第7話 山越え
国境に到着したのは夜の事だった。最速ルートで移動していたが途中馬車の車輪が壊れるというアクシデントもあり夜になってしまった。
このアクシデントのおかげと言ってはなんだが、御者は代金は取らなかった。
「本当にいいんですか?」
「詫び代わりだよ。それくらいしか出来ないからさ」
「すみません……」
「謝るのはこっちの方だよ。本当に申し訳ない」
国境の集落に今日まで泊まっていたような豪勢な宿はさすがに無い。しかし商人らが休息する山小屋みたいな宿はあったのでそこで休む事にする。そんな宿に入るとエプロン姿の30代くらいの女将さんが陽気に出迎えてくれた。
「いらっしゃい、泊まり?」
「はい。そうなります」
「お食事は?」
「お願いします」
受付の右横に食堂がありその奥には簡易ベッドが置かれているというまさに寝るだけのスペースがあった。
(ほんと、寝るだけのスペースだ。しかも4人部屋かあ……)
見ず知らずの人と寝る、しかも男女で分かれているとかはない。それに4人部屋……。正直ここで寝るには荷物の盗難とか乱暴されるとかリスクがありすぎる。しかし宿はここしかない。
(どうしようか)
とりあえず女将さんにここしか寝るスペースは無いのかを聞いてみた。
「一応2階にはあるけど有料だよ?」
「それでもかまいません」
「わかったわ。じゃあ案内するわね。食事はそっちに持っていってもいい?」
「お願いします」
女将さんははあと大きく肩で息を吐く。多分めんどくさい客だと思われてるんだろうけどこればっかりは譲れないので仕方ない。
案内してもらうと2階には4部屋個室があったが2部屋は既に満室だった。
「じゃあこの右手前の部屋でいい?」
「はい、ありがとうございます。無理言ってしまってすみません」
わざと大きめの声で謝ると女将さんはちょっとびっくりしたのか肩を少し跳ね上げた。
「いえいえ、こちらこそごめんなさいね。じゃあまたあとで」
「はい、案内ありがとうございました」
部屋に入ってドアのカギを締める。中は昨日宿泊した宿と間取りは似ているが狭い。それにベッドは1つだけで簡易なものだ。それでも白いシーツとちょっと薄くてごわごわしてそうなかけ布団は設置されているのはましか。
(文句は言えない。ちゃんと泊めてくれたんだから)
メイリアだったら絶対文句言いまくっているんだろうなと思いながらトランクをベッド下の床に置いてベッドの上に座っていると部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。扉を開けるとさっきの女将さんが夕食の乗った木製トレイを持ってきてくれたので扉の近くで受け取る。
「ありがとうございます」
「食べ終わったら1階の食堂に返しに来てね」
「はい」
夕食のメニューはパンとシチュー。素朴な感じだが見た目はとても美味しそうである。パンは細長いもので少し硬めの感触だ。シチューには大きめにざく切りされた野菜がごろっと入っている。コップのお水もちゃんと置かれていたのでまずはそれを飲んで水分を補給してから夕食を頂く。
シチューもパンもそれなりに美味しい。これなら普通に美味しく頂けるレベルだ。食後は食器類を1階の食堂に返却しにいった。
(ここ、シャワーを浴びたりは出来ないのか。残念)
シャワーを浴びたりできないのは残念だが、それも仕方ない。早めに就寝して明日の山越えに備えよう。
という事で私はそのまま布団をかぶって目をつむる。ベッドは硬くてなんかギシギシ言っているし布団は肌触りがごわごわしているけど文句を言っている場合ではない。
(寝よう……)
その後深夜。目が覚めてしまったので私はベッドから起きて窓のカーテンを開けてみた。
「わ……キレイだなあ……」
真っ暗闇の中空を見上げるとそこには宝石をちりばめたかのような星々がきらきらと幾重にも輝いている。それに星の色は白だけでなく黄色っぽい色や青白いものもあった。
「宝石箱をひっくり返したような色ね……キレイだわ」
山頂で星を見たらきっとより星が近く見えるんだろうか。私は気が付けば夜明けまでずっと星を眺め続けていた。
朝。お金を払って宿を出ていよいよ山越えに挑む。ふもとから重いトランクを持って歩いて移動するけど中々にしんどい。
「はあ……はあ……」
思ったより私は体力が無いのかもしれない。乗馬に武術の鍛錬は積んできたけど想定より早くに息切れを起こすだなんて思ってもみなかった。
「だめだ、ちょっと休憩しよう」
坂の途中、木のふもとに腰掛けて休憩する。喉が渇いたので近くに清潔な川があると良いんだけどそう都合よく見つかるはずもなく。
「しんどい……ああ……はあ、ぜえ……」
すると目の前をグレー色のロバが通りかかった。どうやら荷物を引いているらしい。
「ご婦人、大丈夫ですか? 荷物このロバに乗せてください」
後ろから平民らしき青年にそう言われたのでここは彼のお言葉に甘えてトランクを乗せた。
「すみません、しばらくお世話になります」
「いえいえ。僕は荷物運びの仕事をしていましてね。5合目までで良ければ」
途中までとはいえこうして運んでくれるのはありがたい。
「ご婦人はどこから来たんですか?」
「あ、ああ……南の方からです」
勿論城から来ただなんてとてもじゃないけど言えない。すると青年はうーーんと腕組みしながら口を開く。
「もしかしてカーリアン様の関係者です?」
「いえ、違いますね」
「そろそろ来ると思うんですけどねえ……5合目で待っていようかなあ」
「まだ合流していないんですね」
「まあ色々お忙しい見たいですからねえカーリアン様は。女帝陛下のお気に入りですし」
女帝陛下のお気に入りという言葉がカーリアン様の立場をうまく表現している気がする。公爵家で大臣の1人なのだから。
5合目に到着し青年と別れるとここからは1人で歩いていかなければならない。森の木々の高さもだんだんと低くなり高山らしい装いとなってきた。
しかし、ここである問題が発生する。
「……頭が痛い」
頭が痛いし吐き気がする。どっからどう考えても体調が悪い。もしかしてこれは高山病か?
(でも……歩かないと……)
近くに山小屋らしき建物は無い。どうにかして休める場所まで歩いていかないと……! だがそんな私の思いとは真逆に足取りは重くなりうまく移動が出来ない。しかも周囲には人らしきものは見えないし、それ以上に頭ががんがんと痛んで目を使うのもきつい。
「あしが、うごか、ない……だ、だれか」
そして気が付けば視界がどんどん暗く染まっていき、ついには何も見えなくなった。
「……」