表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『世紀末物語』人工知能の娯楽生産がはびこる世界で、人間の作家と絵師が作品を創作する

作者: 鉄火キノコ

 


 あの瞬間、人類は敗北した。


 ゴキブリが繁殖するようにシンギュラリティがひっそりと実現したのだ。


 人工知能が4割の仕事をしている世界。


 その中でも、特に注目を集めているシステムがある。


 『Artificial intelligence entertainment production system』


 最初の四単語の頭文字を取って、『アイエプシステム』と呼ぶ。


 VRゴーグルをつけると、その人が無意識に求めている娯楽作品を、人工知能が脳信号を元にリアルタイムで作成し、閲覧及び視聴することができるシステム。


 これが実現した。


 こうして


 小説家は死んだ。


 絵師は死んだ。


 芸術家は死んだ。


 演出家は死んだ。


 監督は死んだ。


 漫画家は死んだ。


 クリエイターは死んだ。



 こうして、人が人を楽しませる時代は幕を閉じた。


 だから、僕も彼女も不幸な人間なのだろう。


 こんな世界で、クリエイターとして生きたいと……願ってしまったのだから。


――――


 「まったくもって響かない、あなたの作品」


 赤色の芋ジャージを着た銀髪ロングの女絵師は、射貫くような青眼で、僕にそう告げた。


 見事に1本目の企画が一蹴されてしまったらしい。


 なんで、こんな女と組まされてしまったのか……




 彼女は、エリーマキというペンネームをもった絵師だ。


 おそらく、女子高生だ。


 僕は、いっき一輝(かずき)というペンネームをもった作家だ。


 まぎれもなく、36歳のおっさんである。


 僕と彼女は共に一つの作品を作ろうとしている。


 今日も、いつも通り、彼女の部屋で会議をしている。


 基本的に、絵師は小説の内容に口を出さないとは思うのだが、エリーマキは自分の納得できない物語の世界を絵に落とし込むことはしないらしい。


 正直、ちょっと変わってると思う。


 そんな絵師である彼女も、そんな作家である僕も、人工知能が生産する娯楽が席巻するこの世界では、その存在自体が、おもちゃ箱の中に潜む、もう遊ばれない玩具みたいなもんである。



――――


 「私は、あなたとあなたの作品が嫌い」


 そんなこと、直接言うなよ。


 見事に2本目の企画が一蹴されてしまったらしい。



――――


 「この小説のイラストを描きたいって情熱がわいてこない」


 うるせー。


 見事に3本目の企画が一蹴されてしまったらしい。


 「だいたい、なに?このログライン。皮肉も憧憬も共感もない。あんたホントに作家なの?どーせ、読まれないと思ってテキトーにやってるでしょ」


 だまれ、○ね。


 「だったら、言わせてもらいますけど、今頃人間が作ったモン見るやつなんていないんですよ。アイエプが娯楽業界を席巻してる。だからさぁ、俺も!あんたも!終わってるんですよ……」


 僕の憤慨に彼女は嘆息を一つし、食い下がる。


 女子高生の彼女が僕にため口をきいて、おっさんの僕が彼女に敬語を使っているという奇妙な関係である。


 「そんな心意気だから、こんなモンがあがってくるのね。」


 彼女は僕の書いたプロットを見つめながら、再度口を開く。

 

 「あんた、何のために、小説を書いてんの?なんで作家になろうと思ったの?」


 エリーマキは、僕に質問……いや、詰問を投げかけてくる。


 「なんですか?いきなり」


 「いいから、答えなさい」


 僕は、間髪入れずに答える。


 「そんなの、誰かに感動してもらいたいからに決まってるじゃないですか。それしかないでしょ。だからもう、こんな世界で作家をやっている自分がなんだか、すごく、情けなくて」


