第14話 リュシアン王国side②
「うふふふっ。うふふふふっ……!」
リュシアン王国の王家では結婚式へ向けての準備が進められていた。なぜ結婚式への準備が進んでいるのかというとこれもメイリアのわがままによるものである。
本来、結婚式はメイリアが出産を終えた後というので決まっていた。しかしメイリアはおととい、やっぱり先に結婚式を挙げたい! と急に言い出したのだ。
メイリアのわがままに前兆は無い。いつだって彼女は自分の気分のままにわがままを言うのだ。
メイリアは広々とした自室にて結婚式でつける予定のアクセサリーが入った金色の宝石箱に目を通していた。ティアラに指輪にネックレスに耳飾りに腕飾りに髪飾りとどれもふんだんに宝石や真珠、金細工銀細工が施されている。
「ああ、どれも素晴らしいわぁ! 全部身に着けたいくらい!」
両手を挙げて強欲に溺れていくメイリアの腹を赤子が蹴った。メイリアはにやりと笑みを浮かべる。その笑みはおおよそ妊婦が浮かべるようなものとは大きく違っていた。
「お姉様からレーン様を奪った甲斐があったわぁ。王家にそれも王太子の子を孕んだだけでこんなに贅沢が出来るんだものね」
メイリアはそうつぶやいてほくそえみながらティアラを身に着けて鏡で自分の姿を見つめる。
「うん、すごい似合ってるわこのダイヤのティアラ……!」
メイリアが身に着けているティアラはダイヤモンドとルビー、サファイアがこれでもかと使われた王太子妃のティアラ。本来はもっと質素なものだったのだが、これでは地味すぎるとメイリアが直々にリメイクを侍従達に注文した結果こうなったのだった。メイリア曰く王太子妃なのだからもっと派手なティアラじゃなければだめなのだとか。
メイリアが自室でティアラを被った自身の姿にうっとりしている傍ら、王の間では執務中のガラテナが眉間にしわを寄せ頭を抱えていた。
(メイリアさんが来てから出費がかさんでいる……それにジャンヌさんの行方はいまだ知れず……どうしたら良いのかしら……!)
ジャンヌが宮廷を去り、メイリアが来てからは明らかに王家の出費は増え、財政を今まで以上に圧迫していた。
ティアラも然ることながら城中の改修にドレスやアクセサリーなどの装飾品、そして新たな離宮の建設をメイリアは次々と要求したからだ。それに対してガラテナは強く出る事は出来ずにいる。
理由は不倫。国王が病気でほぼ寝たきり状態の為、夜の営みが出来ずに欲求不満が溜まった結果、我慢できずに若い男の使用人達と次々に関係を結んでるのだった。城から外の領内にもまことしやかに流れジャンヌの耳にも入ったこの噂は真実なのである。
しかしこの噂はメイリアにも知れ渡っており、彼女から問いただされた結果弱みを握られた結果となっている。
「私とレーン様との結婚を認めてくれたらこの噂は国王陛下や国中には流さないと約束しますわ、ガラテナ王妃?」
ガラテナの脳裏にはこのメイリアのセリフと彼女のあくどい笑みが深くナイフで抉られたかのように刻まれている。
だからメイリアが結婚式を早く挙げたい! と迫られても最終的には断る事は出来なかった。
(だめだ、私にはメイリアさんをコントロール出来ない。いっそ毒殺してしまおうか? でもバレてしまったら……)
毒殺するなら無味無臭でより効果が素早い毒が必要。でもバレてしまえばおしまい。
(毒殺するにしてもバレてしまえばおしまいじゃないの。じゃああらぬ噂を擦り付けてメイリアさんに罪を被せる? でも妊婦は死刑には出来ないし最悪罪には問われない……)
はて、どうしたら良いのか。ガラテナは執務の間ずっと思案するが良い案は思い浮かばなかった。
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そんな中、レーンは城から近くにある某貴族の別荘にて密かにあの日出会った若い女を抱いていた。
女の名前はマーサ。美しい黒髪が特徴の美女で、本人曰く踊り子をしている。最初レーンはマーサをジプシーの類かと思ったのだが、マーサ本人はリュシアン王国で生まれ育ったと語る。
マーサの魅せる妖しい笑みにレーンはすっかり魅了されていた。しかもメイリアと違い欲しがりでもなく、レーンの配下の者にもきちんと挨拶したりと物腰が柔らかくわきまえた礼儀も持ち合わせていた。
またメイリアは妊娠中で彼女を激しく欲のままに抱けないのも相まって、レーンは完全にメイリアではなくマーサに心の天秤が傾いていたのだった。
「ふふっレーン様……」
(うっ、そんな目で見られたら……そんな声を出されたら我慢出来なくなる……! こいつ、上物だ!)
マーサの身体は大きな胸に細くくびれた腰にやや筋肉質な腹に大きいけれどしっかり引き締まったお尻とまさに彫刻のような美しさとエキゾチックな妖しさを醸し出している。
「はあ……はあ……」
「レーン様……」
そんな彼らがいる閨のある部屋の扉をノックする音が響き渡る。興を邪魔される形となったのか、レーンは小さく舌打ちをしながらズボンを履いて部屋の扉を開けた。
「なんだ」
扉の前にはレーンの配下である侍従が2人厳しい顔つきで立っている。
「メイリア様がお呼びでございます」
「はあ……断った所で無駄だろうな。わかった、行こう」
レーンは致し方なく部屋にいるマーサに別れを告げた。
「レーン様、わたしの事はお気になさらないで」
「マーサ、優しいのな」
「こんなわたしなんかより、メイリア様を優先すべきです」
「わかった、また会おう」
城に戻ったレーンを待っていたのはウエディングドレスに着飾ったメイリアだった。妊婦なのでお腹は出ているが極力それを目立たせないような設計のドレスになっているのでそこまで違和感ないものに仕上がっている。
もっとも、このドレスも例に漏れずメイリアの指示により特別に作られたものなのだが。
(ウエディングドレスくらい、当日でいいだろ!)
とレーンは心の中で呟きながら似合っているよ。と作り笑いを浮かべながら嘘をついた。
「本当に?」
「ああ、本当だよ」
(くそ、めんどくさい。出来る事ならこの場でメイリアを切って捨てたくなる)
「ありがとう! レーン様!」
そしていつものようにメイリアはレーンに抱きついて右頬に何度もキスをした。
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……その頃。侍従の案内により屋敷を出たマーサが向かっていく先はアーネスト帝国。途中着替えた彼女は馬に跨り颯爽と駆けて行く。ルートは北東。ジャンヌが途中で倒れた北方の最速ルートより少し時間はかかるが道自体はなだらかで騎馬でも移動可能である。ただ馬車だと通れない道もあるのだが。
「はっ!」
馬に鞭を入れ主のいるアーネスト帝国へ向けて疾駆するマーサ。
マーサ。それは数多ある彼女の偽名である。