?」
「大きい」
「そお?」
「なにと比べてるの」
「世界樹よ」
「比べちゃいけない」
次元が違う。
世界樹とはゲームなどで有名なもの。
異世界では創世記からある。
そんな世界樹の大きさは想像を絶していた。
雲で上が見えない。
おまけに、エルフの力をフルに使っても見えない、というとんでもない大きさ。
「え、エルフのお姉様!」
「……だれ?」
「あはははは!リリシヤってば!あなたが異世界に連れてきてくれた元野良人間ちゃんじゃない。忘れるなんてお茶目ねっ。ねえ、〇〇」
「いえ、とんでもないです!恩人ですから、忘れられるくらいなんともないです」
偉い自己愛が上がったな。
昔は目が濁ってたのに。
覚えてないけど、全員もれなく濁ってたのは知ってる。
胸を張って、彼女はリリシヤに頭を下げた。
「いつかお礼を言いたかったのです。あの時、私を助けてくださりありがとうございます」
ぺこりとお辞儀され、首を振る。
「いや、こっちのことは忘れて。エルフ達に囲まれて過ごせばいいと思うよ」
「ふふ。だって?私達とまた暮らしましょうね?」
「はいっ」
リリシヤを見る目を変化させることもせず、やはり感謝の念がある瞳でこちらを見ながら頷く。
今、この子はなにをしているのかというと、女優エルフのお付きみたいなことをしているらしい。
女優をすると言ったらついて行くと言ったらしい。
かれこれ五年程、爆上げされた自己固定概念により、地球にまで行けるようになったらしい。
彼女の関係者にはわからないように保護しているので、知り合いにあっても彼女も相手も認識できないらしい。
それなら、安心して外に出られるか。
互いに身元が把握できなくなるのなら、こちらに保護されて自信を失っていても気にせず過ごせる。
だが、そんな心配はいらない気が。
過重過剰エルフの愛にもみくちゃにされた人間の己の価値観が上がらないわけがない。
今も、男達の目線が鋭い。
女エルフに撫でられる光景を、出世のためにちやほやしている男達からすれば邪魔以外のなにものでもない。
それをさらっと交わしてドヤ顔するまで成長しているみたいだし。
彼女からすれば可愛がられることが至高になっていて、男達とは目的と着地点が違いすぎてレースにもなってないんだけどね。
女優エルフは顔を真っ赤にしてそれから、全員の目をなでなでしてほしいからと思い込む。
なので、顔も髪も撫で撫でし始める。
正直、触るなエルフ五箇条に抵触してるんだよなぁ。
杖でぶん殴られたいんか?とエルフを見る。
「私さ、人間に無闇に触るなって言ったよね」
「えっ!でも、この子達はシャチョーという人間が好きにしていいってレンタルという扱いで、いいって言ったのよ?なぜ?」
レンタルって、犬猫かい。
「触っていいから触る。まあ、心理かもね?でもさぁ、私の言葉が一番初めに守られるべきなんじゃないん?
ゴゴゴ、という音をさせエルフを凄む。
そもそも、地球にくることになったときに守れよということを言い渡していた。
いいんだよ?
地球に来れないように転移の地を封鎖しても?
最近ちょちょちょーっと、触ってもいい人間と触っちゃイカン人間の境界線があやふやで、ど忘れしてる。
「世の中には我慢って言葉がある。ダメ。そこはやめて。私達はあくまで中立ね」
「で、でもぉ、うちの子達はぁ」
「それいっちゃうとみんな異世界からここに戻さなきゃならなくなるけど、ほんとおおに、いいの?」
と、低い声で告げる。
エルフはんぐぐぐぐ!と自分の口を塞ぎ言うことをやめる。
愛して愛して溺愛してる人間を戻すなんてとんでもねーことなのだ。
ゆえに、今の状態と普通の状態とはかけ離れたタイミングで保護されてる人間を比べるのが大間違い。
今周りを囲む人たちと野良人間の違いは流石にわかるな?と問いかける。
「ええ。そうね。浮かれちゃってたわ」
「ま、平気だよ。この子達にはエルフ達みたいな人がいるし、ちゃんと保護者もいるし、自立してるし。エルフに飼われたいとかでもないし」
一番は彼らが、エルフに可愛がられたいから集まってるわけじゃ無いところが大きい。
リリシヤが冷たい目をしかけるのをなんとか我慢しているのを人間達は万に一つも考えないのだ。
エルフは全員人間大好き人間愛好家だと思い込んでる。
間違いでは無い。
一人を除いて。
その一人、唯一の一人であるリリシヤ。
「〇〇さま?先ほどからお互いの言語でお話しされていますよね。私達も混ぜてほしいです」
色んな思惑が漏れている声音と目。
彼らに愛を与えて得られるのはきっと彼らの優越感だなとリリシヤは判断。
心の中も読めるからオチャノコサイサイ。
しかし、エルフ達はそんな人間も最も容易く受け入れるくらい余裕な上位種。
勝手にしてよって感じ。
「でも、触るのはダメ」
話してもいいし、愛でるのもいいけどおさわりは別。
いいと言われても本当の意味でおさわり可能ではない。
矛盾エクスプレスなのである。
「えーっ、そんなぁ!」
「じゃないと、向こうの子達に地球でチヤホヤする人たちの顔をデレデレして、頭撫でてたよっていうよ」
「え?ええ。構わないけれど」
わかって無いなあ。
「野良人間と家人間っていうのは、地獄よりも深い断絶した溝があるんだよ」
全然違う。
所謂闇堕ちしてるか、ギリギリ保ってるかの瀬戸際。
「えええ?なぁにそれ?難しいわねえ?」
「赤ん坊の世話を次の日別のエルフがやってたら嫉妬するでしょ!」
美女エルフはきょとんとする。
「面白いこと!リリシヤったら!」
「次の日の当番を妨害するために、襲撃するから嫉妬しないわ?」