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ポラリス

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<運動エネルギーは高校物理の公式で(mv^2)/2で与えられます>

 今日はいつも以上に調子がいい。

 いつもやっているFPSではランクが最高のEに戻ったどころか連勝を重ねレートを爆上げしているのだ。当然の如くプロがうようよと参戦する中でも当然のようにキル数を稼ぐことができる。それにFPSを始める前のアリアちゃんの「名前が読み上げられる朝活配信」では、メンバー歴の長い弘のコメントにも反応しそのFPSを布教、さらにリスナー参加型配信をやりたいと答えてくれたため、弘は大歓喜であった。一つ懸念点があるとすれば最近、自分の母親を見かけなくなったことだ。いつも朝昼晩ご飯は部屋の前に置いてもらっているのでそれを食べるのだが、ここ一週間部屋の前にご飯が置かれなくなった。最初は母親がサボっているのかと思って怒号を放ったが、返事も全くなく確認して部屋を出てみると家にいなかった。たまたまお菓子とカップ麺が大量に買い置きされてあったのでそれを食べていたのだが、それももうそろそろで尽きそうである。ただ、自分にうるさい人間がいなくなったことを非常に喜ばしく思い、ストレスフリーとなった弘は調子が良くなったようだと感じている。


「はい、雑魚。こいつも雑魚。」


 ボソボソと呟いて敵を撃ち抜いていく。単純作業化のようにプレイをするが、眼鏡を透過する光は弘の眼をキラキラと輝かせていた。死んだような魚の目、昔からそのように比喩されてきた弘だがそれが嘘みたいに息を吹き返した眼となっている。いや、死んでもそのものを愛せば、愛されれば全盛期以上に息を吹き返すといったところだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチやパブロ・ピカソといった名画を多く残した巨匠も生前に大きな評価を得ることは無く、彼らの死後、作品を愛すものが増え後世にも注目されるようになった。過去の経験から空白の25年を過ごしていた弘だが、運という強大なものに愛され息を吹き返す、それは一時的とはいえかの巨匠らと同義なのではないか。そう弘はその一瞬の時間を生きているのだ。


 ピンポーン...


 ゲームに熱中する弘の傍らで家のチャイムが鳴る。家にかかってきた電話もとることは無い、当然、家に押しかけてくる人間も相手にしないだろう。


 ピンポンピンポーン…


 しかし家のチャイムはしつこく鳴り、弘は声を荒らげて「おいババァ!出ろや!」と放つ。しかし、母親が家にいないということを思い出し、ヘッドセットをぎゅっと耳に押し当て家のチャイムを再度無視しようとする。


 ドンドンドン...


 今度は家の扉をたたく音がする。それでも、弘は無視を続ける。そのようないたちごっこが続いてちょうど10分ぐらい経った頃、家の鍵がカチャリと開く。そして男の野太い声で「尾田弘さんいらっしゃいませんかー」という声が聞こえてくる。


 え、俺なのか?

 なぜ自分に人が来訪するのか分からない。びくびくしながら部屋の布団に潜り込む。無謀なことで見知らぬ男たちがすぐに自室に乗り込み布団をひっぺがした。


「な、な...」


 弘はビビりながら部屋の角の方へと逃げる。男らは躊躇することなく弘に声をかける。


「あなたが尾田弘さんですね」

「」


 声に出すことができずただその男たちの脚部しか見ることができなかった。


「こう部屋に勝手に上がってしまい申し訳ございません。ですが、こちらはあなたのお母様が指示されたことなので悪くは思わないでください」

「ハッ、ハッ、ハッッ、」


 緊張しすぎて過呼吸になっているようだ。他人との談話も長らくしてこなかったからか、言いたい言葉を頭の中で生成できず口の中はカピカピになって口すらもうまく開けられない。


「まず、落ち着いて聞いてください。あなたのお母様は先日交通事故により亡くなりました」

「ブグァ...」


 もはや発声なのかすら分からない。男は続ける。


「あなたのお母様はずっと前から遺書を書いておりまして、弘さんに関することで今日上がらせていただきました」

「ヒィッ!」

「弘さんを施設に入れる。施設に入って社会的に更生させたいというお母様の願いがあるようです。ですので、ご同行よろしくお願いします」


 このようなシチュエーションをどこかで見たことがある。施設に連れていかれる子供たちは決まって泣いていて施設でもまともな扱いを受けない。サーカスに連れられる子供やお寺に連れられる子供たちを想像するだけで身の毛がゾッとよだつ。そのようなドナドナ的シーンにちょうど自分が出くわしているのだ。

 弘は何も考えていないような様子で100㎏ほどの巨体で見知らぬ男たちに突撃する。それは反射と言えるのか人間らしき本能と言えるか不明であるが、なりふり構わず男たちから逃れるための解決方法だった。初速としてある程度あったためぶつかった男たちはバランスを崩し尻もちをつく。しかし、猪突猛進とはまさにこのことで廊下に出たはいいものの曲がることができず、ずてんと盛大に転んだ。そこを2,3人で取り押さえられあっけなく捕まってしまった。

 弘は掴まれた手を何度も振り払おうとするが、がっちりと掴まれていてできなかった。弘が外に連れ出され大型車に乗り込むまで何度も暴れて逃れようとしたが、そんな体力が自分には残っていないということを知った。そして車はどこかへと走り去っていってしまった。時間にして20分もかからないものだった。


