第43話 夫婦
リュシアン王国の王政は終わり、議会によって政治を決める事となった。それに伴い国名もリュシアン共和国へと改めた。
カーリアンに共和国トップの位置となる総督になってほしいというオファーが届いた理由は、彼が経済大臣としての手腕を評価されている事に由来しているそうだ。しかしながら彼がリュシアン王家の血を引いている者でもある為反対の声もあがっていると女帝陛下は語る。
「カーリアン? どうする?」
「……お断りしておきます」
カーリアンは断る事を決めたようだ。女帝陛下はどうして? と彼に理由を問う。
「私はそういうのはなりたくないんです」
トップになりたくない。という事か。
「それは、私のような立場にはなりたくないって事でよろしくて?」
「はい。私は誰かを支えるというのが性にあっていますから」
カーリアンがはは……と苦笑いと作り笑いを混ぜたかのような笑いを浮かべる。
「本当にいいの? カーリアン」
「うん、私はずっとジャンヌとここにいたいから」
「そっか。なんだか嬉しいな。私もずっとここでカーリアンと一緒に居たい」
「ははっ……」
「ふふ、仲良しなのは良い事だわ。結婚式が決まったらいつでも言ってちょうだいな」
それから革命軍をなした大商人達は共和国に暮らす成人した全ての国民に投票権なるものを与えた。これにより選挙で総督や大臣を選ぶのだと言う。
平民も政治に参加できると言うのは大いに画期的なシステムと言えるだろう。女帝陛下は3年後にこのシステムを導入すると決めた。
ちなみにアーネスト帝国では議会の議員や大臣は投票によって決められている。のだが、この投票に参加できるのは貴族だけ。これを成人した国民すべてに対象を広げる事になる。男女関係なく、地位も関係なく成人を迎えていれば誰でも政治に関わり、思いや意見を伝える事が出来るのだ。それに議員は貴族だけではなく、商人や平民でもなれるようになった。これは素晴らしい事だと思う。
(平民でも政治に関われるのは素晴らしい事だわ)
選挙の結果。革命軍の上層部だった大商人・ロスター・フォーリアダムスの長男ロイドが初代総督に選ばれた。ロイドは以前、仕事でカーリアンと共に会った事がある人物だが、物腰の柔らかい青年と言った印象である。それに意見ははっきりと言うタイプでどちらかと言うと熱血タイプと言えるかもしれない。熱意のある彼ならきっとリュシアン共和国を崩壊から立て直し、導いてくれるはずだ。
ロイドが総督に就任した1ヶ月後。
「ええ、明日が楽しみね」
「ああ、すごく楽しみだ」
私達は結婚式を翌日に控えていた。ディナーを食堂で頂きながら結婚式に想いを馳せる。
私達が、本当に結ばれる日。それがこの結婚式になる。
「互いに結婚式は初めてだよね」
「そうね。初めてだわ。ドキドキする」
「私もだ。正直に言うと緊張している。君をうまくエスコート出来るかな」
私の両親は行方知れず。カーリアンの両親も故人だ。だから通常なら新婦は父親がエスコートするのだが、そこの過程が省かれて最初からカーリアンと式場に入場する事が決まっている。
結婚式にレーン様とメイリアがいたらどんな反応を浮かべるだろうか? と一瞬脳内によぎったけどすぐにばっと打ち消した。あの人達の事はもう考えなくていい。
「出来るわ。カーリアンだもの。それに失敗しても全て受け止めるわ」
「ありがとうジャンヌ。少し胸のうちが軽くなったよ」
「ねえ、カーリアン。一応これって契約結婚じゃなくて本当の結婚で良いのよね? まあ、婚約からしてその辺契約なのか否か曖昧だったけれど」
「ああ、確かに。でも君を愛していたから契約なんてどうでもよくなったよ。契約だろうがなかろうが私が君を愛しているのに変わりは無いから」
「……ありがと。私もあなたを愛しているわ」
カーリアンからの愛を再確認し、ディナー後はそれぞれ自室に赴き、私はシャワーを浴びて就寝の準備をする。
結婚式の後は披露宴。そして屋敷に帰ったら初夜。うわわわわ、緊張する!
