忌路
道端にある不審なものがないか探すのが、私の子供の頃からの癖になっている。
不審なものというのは、置き忘れの荷物とか、不自然に膨らんだ紙袋とか、そういった類のものではない。
交番のお巡りさんでも、特別親切な人間というわけではもないのに、なぜそんな奇怪な癖ができてしまったのか。
その由来についてこれから話そうと思う。
私が生まれ育った地元は、地名は伏せるが、都市化が中途半端に進んだ田舎といって差し支えない。
モダンな住宅街が並ぶ中、やたらと道端に石地蔵が建っていて、その裏側には、整備されていない路地がそこかしこに点在しているような場所だ。
あれは私が小学生のころのことだ。
私は当時から人見知りが激しく、友達と呼べる存在があまりいなかった。
そんな私にも、かまってくれる同級生がいるにはいるもので、その友達を仮にオオキ君としておく。
オオキ君は、根暗な私とは正反対の活発なやんちゃ坊主で、公園や裏路地を駆け回って、いろいろな遊びをしていた。
私はそれに半ば振り回される形で一緒に遊んでいたが、今思えば、幼少期の貴重な思い出となっている。
ある時、オオキ君が「すごい発見をした」と、息巻いていた。
なんでも、家に早く帰れる最強の近道を見つけた、というのだ。
当時、子供であった私たちにとって、遊ぶ時間の確保は重要な問題だった。
できるだけ長く遊びたい、しかしあまりに家に帰るのが遅くなると、親に叱られる。
特に、やんちゃで遊び盛りであったオオキ君にとっては、より深刻な問題であった。
そんなわけで、探検と称して近道を探すのが、その頃の私たちの主な遊びでもあった。
近道といっても、子供の足で短縮できるのは、せいぜい数分程度が関の山である。
今まで見つけたそれらも、抜本的な解決にはなっていなかった。
しかし、オオキ君が見つけた最強の近道というのが、これまでとは段違いに早く帰ることができたのだという。
オオキ君は興奮冷めやまぬ様子で、その近道を私に教えてくれた。
その道は、背の高い建物の間にある、薄暗い裏路地だった。
幅は、子供ひとりがギリギリ通り抜けられる程度しかなく、内部が暗いせいか出口までの距離がよくわからない。
まるで、巨大な絶壁に、細長い亀裂が一筋だけ走っているようだった。
最初、私は足を踏み入れることを躊躇したが、オオキ君は大丈夫だと言い張って、私の手を引いて先を進んでいった。
大丈夫かなと思いながら、路地の入口に足を踏み入れた瞬間、視界に鮮やかな赤い色が写り込んで、思わず足元に目を凝らした。
路地の入口と外の境目に、まるでそこで何かがあったかのように、花が供えられていた。
一見すると打ち捨てられたゴミのように、小さなガラスの瓶に一輪だけ、血のように鮮やかな赤い色をした椿が活けられている。
横目でそれを気にしつつ、オオキ君に手を引かれながら、路地の中へと歩を進めた。
路地の内部は外から見た通り、陽の光が壁にさえぎられているのか、ひどく暗かった。
出口の光でかろうじて進む方向が分かる程度で、それ以外の光や物音は一切聞こえない。
空気が淀んでいるのか、ひどく息苦しさも感じる。
暗闇の中をただひたすら進んで、5分経ったか、10分経ったか。
ようやく出口の光に包まれて、外に辿り着いた。
外の光に一瞬、目がくらむのを耐えつつ瞼を開けると、家のすぐ近くの大通りに出ていた。
新鮮な空気を肺に取り込みつつ、時計を見てみると、これまでで一番の近道で帰った時より、15分も早く大通りに出ていたのだ。
これまで1分1秒で競っていた近道で、一気に10分以上も短縮されたのである。
以降、この道のことは、二人だけの秘密の近道とすることになった。
二人で秘密を共有する喜びが、先ほどの暗闇を歩く恐怖よりも勝っていた。
それ以来、この最強の近道を二人で頻繁に通るようになった。
しかし、近道を使うたびに、ただならぬ奇妙な点がいくつか浮き彫りになってきた。
まず、近道を通ることで短縮できる時間が、一定ではなかった。
例えば、家まで20分ほどかかる道を、10分で帰れることもあれば、5分と極端に短い時間で帰ることすらあったのだ。
もちろん、早歩きしているわけでも、のろのろ歩いているわけでもない。
そして、この道がどこをどう通っているのか、家にあった地図で調べてみたことがある。
それで分かったのは、近道として通っているはずの場所は、いくつもの建物が連なっており、本来通れないはずだった、ということだ。
見ている地図が古いのかと、本屋や案内板の地図を確認しても、建物が多少ずれる程度で、結局近道の存在を確認することはできなかった。
通るたびに距離だか何かが不定形に変わる道。
地図にも載らない不可視の道。
それが分かった時点で、私は言いようのない薄ら寒さを覚えた。
