第34話 即位と亡命
「そうだったのですか……」
「ああ、すまない」
「いや、謝る必要はありませんよ」
彼の気遣いに感謝した私。そうか、隠してくれていたのか……。
「話を戻しましょうか」
それから女帝陛下と話し合った結果、難民100人と捕縛したアサシンをリュシアン王国に送還する事が決まった。
これにより、ガラテナ王妃とレーン様の亀裂がより深まる事になるのは決定的だろう。
(正直ガラテナ王妃もレーン様も謀略がそこまで得意な人物ではない。互いに潰し合ってくれた方がいい)
潰し合いになれば、リュシアン王国はさらに混迷を極めるだろう。そうなれば革命軍がより活動を増す。
でも胸中は複雑だ。
(メイリアとレーン様は苦しめば良い。ただでメイリアに全部あげるわけにもいかない。けどリュシアン王国が滅ぶのが嬉しい自分もいれば、国が滅ぶのは……という自分もいる)
だけど、情があればメイリア達を許してしまうかもしれない。だから厳しくいかないと。
女帝陛下とのお茶会の3日後。難民100人とアサシンがリュシアン王国に移送された。
「移送されたのね」
移送を知ったのはカーリアンが大臣の仕事を終え帰宅した夜。ディナーを食堂で食べながらの事だった。
「ああ、リュシアン王国はリュシアン王国の法律に則り裁きを行うと言っていたけどどうなるかな。指示をしたのは王太子殿下だし、あの王子2人が死んだ以上、王太子殿下の立場は揺らがない。だけど……」
「だけど?」
「私は……実はリュシアン王国王家の血が流れている」
衝撃的な告白に、私は思わず何もいえなかった。
「私の父方の祖母はリュシアン王国の王女でね。先代国王陛下のいとこにあたる人物だった」
先代国王陛下はレーン様の祖父。そのいとこという事は今のリュシアン王国王家からはやや遠いものの、王家の血が流れているのは間違いない。
「先代国王陛下のいとこですか」
「ああ。先々代国王陛下の弟君の娘さん、だったそうだ」
ややこしいが先々代国王陛下……レーン様の曽祖父にあたる方の弟が4大公爵家の1つであるリュシアンダリア公爵家の令嬢と結婚し、生まれたのがカーリアンの父方の祖母という訳だ。
(確かにちょっとややこしいけどリュシアン王国の血が入っている)
「でも、今までどうして隠してきたのですか?」
「君はリュシアン王国の王家と色々あったから……このまま隠しておいた方がいいと思って」
「私に気を使ったという……事?」
「ああ、それに私は身も心もアーネスト帝国の者であるのに変わりはない。今更リュシアン王国王家の者として振舞うつもりもない。死ぬまで女帝陛下とジャンヌに身を捧げる覚悟はとうに出来ている」
彼は終生アーネスト帝国の者として振舞うつもりか。忠誠心と私への愛を死ぬまで貫くと言ったところ……か。
それを理解した時、私の胸の中がじんわりと温かくなった。
「ありがとう、カーリアン」
「? どうして?」
「死ぬまで私と女帝陛下に身を捧げると言ってくれて。嬉しい。私も死ぬまであなたとずっとそばに居たい」
「……ありがとう、ジャンヌ」
カーリアンとはずっと一緒にいたい。あなたの真っすぐな気持ちと優しさがあったから私はここまで立ち直れたのだから。
ディナー後。自室まで歩いた後、部屋に設置されているシャワーを浴びて寝る準備をしていると窓へ目が行った。
「綺麗な月だ」
窓から空を見上げると、青白い満月が雲に隠れる事無く輝いていた。ダイヤモンドのような輝きを放つ満月だ。
「ねえ、お月さまほしいわ!」
ふと、3歳くらいの時のメイリアが放った言葉が頭の中によぎった。この時から欲しがりは健在だったけどお月さまはさすがにどうにもならないから、ずっと眺めていたっけ。
(あの頃からの欲しがりが変わらないまま王太子妃になったメイリアは、リュシアン王国を自覚なく滅ぼそうとしているのね……)
1週間後。私は税理士事務所から届いた大きな封筒を開けて中に入っていた書類を机に並べ、読もうとしていた時メイドが慌ててやってきた。
「大変です、リュシアン王国の国王陛下が亡くなったと……! それとジャンヌ様のご両親がこちらへとやってきているそうです!」
「なんですって?!」
こんな事を言っちゃあいけないけど国王陛下の死は彼の状態を振り返るとそこまで驚かなかった。しかし両親がこちらへとやってきているという点には誰かに頭を殴られたかのような、あるいは誰かに胸を貫かれたかのような衝撃を覚える。
いや、なんで?! 国王陛下が亡くなったのなら4大公爵家としては彼のおそばにいて喪に服すのが当たり前じゃないの?
