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魔法術式師が授ける魔法陣、生誕を祝福する魔法陣の正体

作者: ウォーカー

 こちらは連載小説

「魔王の宝物庫 ~人間の習性を知り尽くした魔王が勇者を倒す方法~」、

その第十二章を短編小説にまとめたものです。

内容は同じです。


連載小説:魔王の宝物庫 ~人間の習性を知り尽くした魔王が勇者を倒す方法~

第十二章 十二人目 魔法術式師が授ける魔法陣、生誕を祝福する魔法陣の正体 https://ncode.syosetu.com/n4958iq/13


 血の色のような真っ赤な空、荒れ地にそびえ立つ魔王の城。

勇者をはじめとする数々の勇敢な者たちが挑み、姿を消した後。

次に魔王の城にたどり着いたのは、一人の男。

その男は魔法術式師だった。


 この世界には魔法がある。

魔法は、自然に存在する魔素を集め制御することで、超常的な効果をもたらす。

魔法術式とは、ある種の文字や紋様の組み合わせにより、魔法を発動するもの。

文字や紋様を描いてすぐに魔法を発動できる即効性のあるものを魔法術式、

文字や紋様を描いてから消えるまで継続的効果があるものを魔法陣と呼ぶ。

魔法術式は紙切れなどに描いても効果があるが、

魔法術式は描いた文字や紋様が魔法の効果の結果痛んでしまえば効果を失う。

一方、魔法陣の方は、発動した魔法の効果が魔法陣そのものに影響を与えない。

その結果、魔法陣による魔法の効果は長持ちすることが期待できる。

ただし、魔法陣を描くには相応の時間を要する。

だから、物を燃やすなどの即効性の魔法には魔法術式を、

防具などに魔法の支援効果を施したい場合には魔法陣が用いられる。

魔法術式師とは、魔法術式と魔法陣を描き施す者のことである。

一方、魔法術式を頭の中に思い描くことで効果を得るのが魔法使いである。

この世界の人々は皆、生まれて間もなく生誕を祝福する魔法陣を施される。

それは産まれて間もない頃は塗料で毎日何度も体に描かれ、

目が開くようになると、完全に記憶するまで繰り返し覚えさせられる。

生誕を祝福する魔法陣を記憶できるようになって初めて、一人前とされる。

このように、この世界の人々にとって魔法術式師は、

産まれてすぐに接する重要な相手である。

今、魔王の城の前にたどり着いた男は、魔法術式師の方。

魔法の杖ではなく、紙と筆記具を武器とする者だった。

全身には魔法陣を施した武器防具を装備していて、

それだけでも相当の腕前であることが察せられた。


 その魔法術式師の男が魔王の城に近付こうとすると、

荒れ地のあちらこちらから、岩の魔物や骸骨の魔物が行く手を遮った。

するとその魔法術式師の男は、鞄から植物の茎と葉、

それと小さな壺をを取り出した。

植物の茎を小さな壺に差し込むと、先に黒っぽい液体が滴った。

それを使って葉を紙にして文字や紋様を描いていく。

「そらっ、これでも食らうが良い!」

その魔法術式師の男は、描き込んだ葉を魔物に向かって投げつけた。

すると葉から火柱が上がって燃え上がり、魔物は火に包まれた。

その魔法術式師の男が次の葉に紋様を描いて投げる。

すると葉からは氷が張り出し、近付こうとする魔物の足元を凍らせた。

次にその魔法術式師の男が葉に紋様を描くと、

葉から稲妻が飛び魔物たちを打っていった。

「まだまだあるぞ。それでもお前たちは、私の邪魔をするつもりか?」

魔法術式師の男が筆記具を持った手を止めて得意げに言い放つ。

すると言葉の意味が通じたのか、魔物たちがスッと身を引いていった。

一先ずは魔物たちの妨害は止んだらしい。

その魔法術式師の男は筆記具を構えたまま、

用心しつつ魔王の城への門を潜っていった。


 魔王の城の内部は、捻くれた骨のようだった。

壁も床も柱も捻れていて、見ているこちらも歪んでしまいそう。

その魔法術式師の男は、筆記具を差し出し立てて、

平衡感覚を維持して失わないように努めた。

