第20話 リュシアン王国Side③
結婚式を終えたレーンとメイリア。しかし2人の仲はだんだんと冷え切っていた。具体的に言うとうわべだけは仲良くしている2人だが、レーンはほとんど城に戻らず貴族の屋敷や離宮で寝泊まりするようになった。視察や公務などと理由付けして城には戻らないレーンをメイリアはソファに身体を横に預けたまま、何も知らずにけなげに待っているのだった。
「はあ、公務ばかりでレーン様は大変そうねぇ。1つくらいはさぼっちゃえばよいのに」
と語るメイリア。勿論正式に王太子妃となった彼女にも公務や仕事があるのだが、それらほぼすべてを侍従に丸投げしたり放置したりしていた。
今日も書類に目を通しハンコを押したりする仕事が待っているのだが……。
「王太子妃様。こちらの書類に……」
「嫌よ。私妊婦なんだから。あなたがたが勝手にサインなりハンコなりしておきなさいな」
「……失礼いたしました」
侍従はメイリアのいる部屋から退出した後、廊下で大きくため息を吐いた。そして脳内ではこの王国の侍従を辞めてアーネスト帝国に移り住もうなどと考えていたのだった。
こんな王国に居てもろくな未来はこないだろう。それならアーネスト帝国に移り住んで女帝陛下にお仕えする方が何倍も有意義な時間を送れるのではないか? と……。
侍従は重い足取りのまま、侍従達の待機部屋に到着するとそこで衝動的に退職届を書いた。侍従達が退職後他国に亡命したという噂は有れど、捕縛されたとはまだ一度たりとも情報が出ていないのも彼を後押しした。
……王家に仕える者達の亡命に関しては実際には最早黙認されているも同然のようだ。
「これで、よし……と」
「あんた、退職するのかい?! もう何人目だよ……」
と隣にいた中年くらいの小太りな先輩の侍従に聞かれた彼は嘘をつく事無くそうです。と答えた。
「理由は言わなくても分かる。あの王太子妃だろう? この前辞めたやつだってそうだった」
「そうです。4大公爵家とはいえあの王太子妃はいずれこの国を破滅へと導くでしょう。俺はそうなる前にやめるつもりです」
「そうかい。なら辞めて自由に暮らしたら良い。俺も近々辞めるつもりだ。この泥船には乗っていられねえ」
「そうなんですか?!」
先輩の侍従からの発言に侍従は口を丸くして驚く。
「内緒にしておきたいんだが、ローラン国に移住するつもりでね。うちの嫁がそこに伝手があるっていうからそっちに引っ越そうと思うんだ」
「そうですか……」
「あんたは行き先決めてるのかい?」
「や、まだです……これから家内とも相談するつもりです」
「そうかい。うまく行くといいな。じゃあな。頑張って提出して来い」
肩をポンと叩かれた彼はそのまま、王の間へかつかつと廊下を踏みしめるようにして歩きながら向かって行った。
「国王陛下、王妃様。今までありがとうございました」
「あなた、辞めるつもり?」
「はい、そうです。退職させていただきます」
「そ、そう……ね、ねえ! 給料上げるから考え直してくれない?!」
焦った顔でガラテナは侍従を引き留める。この所侍従やメイドなど使用人の退職が相次いでいるのでガラテナとしてもこれ以上退職者を出したくないという考えがあった。
しかし彼女の気持ちは侍従には伝わらなかった。
「もう限界です。あの王太子妃ではこの国はいずれ良くない方へと向かうでしょう。今までありがとうございました」
「そ、そうですか……お疲れさまでした。退職金は余り出せないけど金庫番から受け取っていきなさい」
「ありがとうございます……」
「今までよくやった。お疲れ……様」
という最後の国王陛下からの言葉を聞き床に目線を落とした侍従は金庫番からわずかながら退職金を受け取り自宅へと戻った後、妻と話し合いアーネスト帝国へと渡っていったのだった。
(この国はもしかしたら近いうちに……俺が生きている間に滅びるかもしれない)
兵達の目を掻い潜りリュシアン王国の国境を越えていく彼はそう噛み締めていた。
勿論侍従や使用人らが続々退職していくのをメイリアは知る由も無かった。いや、無意識に見ないように蓋をしていると言った方が適切かもしれない。彼女は大きくなったお腹をなでながらアクセサリーやドレスを眺め、気に入ったものがあれば買うと言う自堕落な生活を送るだけ。侍従達や使用人ら彼らの苦労など自分には関係ないしむしろもっと自分の役に立てというスタンスなのだ。
「よし、今日は赤ん坊の服を見繕わないとね。男の子の服と女の子の服どちらとも用意しなくちゃ!」
早速メイリアはメイドを通じて仕立て屋をこちらへと連れて来るように命じた。程なくして城内に常駐している仕立て屋が生地を持ってやって来る。
「はあ、仕立て屋が城に常駐してるくせに直接呼べずにメイドを通じて呼ばないといけないだなんてめんどくさいわね。どうにかならないかしら?」
「すみません王太子妃様」
「ふん、まあいいわ。この赤ん坊にふさわしい服をいくつか見繕ってほしいの。勿論最上級の布を使うのよ?」
「わかりました……」
メイドは胸の中ではまた最上級の布を使うのかよ。と汚い言葉で愚痴を吐いていた。メイリアは必ずと言っていい程最上級の布を使うように指示するからだ。
しかし仕立て屋はこの布よりも価格は下がるが赤ん坊の肌に優しい布地を使った方が良いと進言する。
「はあ? 何言ってるのよ。未来の国王になるかもしれない子にそんな地味な布地使えないわよ!」
「ですが皮膚病になっては……」
「ならその時にちゃんと治療すれば良いじゃない! こんな地味な布地使えないわ! 最高級のものを使わないといけないの!」
「は、かしこまりました……」
「とりあえずさっさと仕立てだけ済ませて置いて」
「えっもう仕立てるんですか?!」
仕立て屋とメイドが同時に驚きの声を挙げる。通常、王家で使われる赤ん坊の服は生まれてから仕立てるのが基本だった。生まれてすぐのまだ服が無い状態の時は代々使われているもので対応してきたのだ。その方がちゃんとしたサイズのものを提供できるからだとか。
「王家で代々使われてきたものがあるでしょ? それもう古いから捨てちゃって新しいものにすればいいじゃない」
「は、はあ……ですが、その」
「口答えしないでよ! 私は王太子妃なの! わかるぅ?!」
ソファに横たわるメイリアから怒鳴られた仕立て屋とメイドは慌てて頭を下げ、仕立ててきます! と急いで退出していったのだった。
「はあ……口答えするばっかなのはいらないわ。今度口答えしてくるならクビにしてやろうかしら。それにしてもお腹が空いたわ。クッキーでも持ってこさせようかしらね」
メイドを呼び鈴で呼び、クッキーを用意するようにと指示したメイリア。彼女の指示通りすぐに手元に用意されたクッキーは余り物のクッキーを直火で温めて焼き立て感を演出したものになる。
そうとは知らずにメイリアはぼりぼりとクッキーを頬張るのだった。
その頃。ガラテナ王妃は請求書を見て冷や汗を流し始めていた。
「なによ、これ……ほとんどメイリアさんの出費じゃない!」
メイリアのわがままと贅沢は国の財政をより圧迫し、傾かせていた。その様はどこからどう見てもローラン国に伝わる傾城の悪女のそれだった。
贅沢する欲しがりでわがままなメイリアに、メイリアを放置し他の女と遊ぶレーン。更にガラテナを抱えたリュシアン王国の影はより一層影を深めていっている。