唾のついた釘
前書きのためのスペース
<でも、本当に天才っているんだよ>
受験。それは勉学を修める者たちが狭き門をめぐって戦ういわばバトルロイヤル。受験にも様々な種類があり、大学受験、高校受験、中学受験、さらには小学受験や幼稚園に入園する為の受験もある。よりレベルの高い学校へ入学することこそがその人の頭の良さを表し、逆にレベルの低い学校に入れば人々から頭の悪い人と偏見を持たれる。それが今の日本を形作っている、そう、学歴社会と呼ばれるものである。しかし、その学歴社会を戦い抜く制度としていくらか課金制度があったりする。例えば、勉学を鍛えぬくための塾、参考書、勉強道具、そして受験者のモチベーションを整えるためのいくらかの娯楽代などだ。その金は当然、親の懐から出てくるものであり、捉えようによっては受験は親の戦いと言われることもある。
卓は全国でも中学受験対策塾として有名なNYXの入塾試験会場に来ている。今や人気塾ともなると入塾希望者が多く、ハイレベルな教育な故、入塾に足きりを設けているところが多い。NYXは中学受験対策塾として人気度と合格実績ともに業界1位をたたき出しており、入塾倍率は定員の10倍にのぼることがある。各年次ごと年に2回入塾試験を設けていて、当然6年生に出題される問題は超絶難問である。だからと言って、小学1年生に問われる問題が易しいのかというと実はそうでもない。以下はNYXのWebサイトで入塾試験の問題例として挙げられているものである。
<算数>
・何冊かの種類の違う本が重なって置いてあります。植物の本は下から5冊目、上から6冊目にあるとき、少なくとも何冊の本があるでしょうか?
・三角形の面積は底辺×高さ÷2で与えられます。それはなぜでしょうか?
また、三角形には3つの辺があり、それに対応する高さもあります。どの底辺を選んで、三角形の面積の公式に当てはめても面積が変わらないのはなぜでしょうか?
<国語>
・次のことわざ/慣用句を使って文章を書いてみましょう。
「泣いて馬謖を斬る」
・本を読むことの大切さについてあなたはどう思いますか?200文字程度で説明してください。
算数の最初の例題は恐らく間違えたら一発で不合格だろう。三角形の面積の問題は義務教育で習うのが4,5年生あたりからだが、それをできる前提で1年生に聞く。なぜそうなるのか、というのをしっかりと説明させたいという塾の思いが込められているが、恐らく正解者が出ても1人や2人のレベルだろう。特に「また、」以降の部分。しっかりと説明するならば高校数学の三角関数を使用しなければ難しい。これには部分点が設けられているようで、長さ3,4,5の直角三角形を例にあげれば相似を併用することで何とかこの三角形については題意を示せて何点か点を得ることができるだろう。国語についてもそうだ。適切な意味とそれをしっかりと使えますか?ということで、文章を書かせる。2つ目の問題も考えを文章に起こさせることで自分の伝えたいことをしっかりと採点者に伝えられるかという所が問われる。これが小学1年生に求められる問題であるが、余りに難しすぎる、子供にレベルを求めすぎというのが所感である。それでも、合格平均点も極端に低いわけでもないため入塾できてしまう子供に恐怖を覚える。
それは一度学生時代を過ごした記憶がある卓でも難しかった。訳が分からなすぎる問題を見て怒りを通り越して眠気が襲い、試験開始5分で卓は名前だけ書いて机に突っ伏した。周りの受験生らも分からないと感じているのか、机の上で鉛筆と消しゴムを使ったテーブルゲームをする子や試験用紙にお絵描きをする子もいる様子だ。ただ一人、卓の隣に座るやや茶髪がかった天然パーマの少年は黙々と問題を解き進めていた。それが気になって腕の隙間からのぞいていたのだが、問題を解く鉛筆が止まらないのだ。本当の天才っているんだなぁと思い、卓は試験用紙をくしゃぁと握りしめた。