捻れた床に一歩一歩踏み出していく。

すると、いくらも進まない内に、奥から物音が近付いてきた。

見ると魔王の城の内部の奥の暗がりから、

骸骨の魔物や鎧の魔物たちが大勢、押し寄せてくるところだった。

狭くも広くもない魔王の城の通路で、多数の魔物との戦いが予想される。

しかしその魔法術式師は慌てない。

魔法術式師は、手際が腕前大きくを左右する。

その魔法術式師は魔物の姿を見るなり、すぐに筆記具を構えた。

葉に即席の魔法術式を描き、投げ飛ばしていく。

すると先頭の魔物たちに炎や稲妻が襲いかかった。

炎が轟々と燃え上がり、稲妻が魔物を打つ。

そうして魔物たちの隊列が乱れている間に、

その魔法術式師は今度はしゃがみこんで床に直接、紋様を描き込み始めた。

葉に描いた魔法術式とは違い、今度は時間をかけて複雑な紋様を描いている。

魔法術式師の真剣な表情、額に汗の粒が浮かんだ頃、その手が止まった。

「壁よ!魔物たちの道を塞げ!」

すると魔法術式師の声に応じて、床に瓦礫や岩ころが積み重なっていった。

間には魔法で作られた氷が埋まっていく。

そうしてもうすぐたどり着くはずだった魔物たちの前に、

魔法陣によって作られた壁が立ちはだかった。

これでは魔物たちは、その魔法術式師に手出しができない。

しかしそれは魔法術式師の方も同様。

このままでは魔法陣による壁に遮られ、魔王の城の奥に進むことはできない。

実は魔法術式師の描く魔法術式や魔法陣は、今の技術では消すことができない。

後から別の紋様を書き加えることで変質させることがせいぜい。

発動した魔法術式や魔法陣の効果を無くしたければ、

魔法術式や魔法陣が自然に消えてしまうまで待つしかない。

魔法術式師が筆記具に植物由来のものを使うのは、自然に消えやすいから。

魔法使いは魔法術式を頭の中で思い描くので、消すのは容易い。

もしも決して消えない魔法術式や魔法陣などがあったとしたら、

それ自体が強大な災害にも等しい存在となってしまう。

描かれた魔法術式や魔法陣は、消せないが後から改変することができる。

そのためにあらかじめ改変しやすい紋様にしておくのも、魔法術式師の腕前。

その魔法術式師は一人っきりで魔王の城にたどり着くほどの腕前なので、

もちろん、後のことを考えて魔法陣を描いてある。

その魔法術式師は、壁を築き上げている魔法陣に、こう描き加えた。

向こう側に向かって倒れるように、と。

すると魔法陣でできた壁がグラリと揺らいだかと思うと、

その魔法術式師のいる側とは相対する方向へ倒れ込んだ。

そちらには立ち往生させられていた魔物たちがひしめいている。

その上から、重い岩や氷の塊が勢いよく倒れ込んできた。

ズシン・・。と重く大きな音がして土煙が上がった。

下敷きになった魔物たちはひとたまりもなく、

骸骨の魔物も鎧の魔物たちも皆バラバラに砕けてしまった。

「ふぅ、作った壁がちょっと大きすぎたかな。

 危うくこちらまで潰されてしまうところだったよ。」

その魔法術式師は纏っている法衣に付いた土埃を払うと、

土煙の中、魔物たちの残骸を踏みつけながら、魔王の城の内部を進んでいった。


 その魔法術式師の男が魔王の城の内部を進んでいくと、

やがて行く手に、三叉に分かれた通路が姿を表した。

正面と左右の三つに通路が分かれている。

いずれの通路に進むべきか、その魔法術式師は筆記具を取り出した。

何やら取り出した葉にスラスラと魔法術式を描き込んでいく。

すると葉はボヤッとした光を放ち始めた。

葉は向けた方向によって光の強さが変わり、

三叉の通路の真ん中に向けた時が最も明るく光り輝いたのだった。

「ふむ、探知術式によれば、真ん中の通路の先の反応が大きいな。

 何を探知したのか、そこまではわからないが。

 それは実際にこの目で確かめてみるか。」

そうしてその魔法術式師は、探知の魔法術式の結果に基づき、

三叉の通路の真ん中を進んでいった。


 探知の魔法術式に従い、その魔法術式師が三叉の通路の真ん中を進むと、

