第27話 婚約パーティー
婚約パーティー当日。緊張のせいか中々寝付けずやや寝不足気味の私はドレスに着替え、自室にてメイド達からお化粧と髪結いを受けていた。
「ジャンヌ様の髪はとても美しいですね」
とよくメイドから言われるのだが、自分の髪が綺麗だと言う実感は無いに等しい。まあ手入れはちゃんとしていたがメイリアの方が綺麗でつやつやとした髪をしていた。
「あまりそういう実感はないんですが……」
「そんな、櫛ですきやすい髪をしていますよ。それに髪の量が多すぎる事も無ければ少なすぎる事もなくちょうどよいくらいの量です」
「そ、そうですか……それはどうもありがとうございます」
髪の量が少ないものはかつらだったりカーラーで巻いてボリュームを出したりするし、髪の量が多いものはそもそも髪結いが大変だとは聞いた。だから油で固めたりするのだとか。
多すぎず少なすぎずちょうどよい量か。じゃあ私の髪は髪結いしやすい髪なのかもしれない。
「終わりました」
「ありがとうございます。うん、いい感じ」
髪結いとお化粧が終わるとカーリアンのいるリビングの大広間まで歩いて移動する。今日も蓮の花は美しく咲き乱れている。まるで枯れない季節がないかのようだ。
「おはよう、ジャンヌ」
「おはようございます。カーリアン」
大広間でカーリアンと合流し、互いに朝の挨拶を交わす。カーリアンはいつものように後ろ手を組んではいるが目線があちこちに泳いでいる。
「どうしたの?」
「いや、ジャンヌが綺麗だなって」
「……もう」
綺麗だと言われるのに正直慣れてはいない。だっていつもメイリアにガラテナ王妃に向けて言われている言葉だったからだ。
「ありがとうございます」
でも、カーリアンは私に向けて綺麗だと言ってくれる。それだけで死ぬほど嬉しいのだ。
「ふふっ。朝ご飯はもう食べた?」
「はい。サンドイッチを自室で食べたわ。とても美味しかった」
「サンドイッチは私も好きだ。手軽に食べられるしヴァリエーションも豊富だからね」
カーリアンとサンドイッチについて談笑していると早くも出発の時間が訪れた。大広間にある古びた時計に目が行ってしまう。古びた時計ではあるが振り子や時計の針などには細やかな金細工が施されており、さびも無い。綺麗な時計だ。
「あ、もう時間だ」
「そうね。行きましょう」
婚約パーティーの会場は宮廷の中庭。以前女帝陛下にお会いした時のあの中庭すべてと後宮の建物が使用される。
なので婚約パーティーには普段後宮で暮らしている先代皇帝陛下の側室達なども参加してくれるのだ。
(演奏会もするって言ってたな、楽しみ)
カーリアンと手をつないで馬車に乗り込む。婚約してからは時折彼と手をつなぐようになった。自分がかなりの冷え症なのでぽかぽかと温かい彼の手はとても心地よい。冬の極寒の時期にはよりお世話になるかもしれない。
それにやっぱり手をつないでいると、婚約したんだなって実感するのだ。そのせいか胸がどきどきと飛び出そうなくらい高鳴っている。緊張が止まらない。
(到着したかな)
馬車は宮廷内に入り、しばらくして停止した。先に降りたカーリアンの手を借りてゆっくりと馬車から降りるとそこには豪奢なドレス姿の宮廷の女官達が整列して待ち構えていた。
「お待ちしておりました。ルーンフォルド公爵様。ジャンヌ・クロード様。では今から待機ルームへとご案内いたします」
婚約パーティーが始まる直前まで、私達主役は待機ルームで待っている。本当は出席者へとあいさつしたい所だけどなにかあってはいけないから。と女帝陛下に言われたのだった。
(カーリアン様を狙う令嬢が何かを仕掛けてくるかもしれないし、リュシアン王国の者達も来るし……)
この婚約はあくまで契約、形だけのもの。と自身を戒める。
待機ルームは応接室の1つを貸し切っている状態で、部屋に入ると既に紅茶と軽食類がセッティングされていた。
「ちょっと食べちゃおっかな」
カーリアンがシルバートレイ風のお皿に並べられたハムとチーズのサンドイッチを1つ取って口に入れた。
「うん、美味しい。ジャンヌも食べる? 緊張がほぐれると思うよ」
「じゃあ、1口頂きます」
サンドイッチは塩味がしっかりと効いている。が、それだけでなく甘みやチーズの濃厚な味わいもあわさってとても美味しい。
(緊張してたけど、落ち着いてきたかな)
待機ルームでサンドイッチを味わっていると女官達が部屋へと入って来た。
「お時間です。どうぞ」
彼女達が先導する形で会場であるお立ち台へと歩いていく。中庭に足を踏み入れた瞬間、出席者からは大きな拍手と歓声が沸き上がった。
お立ち台の左下には紺色のドレスを着用し扇子を持った女帝陛下が立ったまま私達を紹介する。
「皆様! こちらが我が甥のルーンフォルド公爵! そしてリュシアン王国より来たりしジャンヌ・クロード公爵令嬢にございます! 皆様溢れんばかりの拍手をお願いいたします!」
わあああああと留まる事を知らない歓声の中、私は出席者の輪の中にガラテナ王妃と両親を見つけた。ガラテナ王妃はのっぺりとした作り笑いを浮かべて拍手をしているのに対し、両親はあきれ果てた顔で私を睨みつけていたのだった。