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第6話 噂

 城に居た時は厳格な食事制限を施されてきたのでおなかいっぱい食べた事も、好物である鳥肉や小麦粉を練って作った小さな麺と野菜が入ったスープもほとんど食べられていない。それに幼少期から食事抜きが当たり前だったのもある。

 ちなみにスープに入っている小麦粉を練って作る麺は丸くてまるで耳たぶのような形をしているものだ。だからパスタみたいなものではある。

 私はトランクを右側のベッドの上に置いてその上に帽子を脱いで置いた。まだトランクは……開けなくていっか。そのまま置いておこう。


「ちょっと仮眠でもしようか」


 トランクを置いた反対側のベッドに横たわる。窓には白いレースのカーテンがかかっていたが開ける気にはなれなかった。

 

「つかれた……」


 身体全てに重だるい感覚が襲う。まるで重い石が身体の……特に関節の上にのっかっているような感覚だ。それにしても誰も付けずにたった1人で旅をするのってこんなに疲れるのか。いや、これくらいの距離全然旅でもないかもしれないけど。


(いつも領地視察の時はメイドや使用人に現地の人達もいたものね)

「失礼します。夕食が出来ました」

 

 部屋の扉をゆっくり開くとクリームがかった白色のエプロンを着用した若い女性が夕食をシルバートレイに乗せて持ってきてくれた。

 私は夕食をシルバートレイごと扉の前で受け取る。


「ではどうぞごゆっくり。お皿は1階にある食堂に返却口がございますのでそちらにお願いします」

「わかりました。ありがとうございます」


 若い女性はぺこりと頭を下げ、静かに廊下を歩いて退出していった。部屋の扉を閉めて机の上に夕食を置く。

 メニューは丸いパンが2つとお肉を焼いて1口サイズに輪切りしたもの。そして偶然にも私が好きな小さな麺と野菜のスープもあった。

 それにお肉は輪切りにされた上から茶色いソースがかかっている。こうしてみると貴族の邸宅で出されるメニューとそこまで変わらないクオリティだ。おまけに白地に黄色と緑色の花柄模様の入ったティーカップに入った紅茶もある。


「頂きます」


 まず最初にスープから頂く事にしよう。すっとスプーンですくって口の中に入れる。野菜のふんわりとした優しい風味が口の中に広がっていく。それに麺ももちもちとしていて美味しい。


「うん、美味しい……! あの味だ……!」


 パンはちぎって食べつつ時にはスープに浸して食べてみるとこれがまた美味しい。パンは少しパサついてて固めだがスープに付ける事で柔らかくなり丁度良い食感になる。

 そしてお肉だがこれは多分鳥肉ではないような気がする。鹿とかの獣肉だろうか? ほんの少し臭みっぽいような匂いはするけど味はとても美味しい。ソースと絡めるとよりうまみが増す。


(うん、どれも美味しい。ここでこんなご飯たべられるだなんて思ってなかった)


 いつの間にか全部完食してしまう位にはとても美味しかった。最後に紅茶をゆっくりと味わいながら飲む。砂糖もミルクも無いストレートだが酸味は抑えられていて食後のものとしてよく計算されているのを感じる。


「ごちそうさまでした」


 少し休憩してからシルバートレイにお皿を乗せて部屋を戸締りし、1階にある食堂の返却口へと向かった。勿論ルームキーはちゃんと持っている。

 

 1階の食堂は受付の奥にあった。少し狭めの食堂でこの宿で働く人達もここで食事を取っているようで、さっき夕食を持ってきてくれた女性も椅子に座って私と同じメニューを食べていた。

 

「あったあった、返却口……」


 返却口と記された棚の右端にシルバートレイごと空になった食器類を置いて食堂を後にした。ここから廊下を行くと浴場があり、男性用と女性用とで分かれている。


(今のうちに入浴を済ませておくか)


 一旦部屋に戻ってトランクから下着やら領地視察の時によく着ていた平民風の服を取り出して浴場へと移動するとラッキーな事にだれもいなかった。さっと服を脱いでシャワーを浴びてから大きな大理石で出来た浴場へと入る。