「終わりましたね」


 大型車が泊まっていた駐車場の向かい側に相沢と真理子、そして『引きニート転生化計画』の主導者のTと呼ばれる人間が座っていた。相沢は一部始終を見てボソッと呟く。


「ええ、そうね」


 真理子も続ける。


「真理子さん、これで弘さんも転生により社会人的更生を迎えることができると思います」

「Tさん、弘はいつ戻ってくるのですか?」

「フフ、そう焦ることは無いです。もう時期に...」

「?」


 不気味に笑うTを見て真理子は違和感を覚える。何かおかしい。Tとは初対面のはずなのにどこかで出会ったことがある気がする。


「Tさん、帰ってきた弘が弘だってことちゃんと証明できるものにするって約束は大丈夫なんですよね」

「ええ、弘さんが最後に来ていた服を着て真理子さんの前に戻ってくれば信じてもらえますよね。まぁ、会話の内容だとかそういう所もこみこみだとは思いますが」

「そうね」


 やはりTに何かを感じる。それは腹黒い何かでもなくかといって善意の欠片もなさそうな感じである。


「さて、私は別件があるのでここで失礼します。あ、後、相沢さん、私と少しだけ話しましょう」

「は、はい」


 相沢とTは席を立って机の上に1万円を置いて店を出る。真理子は置かれた1万円をジーっと睨みつけた。


 ~


「相沢さん、引きニート転生化計画へのご協力ありがとうございました。特に今回の転生までのプランを考えていただいたあなたに非常に感心しております」

「ま、まぁ、そうっすかね」


 褒められると相沢は弱い。


「外に連れ出す方法として真理子さんを死んだこととする。そうすれば弘さんにコンタクトをとる良い口実になる上、電話とか手紙とか確認しないから直接会って伝えるという尤もらしいモチベーションとなる。その状況を作るためにも10日ほど真理子さんをホテルや相沢さん宅などに泊まらせる。当然、弘さんの生命活動がありますから、お菓子やカップ麺を多く用意もしましたね。まぁ、ほぼ無くなりかけていたというのは非常にビックリですが。」

「いえいえ、まぁ、僕自身もほぼ似たような生活なので...、理系大学生ってほとんど引きニートみたいなもんですよ」

「フフ、まぁ、相沢さんも引きニートにならないように気をつけてくださいね」

「善処しまぁす。僕自身、今回の件って結構面白いなって思ってて、まぁまずは真理子さんの旦那さんが急性アルコール中毒で亡くなっていたというのは意外でした。引きニート家族の固定概念で父親が家を出てってしまったというケースが頭に焼き付いてしまっていたので...。そして真理子さんの感情の移り変わりです。この計画を当初は絶対にするわけないというようなスタンスでいたのに、変なタイミングで"じゃあやる"みたいになって難しいんだなぁと思いました。そして、弘さんです。彼の身辺調査を真理子さんに認められたのですが、特別めちゃくちゃ成績が悪いとかそういうのではありませんでした。過去の授業ノートとか見てみても何度か書き直しをしている箇所もありましたが、かなり奇麗にとっていて完璧主義だったんだなと意外な一面が見えたりもしました、学生時代の授業ノート残ってたのは普通に驚きましたが」

「どういう環境でどういう性格の持ち主が引きニートのようになってしまうのか、そういう点が垣間見えそうでもありますね...いや、独り言だ」


 Tは暗くなる空を見る。相沢もそれに合わせて空を見上げた。東京都内であるのにおかしいくらいに空気が澄んでいる様子で星がはっきり見える。ポラリスがはっきりと見え、りゅう座α星のトゥバンもはっきりと見える。過去に北極星としてみなされていた星だ。


「トゥバンとポラリスが見えるだろう。フフ、まるで今の私のようだ」


 そう言うとTは相沢に片手をあげ去っていった。相沢は言葉の意味をじっくりと考えた。もしやと思ってTを追いかけたがその姿はなかった。


 ~

 大型自動車の中、運転手と助手席に座っている男はガスマスク身につけていた。車内には薄く催眠ガスが放出され、弘は寝まいと持ちこたえていた。前の方からひそひそと会話が聞こえる。


「いやぁ、マジで疲れたっすね」

「そうだな、突進されてあばらやったかも」

「マジっすか」


 ふん、見たことか、俺に楯突いて罰だ。


「しっかし、引きニートの部屋ってどうしてあんなに臭いんだろうな」

「そっすよね、多分風呂キャンセルとか服洗濯してないとか、それに掃除してないとか色々あると思うっすよ」


 は?俺は臭く感じないが?誹謗中傷か、おい?


「んで、コイツを転生させるっていうけど、見込みあるんすかね?」

「今までの引きニートと比べてみてもいっちゃん難しいんじゃないか?今回の主導者のTさんもクセ大ありだったじゃん」


 転生って?Tって?え、俺転生するの?マジで?どんなチート能力手に入れられるかな。そんで女たちとパーティを組んで...。アリアちゃんみたいな女の子が良いな…そして...

 妄想をしていくうち意識を失った。グォォー、グォーーと大きないびきをかく。


「おっ、寝たっすね。でも、本当にこの会話意味あるんすか?」

「引きニートを起こしておくためにもまずは愚痴を言う。んで、そろそろ寝そうだなってタイミングで"転生"って言葉を発する。今の引きニート界隈では転生を知らない人はいないから、ここで転生をにおわしておくことで、次起きたら転生したんだっていう意識付けをする必要があるらしいんだよな」

「へぇ、よく考えられてるもんなんすね」


 大型車は山奥にあるシェルターに入り、それはすぐに闇の中に飲まれた。


そして、弘は6歳の子供に...(いや、コ○ンかな?)

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