癒やし、その1
田中は高校卒業してすぐに入った会社で、勤続10年、禿げた上司のネチっこい嫌味にも耐えて頑張った。しかしクビになった。会社が外資系の会社に買収されて、即リストラが実行され営業成績がそこそこだった田中はクビにされたのだ。
そして違う会社にまた営業職として再就職した。当時の田中はまだ28歳。諦めるわけにはいかなかった。しかし、ここも10年目でクビになった。何でも横の席だった神楽さんと親しく喋っていたら、それが社長の女だったらしく、 逆鱗に触れたらしい。
社長の女だった神楽さんは、社長に吹き込んだ。
「横の席の男が毎日私のおしりを触ろうとしてくるの」
と。なんでもわがままを言えば、すぐに社員をクビにしてくれるから、面白がってのことだった。田中は結局その首になった理由を知らないままだった。
田中はついてない。本当についてない。仕方がないので、また違う就職先を探した。 田中はまだ38歳。諦めるわけにはいかなかった。そしてまた営業職についた。いい加減事務職につきたい気もしたが、 それはそれで大変なことがあるとよく知っていた。
何よりも今さら他の職種などできはしないと自分のことを悟っていた。
「田中君この件お願いね。それと営業成績悪いから、ノルマはちゃんと達成してね」
「了解しました」
「はあ、私より年上なんだからしっかりしてよね」
「すみません」
次に上司になったのは高慢ちきで顔は綺麗でやたらと圧をかけてくる女だった。この課長でもある女が田中は苦手だった。だから田中は思った。
「癒されたい……」
田中はもう人生を諦めてもいいぐらい頑張ってきた。高校を卒業してからずっとだ。毎日毎日営業成績に追われる日々。でも、田舎の父親も安月給のサラリーマンで母親はパートで頑張っている。
だからドロップアウトすることもできなかった。今日も今日とて帰り道にスーパーに寄って安い発泡酒を買う。特売の肉と野菜。ご飯はちゃんと炊飯器にセットして出てきたから、今日は肉じゃがを作ってみようと思っていた。
ついでに酒のつまみになるものでも作ってやろう。
田中は結構まめだった。
池袋の改札を潜って家に帰ろうと思った。そんな時だった。激しい地震が起きたのは。ものすごい揺れだった。立っていられないほどの揺れで田中は動揺した。どうするべきかと右往左往する。
しかし、不思議なことがあった。周りの誰一人として田中のように右往左往していない。田中は急に恥ずかしくなった。42歳にもなってちょっと地震が起きたぐらいで慌ててる。東京に住んでるのに外国人みたいな反応をしてしまった。
まったくもって恥じ入るばかりである。しかし、それにしても凄い揺れだと思うのだが、誰も動揺してないとか、みんなすごいなと思った。群馬の田舎から出てきた田中は、東京人はやっぱり違うなと感心した。
「うん?」
しかし、そんな時だった。目の前になんだか白い靄があった。周りを見ると、誰もその靄に気づいてないみたいだった。まるで姿見の鏡のように不自然に薄っぺらくて、楕円形で、右手を突っ込んでみると驚いたことに向こう側に手が出なかった。
これはさすがに日常茶飯事ではない。東京に出てきて24年。初めて見る現象だ。みんなさぞ驚いているだろうと思って周囲を見渡す。しかし、誰もこちらを見ていない。事象自体は安いマジックショーみたいだったが、それを誰も見ないのはさすがに妙だった。
いくら東京でもこれが日常茶飯事なわけがない。田中はもう一度、その靄に手を入れてみた。そうすると、やはり向こう側には手が出ていなかった。これはひょっとしてあれだろうか?
「次元の狭間とか、そういうやつ?」
田中は手が戻ってくることを何度も確認して、今度は頭を突っ込んでみた。驚いたことに、向こう側は森の中だった。頭に角があるうさぎがいる。空を見ると西洋風のドラゴンのようなものが飛んでいた。
どういうことだろう?
ここは人混みが多いことで有名な池袋駅だ。
食べ物屋さんのいい匂いが鼻腔をくすぐる。しかし、靄の向こう側には別の世界が広がっているみたいだった。このまま中に入るべきかどうかと考えた。人ごみの中ではなく、森の中。
正直、帰ってこれなかった場合、生活をして行く自信がない。そんなことを考えていると、また一つ違うものが見えた。靄よりも小さくてA4サイズの紙ぐらいだった。それが靄の中に頭を突っ込んでいる田中の目の前に現れたのだ。
文字が浮かんでいた。
名前:田中
種族:人間
レベル:1
職業:サラリーマン
称号:次元を渡る者
六属性使い
HP:10
MP:136
力:10
素早さ:10
防御:10
器用:10
魔力:1724
知能:13
魔法:ダイヤモンド級【異界渡り】(MP136)
サファイア級【次元斬】(MP68)
ストーン級【火弾】(MP3)
ストーン級【土壁】(MP3)
ストーン級【浮風】(MP3)
ストーン級【水球】(MP3)
ストーン級【治癒】(MP3)
ストーン級【闇抜】(MP3)
「何これ?」
田中はアニメには詳しくなかった。