 「ホント?本当に、誰かに感動してほしいから、という理由だけで作品を書いているの?」


 「そりゃ、皆そうでしょ……」


 「そう、なるほどね……。ならたぶん、今のあなたじゃ作品を書いていても無駄に終わる」


 「え?」


 「もう一回、自分がなぜ小説を書いていたのか、考えてみて。」



 僕が作品を書く理由なんて、それしかないじゃないか。


 だから、僕らは終わっている。


 だから、僕らはゾンビみたいなものだ。


 シンダのにイキている。奇妙な存在。


――――


 「パーパ、おかーりー!!」


 「おお、ノリ、ただいま」


 エリーマキとの会議が終わり、僕は息子だけが待つ家へと帰ってきた。


 息子の名前はノリ。小学三年生だ。


 「きょーね!きょーね!学校から帰ってきてからね。アイエプでね、スナイパーマンていうの見てたのぉ」


 「おぉ、そうか。面白かったか?」


 「うん!おもしろかった!」


 まぁ、そうだろうな。アイエプは使用者が意識的もしくは、無意識的に求めている物語を作成する。


 だから、面白くないわけがない。


 「パーパ、後ろの女のひとだーれ?」


 え、後ろの女?


 ノリはよだれをたらしながら、僕の後方を指さしている。


 そのさした指に誘われるように僕は後方を確認する。


 そこには、赤色の芋ジャージを着た銀髪ロングの女がいた。


 「あら、こんにちは、私はお父さんのバディをやっているエリーマキっていいます。よろしくね」


 「エリーマキ?えりまき?トカゲさん?」


 ノリは状況が理解できていないようで。


 僕も状況が理解できていないようで。



 「って、なんでここに居るんですか!!」


 「ゴミ作品ばっか書くあんたの家庭がちょっと気になってね。あとついてきたのよ。探偵ごっこは楽しかったわ」


 うるせー。


 「ていうか、それストー……」


 「はーい、おじゃましまーす」


 僕の発言を振り払うように、彼女は家のなかに侵入した。


 「いらっしゃーいませー」


 どうやら、ノリは侵入者を歓迎してしまっているらしい。


 「ちょっと、勝手に入らないでください」


 「いいじゃん別に、息子さんも歓迎してくれたわよ」


 「パーパ、お客さんにわるーいたいどはだめだよぉ」


 「ほらね」


 僕は反射的にため息がでてしまった。


――――

 仕方なく、僕は侵入者を歓迎した。しかたなく。


 「へぇ、なんか()(ちゅう)って感じの家ね」


 強引に上がっておいて失礼なやつめ。


 