やがて行く先に魔物たちの集団パーティーが待ち構えているのが見えた。

「探知術式はまだこの先を示している。

 ということは、あの魔物たちの集団を探知したわけではないようだな。

 いずれにせよ、進むには戦うより他はないようだ。」

先程戦った魔物のでたらめな群れとは違い、

集団を成している魔物と一人っきりで戦うには相応の準備がいる。

その魔法術式師は鞄から筆記具と紙束を取り出した。

それはこの世界では高価な紙を、人型に加工した、形代かたしろ

形代に魔法陣を描き込んでいく。

すると、形代はみるみる人間の大きさまで膨れ上がり、

まるで命を吹き込まれたかのように自律して立ち上がった。

ある形代は手先を刃のように鋭く研ぎ澄まし、

またある形代は足先を棘のように尖らせていた。

そうしてその魔法術式師は、

魔物の集団と同じ程の数の形代に魔法陣を施し、命じた。

「よし、形代たちよ、いけ。あの魔物たちを打ち倒せ!」

すると形代たちは、兵隊たちのように行進して、魔物の集団に向かっていった。

侵入者に気がついた魔物の集団が、射程に応じた編成で迎え撃つ。

後衛の魔物が放った矢が形代たちに降り注ぐ。

しかし形代たちは元はただの紙。

固く研ぎ澄まされた手足で防ぐか、体に穴が空いても塞がってしまった。

次は魔法使いの魔物が魔法を唱える。

すると形代の一体が火に包まれた。

紙の形代は成すすべなく、苦しそうに体をくねらせて燃え尽きていった。

しかしそれでも形代たちは行進を止めない。

恐れをしらない形代たちは、魔物の集団に届くところまでたどり着いた。

前衛の魔物たちとの接近戦が始まる。

骸骨の魔物の剣を、形代の鋭い腕が受け止める。

形代の鋭い足が、鎧の魔物の継ぎ目を突き刺し貫く。

間をすり抜けた形代が、後衛の魔法使いの魔物を切り倒す。

後衛の魔物が至近距離から放った矢が形代を貫くが、形代は倒れない。

数では互角の魔物と形代たちだったが、

恐れをしらない形代たちが徐々に圧倒していく。

形代たちは時には刺し違えてでも魔物たちを倒していった。

魔物たちも恐れ知らずとは言え、それでも意志くらいは持っている。

全く無意思で命令に従う形代たちの冷酷な攻撃に怯え押され、

そうして最後の一体の魔物が倒れた時、形代も動くものはいなかった。

「よし、よくやったぞ形代たちよ。」

そうしてその魔法術式師は、千切れた形代の断片を拾いながら、

三叉の通路の先に進んでいった。


 三叉の通路の真ん中を進んだ先には、大きくて豪華な扉があった。

内部には余程に大事なものが仕舞われているのだろう。

大きくて豪華な扉の前には、それを守護する大きな魔物が待ち構えていた。

見上げるほどに大きな鎧の魔物だった。

魔王の城とはいえ、そう頻繁には見られない巨大な魔物。

先程、魔法術式師が作り上げた壁よりも大きいように見える。

もちろん、一人っきりの魔法術式師が生身で戦っても勝ち目はない。

だからその魔法術式師は、また鞄から紙束を取り出した。

今度は人型の形代ではない、不揃いなただの紙束。

それに何やら魔法陣を描き込んでいく。

すると魔法陣を描き込まれた紙はフワフワと宙を舞い、

まるで相手を探しているかのように漂い始めた。

そこに、後から魔法陣を描き込まれた紙が宙を舞いくっついていく。

もう一枚、また一枚、魔法陣を描き込まれた紙がくっつき合わさっていく。

そうしてやがてそこには、巨大な形代が横たわるように浮いていた。

何枚もの紙に魔法陣を描き込んで合体させて作った、巨大な形代だった。

「こんなものでいいだろう。形代よ、あの巨大な魔物を討て!」

最後に、紙が合わさってできた巨大な剣を手にして、

大きな形代は立ち上がった。

魔法術式師の命令通りに、大きな鎧の魔物の方へ向かっていく。

軽いがのっしのっしと重い足取りで。

大きな鎧の魔物の方もまた、大きな侵入者に気がついて向き直る。

そうしてお互いに剣を振りかぶって、初撃から激しい打ち合いとなった。

ガギン!