当然、卓は不合格となった。母親はしょうがないじゃないと宥めてくれるが父親は卓の努力不足であると叱る。父親は別に中学受験を経験しているようでなかったので、てめぇにだけは叱られたくねぇと思うものだ。結局、テストのない地元の集団塾に卓は入塾することになった(※一年生から教育してくれる塾なのだ☆彡)が、最初の授業でまさかのことがあったのだ。
あのNYXの茶髪の少年がいる。
そりゃあ、あれだけ難しいもの、しっかり解いている子も不合格になるわけだよなと安堵し、一番後ろの席に座った。最初の授業は足し算と引き算についてであったが、余りに簡単で卓は授業中暇を持て余す。卓にとって簡単ではあるとはいえ引き算は1年生の最後の方で習うものだ。引き算で苦戦している周りの子を見て卓は優越感に浸るのだ。しかし、そこでもあの茶髪の少年は余裕を見せており、卓は若干不満に思った。
30分の授業が終わり、帰る準備をしているところで卓はあの茶髪の少年に喋りかけられた。
「NYXで隣にいたよね?」
「あ?」
ちょっとだけ上から目線で嫌に思ったので卓は威嚇する。
「ごめんって。僕は竜岡昇です。君は清宮卓君でいいよね?」
「...」
「え、ひどくない?何か悪いことしちゃったかな」
「別に...」
「NYXで一緒だったからなんか縁があるかなって思ってさ」
「一緒に落ちた腐れ縁ってとこだよ」
「あ...あぁ、腐れ縁ねぇ。出会っても間もなくして腐るって...」
おやおや?と卓は思った。これはもしや「腐れ縁」という言葉をこいつは知らないのでは?ちょうどコイツむかつくし、しっかりと立場を分からせないとな。
「でも、俺はNYX諦めてない。この”雪辱を晴ら”してやる」
ふん、ちょっと勉強できる小学1年生でも意味が分からないからな、このまま畳み込んで...
「”雪辱を果たす”じゃないかな。雪辱ってさ”屈辱”を”雪ぐ”ことでしょ?ほら、”雪”に送り仮名”ぐ”って書いて”すすぐ”って読むんだよ。”晴らす”ってのは取り除くと同じような意味で捉えられるから、”雪辱を晴らす”というのは同じ意味が繰り返されるくどい表現になっているんだよ。」
「へ?」
「だから、雪辱を果たすというのが良いかもね」
「おいおい、そんなでたらめで俺を言いくるめられると思ってんのか。お前の説明聞いて頭痛が痛くなった。帰る」
「ごめんね、じゃあまたね」
何なんだ?あいつ、俺のミスを指摘しやがって...。あぁ、うぜぇ!クソがよ!何が「雪辱を果たす」だ?大体、「雪」に「ぐ」で「すすぐ」って読むわけないだろ!(ちゃんと辞書に書いてあります)おかしいだろ!そもそも何であいつは「落ちた腐れ縁」とか言って分からねぇような素振りを見せたんだよ。ったく、これからは俺から関わらないようにしようっと。振り返ると昇はニコニコな顔で手を振っていた。気に食わねぇ。俺は教室から逃げるようにして出た。
「卓君。頭痛が痛いも意味が重複してるんだよね...」
昇はフフっと笑う。
「いい友達になれそうだなぁ」
塾の外では母親が待っていた。最初の塾はどうだった?と聞かれたが何も答えなかった。そのまま何も話すことなく駅に向かう。母親は一瞬何か言いかけたようだが、やっぱりやめたようだ。電車に乗り、椅子座ると母親は俺にスマホを貸してくれた。
「今日はお父さん仕事が忙しいから帰るのが遅くなるんだって」
「ふーん」
俺は動画投稿サイトを開きアリアちゃんの配信のアーカイブを見る。母親はその様子を見ても止めようとはしなかった。俺は今日感じた怒りなんか疾うに忘れただ単純に幸せな時間を送った。
タイトルは腐れ縁から。
大工は釘を打ち付けるとき、釘を舐めます。
その理由として釘をサビさせて抜けにくくするためです。
竜岡昇は今後のストーリーでも重要なキャラになりえるのでよろしくお願いします。