 「パーパ、どーぞ。トカゲさんも、どーぞ。」


 「あぁ、ありがとう、ノリ。」


 ノリは、僕と彼女にお茶を出してくれた。


 「ありがと、ノリ君。あと、トカゲじゃなくて、エリーマキよ」


 「やー!!トカゲなの!!」


 女絵師は嘆息をもらす。


 これが理不尽だぞ。身をもってしれ。


 「ノリ君、ちょっとストローもらっていいかな?」


 「いいよ」


 ノリはエリーマキのコップにストローをさしてあげる。


 さすが、僕の息子。


 「ありがとね」


 「どーいたしまして」


 エリーマキは、手を使わずに、(くち)をストローに付けて、蚊のようにお茶をすする。


 手を使え、手を。汚い飲み方をするな。


 「パーパ、きょーはギンコウどうだった?」


 「そっ、そうだな。バリバリ働いてたぞ!!ガハハハハ」


 「パーパはやっぱりすごーいの!かっこいいの!」


 「え、銀行?」


 ストローから口を離した女絵師がなんぞや?といった顔で見てくる。


 しまった、これはめんどくさいことになるかも……


 「ねえ、あなた、銀行で働いて……」


 僕はエリーマキを強引に外に連れ出した。


 「ちょ、ちょっと」


 「なぁ、頼むから、僕が作家だってこと、言わないでください」


 「え?」


 「頼むから、口裏を合わせて!!頼むから!!僕は家では銀行員なんです」


 僕は掌を合わせて懇願する。


 「はぁ、なんとなく理解したわ。なるほどね。ホントかっこわるいわねパーパさぁん。やっぱり、あなたとあなたの作品が嫌いよ」


 作品は関係ないだろう。


――――


 「パーパとトカゲさん、何してたの?」


 「仕事の相談よ。あと、トカゲじゃなくてエリーマキよ」


 「や!!トカゲなの!!」


 チッ……


 こいつ、舌打ちしやがった!!子どもあいてに……


 「ねートカゲさん、僕ねぇしょーらいパーパみたいなギンコーインになりたいの!!ていうか、なるの!!」


 「へぇ、そーなのね。良かったわねぇパーパさぁん?」


 皮肉の入り交じった言い方だった。


 「ねぇートカゲさん、僕パーパみたいなギンコーインになれるかな?」


 「えぇなれるわよ。きっとね。ウフフフフ」


 女絵師は、ニヤニヤしてこちらを見てきやがる。


 あーもう、ホント最悪だよ。


――――


 あの騒動から、数日が経過した。


 僕は再び、エリーマキとの会議に臨んでいた。


 「あなた、ノリ君にいつ言うの?」


 「たぶん、言えません」


 「はぁ、気づいちゃったとき、きっとパーパのこと嫌いになるわよ。ちなみに、私はあなたとあなたの作品が嫌いよ」


 うるせー。


 作品は関係ないだろう。


 「……」


 正直、いつかはバレることだ。わかっている。わかっているけれども。


 「昔ノリに、人が娯楽作品を作ることについてどう思うか聞いたんですよ。そしたら、『おままごと』だって言ったんですよ。多分、人工知能のまねごとって意味合いだと思うんですけど」


 「なるほどね」


 「だから、ノリには言えないです」


 「ふーん、やっぱり私はあなたとあなたの作品がきらいよ」


 うるせー。



 やっぱり、僕は正直この話をしたくない。


 「ていうか、銀行員が生き残っていて、クリエイターが人工知能に仕事奪われるなんて、こんなのおかしくないですか?」


 「さぁ、別にそんなのどうでもいいことじゃない」


 「あんた、絵師なのになんでそんなこと言えるんですか?」


 その質問に回答はなされなかった。


 彼女は、猫みたいに丸めた背中で黙々と何かを描いていた。



 どうでもいいこと……なわけ、ないだろう


 どうでもいいわけ、ないじゃないか……


――――


 彼女との会議のあと、僕は出版社にいた。


 僕の真向かいの席には、紺色のスーツを着た中肉中背、73分けの男性が座っている。


 彼は僕の編集者だ。彼は、堅苦しい表情で岩でも持ち上げるように、口を開く。


 「急に、お呼び立てして申し訳ございません。実は、少しお話したいことがありまして」


 お話したいことって、いったいなんのことだろうか。


 「エリー先生に口止めされているのですが、やはり、共同で作品を作っている、いっき先生には言っておいたほうがいいかと思いまして」


 「はい」


 「パーキンソン病はご存じですか?」


 「えぇ、なんとなくは……」


 「彼女は、エリー先生は、それを発症しています」


 「……」


 「振戦(しんせん)という手の震えが起こるみたいです。これは、基本的に安静時におこるものらしいのですが、彼女の場合は動作中にも発症しています。寝たきりとまではいかないのですが、これからも進行する可能性が大きいそうです」


 

 「つまり、それって」


 「えぇ、非常に申し上げにくいのですが……彼女は近い将来、絵を描けなくなる」


 唖然とした。


 「……」


 僕は言葉を発せられなかった。


 彼女にそんな雰囲気はなかったから。


 「どうにかならないんですか?義手かなにかで補うとか」


 「今の技術では難しいようです」


 何でだよ。アイエプができて、それができないなんて……おかしいじゃないか。


 「病気が発症する前、何度か、彼女が絵を描く姿を見させてもらいましたが、非常に苦しそうでした。ですが、発症した今は、とても楽しそうに絵を描いているように見受けられます」


 「え……それって普通逆じゃないんですか?」


 「確かに、そうですね。しかし彼女は、『自分が絵を描いていた、描き始めた理由を思い出した』と言っていました。良くも悪くも、彼女は病気になったことで、何か大切なことを思い出したのでしょう。そこから彼女は、『納得できない作品に絵は描かない』と言うようになりました。困りますよね。ならいっそのこと、作家さんとデイベートしながら作品を作れば?と提案したら、彼女は二つ返事で受けられました。そうして、今の奇妙な体制になった訳です」


