第26話 天罰の噂
レーンが城に戻る事は無いまま、メイリアは何度も気を失いながらも医者に言われるがままにいきむのを繰り返していた。
「王太子妃様、ゆっくり呼吸を整えてください……!」
「はあ……ぜえぜえ……」
(痛くて呼吸ができない……!)
部屋の外ではメイド達が慌てふためきながら新品のタオルや水を持って行ったりしている。
「王太子妃様、出血が激しいそうよ」
「初産だから仕方ないのかもね」
「いや、あれは今までの仕打ちを怒った神様の仕業よ。罰を受けたんだわ。苦しめって」
「まあ、それならあるかもしれないわ」
「じゃ、じゃあ王太子妃様が亡くなったらどうなるの?!」
「どうせ4大公爵家には令嬢がいくつもいるんだからまた適当なの見繕ってくるんでしょ」
などという噂話をしながら、ではあるが。
それから長い長い時間の後メイリアは男児を出産したのだが、これで終わりではなかった。
「ああ……ぎゃあ……」
「王太子妃様! 王子様でございます!」
「あ……はははっ。あははははっ!」
髪も振り乱したまま疲れ果てて横たわるメイリアは狂ったように笑いだし喜んだ。
しかし男児は産声を挙げなかった。その為取り上げた産婆が男児の背中をぽんぽんと叩いた所産声を挙げてくれたのだがそれは何ともか細く弱弱しいものだった。
「ぎゃあ……ぎゃあ……」
「弱っているやもしれません。すぐに母乳を飲ませた方がよろしいかと」
「いや、誤飲でもしたらどうするんだ!」
男児への処置について医者達は喧嘩を始めた。誰もが男児を助けるべく最善の方法を考えているが、まとまる事が出来ない。
メイリアは心の中でうるさいと呟きながら目を閉じてこっくりこっくりと眠り始めた。
「産まれたのね。良かったわ」
ガラテナは王の間にて侍従からメイリアの子が産まれたと報告を受けた。
「陛下、孫が産まれましたよ」
ベッドの上で横たわる国王陛下の耳元にそう囁く。国王陛下は無言で頷いた。
国王陛下はここ数日体調が悪化している。言葉を交わせられないくらいまで悪化していた。
「……グラン王子が来ました」
「わかったわ、入れなさい」
重く硬い扉が開かれると、そこにはグラン王子が立っていた。ゆっくりとした紳士的な足取りと動きで国王陛下とガラテナに挨拶をする。
「グラン王子、よく来たわね」
「ええ、王妃様」
……ガラテナはレーンを廃嫡し、代わりに国王陛下の弟グラン王子の長男であるガーヴェイン王子を新たな王太子に擁立しようとしている。
現在ガーヴェインはリュシアン王国の南西側にある隣国のクラフト国へと留学しており、ガラテナは彼を呼び戻そうとしているのだ。ガーヴェイン王子は14歳。少し若いが王太子となるなら十分な年齢だろう。
「早速だけど、あなたの王子を新たな王太子としたいの」
「お気持ちはわかります。しかしながら……」
ガーヴェイン王子が王太子になる事をレーンはすでに知っているし反対しているうえ、ガラテナとは大げんかしたばかりだ。
「あなたが気にする事は無いわ。心配しないで」
「そりゃあ心配しますよ。それに兄上は今かなり体調が悪いですし……」
(仮に国王陛下が亡くなるとなればレーンが即位する事になる。早い事レーンを王太子から引きずり降ろしてガーヴェイン王子を王太子にしたいのだけど)
「それでガーヴェイン王子はまだ戻らないの?」
「まだクラフト国にいます。戻る予定はありません」
勿論これはグラン王子の指示。リュシアン王国に戻ると暗殺される可能性を踏んだのだ。これにはガーヴェイン王子も迷う事無く賛成している。
結局ガラテナはグラン王子から良い返事を得る事は出来なかった。
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「王子様が亡くなりました……」
メイリアの産んだ男児は数日後、天国へと召されてしまったのだった。
その報告を自室で聞いたメイリアは口をぽかんと開けたまま嘘でしょ? と何度も弱々しく呟く。
「……見てみますか?」
と医者に言われたのでメイリアは特注の車椅子に乗り、男児の遺体と対面した。
男児の身体にはもはや熱は無い。
「ああ……ああ……」
力なくうなだれるメイリア。彼女の顔からは表情というものが全て消え失せていた。
そんなメイリアを遠くからメイド達が悪口を吐いていた。
「赤ちゃんが死んだのって、王太子妃様のせいよね」
「罰よこれは。王太子妃様がわがままばかりするから。それに王太子殿下は愛人に夢中だし」
「ねえ……この国滅びるんじゃないかしら」
「そんな事言わないでよ」
国が滅びると語ったメイドの顔にふざけたものは無く、ただ本気かつ恐怖を感じた者のそれが浮かび上がっている。