「な、なんで……両親がここに? もう屋敷に到着したの?!」
「今は宮廷で女帝陛下との謁見を待っているとの事です。ご当主様からは私が相手するのでジャンヌ様は屋敷にこもって出ないようにとの伝言です!」
「わ、わかったわ」
両親に会った所でろくな事がないのはわかりきっている。だから相手はせずに居留守を使おう。カーリアンもやはりその辺よくわかっている。
私はメイドを何人か呼びよせてクロード家の者が来ても屋敷の中には絶対に入れるなと指示を出した。メイド達は指示を出した後すぐにちりぢりになり他のメイド達へその事を伝言していく。
(大丈夫……落ち着け自分)
玄関付近にいたメイドや使用人、門番の者に話が全て伝わった事をメイドが報告に来てくれた。あとはカーリアンがうまく立ち回るのを祈るしかない。
夕方。馬車に乗ってカーリアンが屋敷に帰って来た。玄関で出迎えるのは怖かったので、玄関近くのリビングホールで彼を出迎えた
「カーリアン、おかえりなさい」
「ただいま、君の両親にはリュシアン王国に帰ってもらう事になったから」
「ありがとうございます。それとご心配おかけしてすみません」
「謝る必要はないよ。彼らが勝手に押しかけて来たんだから。しかも彼らはこの屋敷で世話になろうとしていたみたいでさ」
「ええ……?」
そんな図々しいにも程がある。ていうかなぜこの屋敷でお世話になろうとしていたのか。
「そもそもなんでうちの両親がここに来たの? 私を連れ戻せないから来てやったってコト?」
「それが違うんだ。リュシアン王国から亡命し、アーネスト帝国で暮らしたいって」
「はあ?!」
はあ?! しか声が出ない私。いやいや、それじゃあメイリアを見捨てたって事じゃないか。
「もうリュシアン王国には未来がない。領地経営も破綻気味でメイリア王太子妃の存在のせいか他の貴族達からも冷たく扱われ、最近は暴漢がよく出て身の危険を感じるのとメイリア王太子妃から多額の献金……いや、お小遣いの請求にも答えられなくなったみたいなんだって」
「お金が底をつきたって事ね。じゃあ……夜逃げ同然にここへ逃げ出したと」
(あれだけメイリアをかわいがってきた癖に)
「それと暴漢と彼らは言っていたけど実際は暴徒化した領民だ。そこはさっき届いた工作員からの手紙が証明している」
メイリアをあれだけかわいがり、いざ自分達に身の危険が及べばメイリアを見捨てて自分優先に行動する両親。これはルーンフォルド公爵家の屋敷に入れる訳にはいかない。
まあ、こちらはまだ婚約の段階なんだけど。
国王陛下の葬儀はひっそりと執り行われた。メイリアが大々的に催せばいいじゃない! と言ったそうだがお金の面からガラテナ王妃とレーン様によって止められたそうだ。
そしてレーン様はグラン王子ら殺害指示の罪をガラテナ王妃や他の者達に咎められる事も無く、のうのうと過ごしきり国王へと即位した。