魔法陣による魔法の補助効果で金属のようになった紙の剣が火花を散らす。

お互いに初撃を受けあった後、今度は横なでに斬り合った。

大きな鎧の魔物は胴に傷を負い、

大きな形代は胴に切れ目ができたがすぐに塞がった。

真っ向からの打ち合いでは形代に分がある。

そう悟った大きな魔物の鎧が、今度は大きな形代の手先、足先を狙う。

掠るような斬撃は、形代の体の先を切断し分離した。

これを繰り返せば、傷が治る形代でも体が徐々に失われていく。

かと思われたのだが、それは違った。

切断された形代の断片は、確かにただの紙には戻った。

しかしそこにはすかさず魔法術式師が駆け寄って回収し、

紙片に新たな魔法術式を施した。

魔法術式を書き込まれた紙片は、あるものは大きな形代に再び合体し、

あるものは投石機スリングショットで飛ばされた石ころのように、

勢いよく飛んで大きな鎧の魔物の体を撃ち抜いた。

大きな形代と小さな魔法術式師。

二人を同時に相手にすることになって、大きな鎧の魔物は形勢不利、

戦況は徐々に魔法術式師に有利になっていった。

ガツン!

大きな鎧の魔物と大きな形代と、

お互いが頭を切り合うような形で勝負はついた。

大きな形代は傷つきよろめき、床に膝を突き、

大きな鎧の魔物は頭を真っ二つにされ、空っぽの体を床に大きく倒れ込ませた。

ガシャーン!と土煙が上がり、

大きな鎧の魔物はバラバラになって動かなくなった。

「ふう、なんとか勝てたようだな。

 形代はまだ動けるか。形代よ、しばらくここで待っていろ。

 私はこの扉の中を調べる。

 魔王の玉座なら呼ぶからすぐに来い。」

魔法術式や魔法陣をすぐに消す方法はない。

自然に消えるまでは紙として回収することもできない。

だからその魔法術式師は、形代をその場に残し、

大きくて豪華な扉の中に一人で入っていった。


 大きくて豪華な扉の中は、魔王の玉座ではなかった。

しかし大事なものには違いない、そこには金銀財宝が詰め込まれていた。

どうやらここは魔王の城の宝物庫のようだ。

大きな宝石や豪華な衣装などが所狭しと並べられていた。

「なんと、ここは宝物庫か。

 こんなに財宝を蓄えているとは、きっと略奪したものだろう。

 魔王め、そんな悪逆非道も今日までだ。」

その魔法術式師は魔王を討伐する決意も新たに、宝物庫の中を進んでいく。

すると、ある豪華な机の前を通ったところで、その魔法術式師は足を止めた。

机の上にあるものに釘付けにされた。

「なんと、あれは、魔法の字消しではないか!?」

その魔法術式師が駆け寄って手にしたのは、小さな樹脂の塊のようなもの。

その表面には、複雑な魔法陣が描かれていた。

魔法の字消し。

この世界では描かれた文字や紋様を消すのには、

小麦で作られた食べ物、麺麭パンが使われる。

しかし麺麭は文字や紋様をきれいに消せず、紙も傷めてしまうため、

魔法の効果を持つ魔法術式や魔法陣を消すのには使えない。

歪んだ魔法術式や魔法陣が予期せず効果を発動すると危険だから。

だから魔法術式師が描いた魔法術式や魔法陣は消すことができない。

自然に消えるのを待つしかない。

だが、この魔法の字消しがあれば、それが可能になる。

魔法の字消しはそれ自体にも魔法陣による魔法の支援効果がかけられていて、

魔法術式や魔法陣を暴発させたり破損させたりすることなく、

きれいに消し去ることができる。

魔法術式師には夢の筆記具とされるものだった。

もちろん、その魔法術式師も聞き及んでいて、手にしたい逸品だった。

「まさか魔法の字消しが、魔王の城にあったとは。

 魔王め、それで魔物たちを操っているのだな。

 これは私が使わせてもらうとしよう。

 この魔法の字消しがあれば、部屋の外に待機させている形代を、

 今すぐに魔法陣から解き放って回収することもできよう。」

そうしてその魔法術式師は、魔法の字消しを手に、宝物庫から戻っていった。


 宝物庫の外には、大きな形代が静かに控えていた。

まだその身の魔法陣は消えていないようで、静かに命令を待っている。