だが、不気味ではあるものの、便利であることに変わりはない。
何より、当時の私は、ほぼ唯一の友達であるオオキ君と、これがきっかけで不仲になることを恐れていた。
気にしないふりをしながら、この不可思議な裏路地を通り続けた。
そして、夏休みに差し掛かった頃のことだ。
その日は、ひどく町中で線香の匂いが漂っていたことを、今でも覚えている。
これほど強烈に線香の匂いが気になるのは、地元で生まれ育った私にとっても初めてのことだった。
寺が多い土地だったので、葬儀が重なったのかもと思い、気にしないようにしながら、いつものようにオオキ君と放課後に遊びまわった。
夏休みに何をしようか、どこへ行こうか、と遊びながら会話が弾むうちに、周囲はすっかり暗くなってしまった。
オオキ君と慌てて駆け出して、夏休みに期待を膨らませながら、例の近道へと急いだ。
この日の近道は、いつもとは様子が違っていた。
いつもは遥か遠くに見えていた出口の明かりが、どういうわけか、この時はその僅かな明かりさえも見えない。
光をすべて拒絶し、代わりに闇が大口を開けて待ち構えているように、果てしない暗闇に続いていた。
入口に供えてあった椿に目を向けると、すでに萎み乾ききって枯れ果てていた。
どす黒く変色し地面に落ちた花が、まるで朽ちた屍から首が腐り落ちているかのように見えた。
焦っているオオキ君は、特に気にしていないのか、早く通り抜けようと私の手をグイグイと引っ張って入ろうとした。
朽ち果てた椿を踏み越えた瞬間、血なまぐさいような、獣ぐさいような、何とも言えない臭いが立ち込めているのを感じた。
このまま踏み込んだら最後、闇がその大口を閉じて、自分たちは飲み込まれて二度と出られなくなる。
そんな想像が頭に浮かんで、恐慌に駆られた私は、オオキ君の手を振りほどいて逃げ出した。
背後からオオキ君の声が聞こえたが、かまわずに時間はかかるが人通りが多い帰り道を駆け抜けた。
とにかく、あの近道とは正反対の場所にいたかった。
今までで一番遅く家に辿り着いので、当然のように両親には特大の雷を落とされた。
しかし、その時の私には、それがようやくいつもの日常に帰って来ることができたように感じられて、心の中ではほっとしていた。
その後も、家族と一緒に夕食を食べ、テレビを見て、風呂に入るいつもの平穏な日常を過ごした。
ベッドに入ると、否が応でも、あの出来事がまざまざと蘇ってきた。
強烈な線香の匂い。
首が落ちた屍のようになった椿。
血なまぐささと、暗闇に包まれた裏路地。
オオキ君は、あの道を通り抜けたのだろうか。
明日は、そのことでオオキ君と喧嘩をするかもしれない。
そんなことを考えながら、無理矢理目を閉じて眠りについた。
明日もいつもと変わらない、オオキ君と遊んで帰る日常が続くと信じて。
オオキ君が家に帰っていないということを知ったのは、翌朝のことだった。
オオキ君の母親が学校や警察に連絡し、私の家に連絡網が回ってきたのだろう。
朝食を取りにリビングに降りてきたときに、電話を受けた母親に聞かれたことで、初めて知った。
働き詰めの母親と、鍵っ子のオオキ君の母子家庭であったことが、発覚が遅れた原因であったらしい。
行方の心当たりを聞かれた私は、あの近道について話そうとしたが、大人に言って信じてもらえるか、何より、またあの道に行くことになるかもしれない恐怖から、結局打ち明けることができなかった。
いつものように遊んで、いつものように分かれて帰った、と当たり障りのないことを答えた。
学校でも、オオキ君が行方不明である旨が、ホームルームで伝えられた。
心当たりがある人はいませんか、という先生の質問にも、何も答えることができなかった。
遊び相手の居ない孤独な帰り道から帰宅すると、オオキ君の母親が自宅を訪ねてきていた。
オオキ君から、私が遊び相手であることを聞いていたのだろう。
最初は丁寧に、諭すように尋ねられていたが、私が知らない、わからないの一点張りで答えるしかなかった。
オオキ君の母親は、それでも辛抱強く訪ねてくるが、次第に口調が強くなり、ついには怒鳴るように捲し立てるようになった。
夜通し働いていたためか、目が血走り髪を振り乱しながら猛り狂う様は、今でも一生のうちで見たものの中で一番恐ろしいものだと思う。
しかし、その眼の中には、我が子を案じる母親としての深い悲しみと焦燥が見て取れて、罪悪感が堰を切ったように押し寄せてきた。
こちらに掴みかからんばかりのオオキ君の母親を、周りの大人達が取り押さえ、何とか落ち着かせていた。
オオキ君の母親は憔悴した様で深々と謝罪し、ふらふらとした足取りで去っていった。