「ドキドキする!」
寝巻き姿でベッドにダイブし枕に顔を埋めてもドキドキが消えてくれない。
そんな状態でまともに寝れなかった中、朝を迎えた。
「ジャンヌ様、おはようございます」
「皆さんおはようございます」
いつものようにメイドが部屋に入って来た。のだがいつもよりメイドの数が多い気がする。
「ジャンヌ様。おめでとうございます」
「ジャンヌ様、本日はおめでとうございます」
しかも口々に結婚を祝う言葉を投げかけられる。私は慌てながらなんとかありがとうございます。と返した。
「髪結いとお化粧、そしてウェディングドレスを」
結婚式を行うのは宮廷内にある教会。ウェディングドレスは屋敷で着てから馬車に乗り込み教会に向かう。
私はメイド達に手伝ってもらいながらウェディングドレスを着用した。長袖のすっとしたシルエットのドレスはシンプルだが華がある。
(私が選んだドレス……いざ当日に着てみると嬉しくなるなあ)
髪結いとお化粧をしながら軽くサンドイッチをつまみホットミルクを飲むと少しだけ緊張が薄れた。
「出来ました。とても美しいですよ」
鏡に映る私が私に見えないくらい美しく見えた。
そして玄関にて赤い軍服姿に実を包んだカーリアンと合流する。
「おはよう。美しいよ、ジャンヌ」
「……! おはよう。あ、ありがとう」
「今すぐここでキスしたくなるくらい」
そう言われたらさっき収まってた緊張がまた増してくる。
でも、キスは……されたい。
「キス、してくださいますか?」
「うん」
こうして私とカーリアンは玄関で温かなキスをしてから手を握り馬車に乗り込んだ。
結婚式と披露宴はお色直しが大変だったけど、滞りなく進む事が出来た。出席者からは春の日差しのようなぽかぽかした祝福を受けた。
「ご結婚おめでとうございます」
初代総督となったロイドから、挨拶を受けた私達。
「ありがとうございます。ロイド様」
「おふたりともとてもお美しいです」
穏やかにそう言ったロイド。彼にもどうか幸せが訪れますように。
「ジャンヌ様、カーリアン様、改めてご結婚おめでとうございます」
アルティナも家族と共に結婚式に出席している。アルティナはメイドと共にお色直しも手伝ってくれた。
披露宴後。屋敷に戻るとシャワーで身体を洗い、いよいよその時を迎える。
「……よろしくお願いします」
ベッドの側でお辞儀をして、寝間着姿のカーリアンを出迎える。彼の頰っぺは少しピンク色になっている。
「……今日は寝られるかな?」
「はい?」
カーリアンが私を抱き抱えるとそっとベッドの上に乗せ更に私の上に覆いかぶさってくる。
「……痛かったら遠慮せず言って」
「はい……」
我慢が出来ないとでも言うように、溺れてしまうような深いキスを受けた。
……それから。長い長い時間を得て無事に娘が産まれてきた。赤髪は私と同じ。そしてピンク色の瞳はきらきらとガラス玉のように輝いている。すごくかわいい子だ。
「かわいらしいですね」
産婆の手により沐浴を受ける娘をベッドから見つめる。ちらちらと産婆や天井、壁を見つめている娘。まるで何かを確かめるようなそんな視線の動かし方だ。
そして授乳の時。私と目があった。娘は乳を飲もうとした瞬間、ガリッと乳首を噛んだ。
「いった!」
え、そんな……授乳ってそんなもんなの? 噛まれる事ってあり得るの?!
「奥様、大丈夫ですか?!」
「痛かった……」
「赤ん坊が母親の乳首を噛むだなんて初めて聞きましたよ」
産婆もメイドもそう顔を見合わせている。なるほど、珍しい事なのか……じゃあ何なんだろう?
娘はカーリアンと話し合った結果、ヘレンと名付ける事になった。すくすく育っていくヘレンだが、どうも私には懐いてくれずにいた。
「違う! ちがう!」
成長していったヘレンは立ったり言葉を話し出すのは予想以上に早かったが、自分の思い通りにならなかったりするとよく癇癪を起こした。次第に私はその姿に見覚えがあるのを思い出す。
(メイリアだ)
そう、メイリアだ。どっからどう考えてもメイリアだ。
ピンク色の瞳もメイリアと同じ。
ヘリンが4歳になった時。私は悩んだが、カーリアンに相談してみる事にした。
「カーリアンあのね。ヘレンが、メイリアに似ていると感じるの」
「なるほど」
「何か……どうしたらいいかな」
「私に任せてほしい」
翌日。神父が屋敷に訪れた。神父はヘレンに金色に輝くロザリオを掲げ、何やら呪文を唱え始めた。ヘレンは何をしているの? と語ると眠るように意識を失った。
「……あれ?」
1時間後。ヘレンは何事も無かったかのようにゆっくりと目を覚ました。彼女の目の色はピンク色の瞳から私と同じ青い瞳へと変わっていた。
この次の話で完結となります
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