その魔法術式師は早速、魔法の字消しの効果を試してみることにした。

大きな形代を屈ませ、その身に描いた魔法陣を魔法の字消しで擦ってみる。

すると、魔法陣は、みるみる薄くなっていって、

まるで何も書かれていなかったかのようなまっさらな状態に戻ったのだった。

魔法陣を失い、大きな形代は紙束へと戻っていった。

その魔法術式師は魔法の字消しと紙束を手に、感嘆の声を上げた。

「なんと、魔法の字消しは、こんなにもきれいに魔法陣を消し去るのか。

 これならば、いかなる魔法術式も魔法陣も自在に消せるだろう。

 消せないのは、頭の中にある魔法陣くらいなものか。」

そんなことを呟いて、ふとその魔法術式師は思いついた。

魔法の字消しで頭を擦れば、記憶の中の魔法陣も消せるのではないか?

例えば、この世界の人々であれば誰もが暗記している、生誕を祝福する魔法陣。

「・・・生誕を祝福する魔法陣を消したら、どうなるのだろうな。

 あれはただの祝福とされているが、それにしては複雑な魔法陣だ。

 何か特別な効果があるのかもしれん。」

そんなただの知的好奇心で、その魔法術式師は、

魔法の字消しを自分の額に当ててみた。

頭の中を擦るように、額を魔法の字消しで擦ってみる。

すると、いつも頭の中に意識していた、

生誕を祝福する魔法陣の記憶が薄れていった。

「・・・なんと、魔法の字消しは、頭の中の記憶まで消す効果があるぞ。

 これがあれば、誤って記憶した魔法陣を・・・」

そこまで口にしたところで、その魔法術式師は倒れた。

何の前触れもなく、まるで糸が切れたかのように床に倒れ込んだ。

意識が瞬断し、暗闇から視界が戻る。

「な、なんだ?何が起こったんだ?」

続けてその魔法術式師は激しく嘔吐した。

悪寒がする。意識を保っていられない。

その魔法術式師は急な体調不良を感じていた。

また意識が遠くなっていくのを感じる。身の危険を感じる状態。

「どうなっている、私の体に何が起こったんだ?

 何が起こったかわからんが、このままでは危険だ。ここは退却だ。

 魔王の城で倒れているわけにはいかんからな。

 帰還魔法!我を安全な場所に運び給え・・・!」

最後は息も絶え絶えとなって、その魔法術式師は、

手にした紙に魔法術式を描き込んで読み上げた。

それは安全な場所まで移動する魔法術式。

無事に発動したようで、

やがて辺りにはびゅうびゅうと風が寄り集まっていき、

その魔法術式師は風に運ばれていった。

そうして遠く安全な王都に運ばれた時には、

既にその魔法術式師には意識はなく、

気がついた王都の人々によって治癒師のもとへ運び込まれたのだった。


 「はっ、ここは・・・?」

その魔法術式師が目を覚ますと、そこは布団ベッドの上。

傍らには治癒師と、もう一人の人物が静かに佇んでいた。

「お目覚めになりましたか。お体はなんともありませんか?」

「えっ、ええ、そのようです。

 ここは、王都ですね?あの後、私に何があったのですか?」

「あなたは意識を失い、帰還魔法によって戻ってきたのです。

 それから治療をしたのですが・・・。」

そうして治癒師ともう一人の人物は、事の顛末を話してくれた。

魔王の城で急に体調不良に襲われ、その魔法術式師は帰還魔法で王都へ戻った。

その後、倒れているところを発見されて治癒師のもとへ運ばれた。

治癒師はすぐに治療を行ったのだが、しかしどうにも様子がおかしい。

外傷はなく、大きな怪我もないのに、意識が戻らない。

激しい発熱などがみられるが、よくある病の兆候もない。

困り果てた治癒師は、一つの症例を思い出した。

そうして治癒師は魔法術式師を呼び、治療を頼んだのだという。

その魔法術式師の疑問はまだ晴れていない。

「それで、あなたがたは私にどんな治療をしてくれたのですか?」

「あなたの治療には、治癒師ではなく、魔法術式師が適任だと考えました。」

そこで、隣にいた人物が口を開いた。

「あなたには、生誕を祝福する魔法陣を施したのですよ。」

「生誕を祝福する魔法陣・・・?