私は、何をすることも、言うこともできず、黙って見送ることしかできないでいた。
罪悪感に押しつぶされそうになった私は、祖母にすべてを話すことにした。
祖母は、昔から私にとって、良き相談相手であった。
生まれも育ちも地元で、この土地のことなら何でも知っていたこともあり、あの近道のことも信じてくれるのではないかとのも、告白しようと思い至った理由である。
和室でお茶を飲んでいた祖母に、あの裏路地のことをすべて打ち明けた。
まくしたてるような告白を、祖母はただ黙って聞いていた。
すべてを話し終えると、祖母は皺だらけの顔をさらにすぼめた。
「そりゃ、イミジだ。もう通っちゃならねえ」
つぶやくようにそれだけ言って、和室から出て行ってしまった。
耳を澄ますと、廊下の固定電話で、誰かと話している声が聞こえた。
しばらくすると和室に戻ってきて、何も心配いらないよ、今日は早くお眠り、と、いつものような優しい口調で言った。
聞きたいことはあったものの、優しく微笑んだまま無言のまなざしを向ける祖母に気圧されて、いたたまれずに和室から辞した。
和室から去る間際、お友達は残念だが、早く忘れておやり、と聞こえた気がした。
翌日、祖母がどこに電話をして、何をしたのか、無性に気になってしまい、意を決してあの近道に訪れた。
放課後の帰り道にある、巨大な絶壁のようなビルの間に、細長い亀裂が一筋。
これまでと同じ光景に、一つだけ異なる部分があった。
入口が、頑丈な鉄柵でふさがれ、入ることが出来ないようになっていたのだ。
よじ登れないほどの高さのある鉄板が打ち付けられ、内部を見ることすらできないようになっている。
あの忌まわしい裏路地が隔てられた安心と、何があったのかどうしても真相を知りたいという気持ちが渦巻いていた。
よくよく見てみると、鉄柵と地面にわずかな隙間があり、そこから何とか中を覗き込めそうだった。
どうしようか迷ったが、結局好奇心に負けて、這いつくばって隙間から暗闇に目を凝らしてみた。
暗闇に目が慣れてくると、鉄柵の前に誰かいるような輪郭が見えてきた。
それを認識した瞬間、這いつくばった体勢のまま、金縛りになったかのように暗闇から目を背けなくなってしまった。
視線を逸らすこともできず、頭の中が真っ白のまま、ひたすらじっと観察をしていると、その輪郭の正体を突き止めた。
町中でよく目にする地蔵が、路地の内側から、まるで鉄柵を見張るかのように置いてあるのだ。
物言わぬ石地蔵が、のぞき見をした自分を咎めて睨んでいるような気がした。
金縛りが解けたように慌てて飛び退いて、逃げるようにその場所から立ち去った。
オオキ君の家にも行ってみた。
あの母親の鬼気迫る形相を見てから、怖くてこれまで近づけずにいた。
オオキ君の母親に会ったらどうしよう、とも考えたが、結局再会することはなかった。
マンションの部屋は引き払われ、もぬけの殻となっていたのだ。
あれほど自分の息子の行方と安否を案じていた母親が、人知れずあっさりと引越していることが、私には信じられなかった。
学校でも、オオキ君のことが取り沙汰されることが、明らかに減った。
先生たちも、同級生たちも、オオキ君がどうなっとか気にしないように。
いや、むしろオオキ君が初めからいなかったかのようにふるまっているようだった。
オオキ君のことを話すのは私だけになり、やがて私自身も口をつぐむようになっていった。
本当は、何があったのか、どうしてこうなってしまったのか、知りたくて堪らなかった。
だが、それ以上のことを知ることは、できなくなってしまった。
その後すぐに祖母が亡くなり、私たち一家も、急遽引っ越しが決まったからだ。
有無を言わせぬ急ピッチで引っ越しを済ませ、生まれ育った地元を後にした。
引越しの理由は、両親によれば突然の転勤とのことだったが、本当にそうだったのかはわからない。
それ以降は、特に怪異に巻き込まれることなく、引っ越し先の街で平穏な日々を過ごせている。
ただ、この経験からだろうか。
普段なら気にも留めないような、道端に置かれたものに、不思議と目を向けてしまうようになった。
それは、不自然に積み上げられた石であったり、何かよくわからない生き物の死骸だったり。
普通であれば、何も感じることなく視線を逸らすものが、ひどく不審なものとして目に映るのである。
誰が、否、何が、どんな目的で残しているのか、今以てわからない。
この話をしようと思ったきっかけは、この癖のせいで、ついこの間、あるものを見つけてしまったためだ。
あの時と同じように、路地に供えられた、血のように鮮やかな椿の花。
懐かしさを感じたと同時に、全力で目をそらして通り過ぎた。
路地の暗がりから、こちらを見つめる視線を感じたような気がしたからだ。