 それにしてもこんな大きな浴槽があるとは。しかも大理石製。もしかしてここの宿は元は貴族の屋敷か何かだったのだろうか? と考えさせてくれるくらいには豪華な代物に見える。


「はあーー……」


 温度も丁度良いくらいのぬるま湯で身体から重苦しさが溶けてなくなっていくようだ。お湯の色は無色透明で匂いもしない。


(ここでゆっくりして、明日以降に備えないと。その前に両親に見つからないといいんだけど……)


 メイリアはもう私の事なんて放っておくだろう。私がいない方が良いはずだ。でも両親の事だからきっと私を探しているに違いない。

 勿論両親に見つかるのはごめんだ。どうせろくな目に合わないのは分かってる。


「ふうーー……あんまりつかり過ぎたらのぼせるからここまでにしよう」


 浴槽から出てもう一度シャワーで全身を洗い流してから浴場の入り口に置かれた白いタオルで全身を拭き、着替えたのだった。

 部屋に戻ってからはすぐに布団へと潜り朝に備える。


(宿代いくらだろ……あれだけ至れり尽くせりだと高そうな気が……いや、へそくり全部持ってきたから大丈夫でしょ、きっと!)


 邪念を振り払うようにして目をつむった。

 

 翌朝。夜明けとともに老いた女性が朝食をこれまたシルバートレイに乗せて持ってきてくれた。老いた女性ではあるが足腰はしっかりしていて姿勢もびしっと整っていて綺麗だ。白髪としわだけしか老いた要素は感じさせないくらいである。


「おはようございます。朝食をお持ちしました」

「ありがとうございます」


 朝食は野菜の切れ端が入ったおかゆ。汁が多めでおかゆと言うよりかは穀物を使ったスープと言った方が近いかもしれない。

 食べてみると意外に美味しい。


(これ、もしかして昨日のスープの残りを使ったのかな?)


 と思う位には昨日の麺入り野菜スープと味が似ていた。でも美味しいからいっか。

 食事を終えた後は昨日と同じように食器類をシルバートレイごと返却し、荷物をまとめたり化粧をしたりして宿を出る準備を終えると最後にベッドや家具を綺麗に整えて部屋を後にした。


「ありがとうございました。おいくらになりますか?」


 と受付にいた若い女性に聞いてみる。

「えーーと、こちらになります」

(うわ、思ったよりやすい!)

「え、こんなに安いんですか?」

「お客様はちょうど夕食と朝食だけで1日いたわけではないですからね。1日超えるともっとかかってきますけど」

(よ、よかった……)


 料金を支払い、宿を出た後はまた空いている馬車を見つけてそれに乗った。泉の離宮に行きたいと言った所閉鎖されたという話が御者から飛び込んでくる。


「そうなんですか?!」

「どうも昨日の夕方に離宮の修繕に携わっていた人達の一部が暴徒化したって聞いてな。今はその捜査や交渉の為に立ち入りが禁止されてるって」

「そうなんですか……」

「ほぼタダ働き同然だったからなあ。王妃様もひどい事するもんだよ」


 ガラテナ王妃がそのような事までしていたとは。いや、さすがに給料はださなければいけないだろう。もはや奴隷のようなものではないか。


(福利厚生……いや、タダ働きだなんて)

「それは初めて聞きました。ひどいですね」

「王妃様は駄目だ。国王陛下の方がまだましだよ。それに王妃様は不倫してるだなんて噂が入って来てる。どうも国王陛下がご病気だから満足出来なくて若い男の使用人達と次々に関係を結んでるらしい。ホントかどうかは知らないけどな」


 もしかしてメイリアはこの事を知っていたのだろうか?


(だから王妃様はそこまで強くは出られなかったの?)


 いずれにせよ泉の離宮には行けないので山まで直行する事になる。


「すみません。北方の国境までお願いします」 


 それにしても、このリュシアン王国はまるで泥に塗れているようだ。早くこの国を捨てていかなければ。

 私は鼻で息を大きく吸い込んだ。

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