 赤ん坊が産まれて間もなく授かる、あれですか?」

そうしてその魔法術式師は思い出した。

自分が魔王の城の宝物庫で、魔法の字消しを手に入れ、

試しに記憶にある生誕を祝福する魔法陣の記憶を消してみたことを。

そんな事情は知らず、眼の前にいる魔法術式師は困り顔で言った。

「そうなんです。

 理由は全くの不明なのですが、あなたの症状は、

 何らかの理由で生誕を祝福する魔法陣が消えてしまったせいだと思われます。

 過去の事例にも、そういうことがあったんです。

 頭に強い衝撃を受けたりとかして、

 生誕を祝福する魔法陣の記憶を失ってしまった場合に、

 あなたのような症状がみられると記録がありました。

 吐き気、頭痛、下痢、発熱、意識障害などです。

 だからあなたの背中に、生誕を祝福する魔法陣を描いておきました。

 そうしたら、あなたの症状は収まりました。

 だからあなたの異常の原因は、

 生誕を祝福する魔法陣が失われたことで間違いないでしょう。

 きっと頭に記憶し直せば元通りになると思いますよ。」

「そうですか・・・。

 ところで、生誕を祝福する魔法陣とは、何なのでしょう?」

その魔法術式師の疑問に、しかし満足な答えは返ってこなかった。

「それは我々にもわからないのですよ。

 産まれて間もない赤子に生誕を祝福する魔法陣を授けるようになったのは、

 もう遥か昔の頃からのようで、確実な記録が残っていません。

 あなたも御存知の通り、生誕を祝福する魔法陣は、

 非常に特殊で複雑な魔法陣でして、その意味も今では解読できません。

 人に施す魔法陣というからには、何かから身を守る魔法陣なのでしょう。

 それが何なのかは、記録もなくわかりません。

 でも、あなたも体験したとおり、

 生誕を祝福する魔法陣がなければ、この世界は人に危険なようですね。

 あるいは、魔王の城の呪いの類でしょうか。」

「は、はぁ・・・。」

何ともすっきりしない答え。

赤ん坊が産まれたことを記念し祝福するだけのものと思っていた、

生誕を祝福する魔法陣。

それが何から守ってくれるものなのか、答えられる者はいなかった。



 それからしばらくの後。

その魔法術式師は、まだ魔王の討伐へ赴いてはいない。

なぜなら、生誕を祝福する魔法陣を再び記憶するのに苦労していたから。

人の脳の老化によるものか、あるいは魔法の字消しによるものか、

幼児ならいつかは覚えられる生誕を祝福する魔法陣が、

その魔法術式師にはどうしても再び覚えることができなかった。

細部が間違っていたり曖昧だったり、その状態でも謎の体調不良は起こった。

今では体に塗料で生誕を祝福する魔法陣を描いて過ごす日々。

これではいつ水や汗で洗い流されてしまうかもわからず、

とても魔王の討伐などに赴ける状態ではなかった。

それから今、その魔法術式師は、古い書物などを読み漁る日々を送っている。

生誕を祝福する魔法陣とは何なのか。

人を何から守っているのか。

それは何なのか。

この世界には何があるのか。

その謎を解明するべく、その魔法術式師は今日も書物を読み耽っていた。



終わり。


 魔法を描いて発動させる魔法術式師というものの話でした。

魔法は使い捨てだけではなく、長く効果を発揮するものも必要だと考え、

魔法使いとは一味違う、魔法術式師というものを考えてみました。


魔王の城で魔法の字消しを手に入れたその魔法術式師は、

戯れに、生誕を祝福する魔法陣を消してしまったことで、

意識障害などの重篤な症状に陥りました。

この世界の人々であれば、誰もが産まれてすぐに授かる生誕を祝福する魔法陣。

これが何かから人々を守ってくれているのは確かなようです。

ところで、吐き気、頭痛、下痢、発熱、意識障害などの急な症状は、

現実のある病気と症状が似ています。

今までにも稀に発電所などの事故でこの症状を発症した事例があります。

この世界には何があるのでしょうか。

その謎は、今後明らかになる予定です。


お読み頂きありがとうございました。


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