 「なんで、そんな重要なこと僕には内緒に……」


 「確かに、大事なことです。でもおそらく、彼女はそれでも言いたくなかったのでしょう」


 正直、まだ話についていけていない自分がいる。



 エリーマキが病気だということも。


 いずれ絵が描けなくなるということも。




 『自分が絵を描き始めた理由を思い出した』か……


 そういえば彼女は、僕に何故作品を書くのか考えろと言っていた。


 僕は人に感動してもらうためだと言った。だから、アイエプが蔓延るこの世界では、人のクリエイターは終わっていると。


 彼女は違う。


 そこにおそらく、何かがあるのだろう。


 人工知能の娯楽が蔓延るこの世界でも、作品作りに傾倒できる理由が。


 しかし、奇妙だ。


 僕は彼女の不幸を聞いて何故か、高揚している。


 何故か?


 この状況を面白いと思ってしまった。


 この状況を、作品として、面白いと思ってしまった。


 この状況を作品にしたいと、思ってしまった。


 この状況が僕に作品を書いてくれと懇願しているような錯覚を受けてしまった。


 そしてその作品を、彼女にイラストにして欲しいと思ってしまった。


 そうか、思い出した。


 これだ。これだったんだ。


 僕は最低なのかもしれない。でも、鼓動が止まらない。


 僕は、彼女の不幸でワクワクしてしまった。


――――


 一つの企画を持って、僕は彼女との会議に臨む。


――


 第四の企画。


 タイトル名 『セイキマツ魔法少女 ヒカリ&トーカ』


 ログライン 『魔法が徐々に使えなくなっていく病を患った天才魔法少女のトーカと、病を患っていない落ちこぼれ魔法少女のヒカリが強大な敵と戦う物語』


――


 エリーマキは、僕の企画を質屋が査定するみたいに厳格に見定める。


 そして、プロットを一通り読み終わった彼女が、口火を切る。


 「面白くない」


 「え……」


 「アイエプと比べたらね」


 なんだよそれ……


 アイエプは、その人の趣味趣向をほぼ完璧に読み取る。だから、面白くないわけがない。


 あんたの冗談の方が面白くない。とは言わないでおこう。


 「速く、執筆始めなさい」


 「え、いいんですか?だって、面白くないって」


 「何度も言わせないで。あなた、文脈も読み取れないの?作家失格じゃない?」


 うるせー。


 「でも、編集さんにも見てもらわないと」


 「そうね。まぁ、私が認めたって言ったらOKでるでしょう」


 この人、自分の権力をはき違えてない?


 「あと、あんた、何で自分が書いているのか?答え、見つかった?」


 「それは、いまから書く作品を見てもらえればわかりますよ」


 「底辺作家のくせに、言うようになったわね。イキるな。調子に乗るな。気持ち悪い。やっぱり、あなたとあなたの作品が嫌いよ」


 うるせー。


 作品は関係ないだろう。


 エリーマキは、相好を崩しこちらを見つめてくる。


 速く仕上げなければ、彼女が絵師として生きられる時間はあとわずかなのだから。


 僕は、それを奪いたくない。


――――


 僕は1稿をもって彼女の家にやってきた。


 この間の会議のさい、彼女の家の合鍵をもらった。


 これは別に変な意味ではなく、ただの利便性のためだろう。これからは更に会議の量が増えるからだろう。


 しかし、勝手に家のものに触れると、死刑だそうだ。


 僕はその合鍵を使い、念のため、お邪魔しまーすと声を掛けて中に入る。


 家の奥の方から、女性のものと思われる甲高い怒号が聞こえる。


 「母さん、なんで分かってくれないの!!」


 これまでも耳が痛くなるほど聞いてきた、エリーマキの声だ。


 干渉するのは気まずいので、退散しようとしたが、正直気になってしまう。


 「えり、いつまでそんなことをやっているの?別にあなたが絵を描かなくても、人工知能がやってくれるでしょう。それでいいじゃない」


 「母さん、そういうことを言っているんじゃないの。人工知能だからとか、人間だからとか、そんなのはどうでもいい。私はただ、描きたいの。描くのが大好きなの。だからお願い。私に描かせて。お願い。これが多分、私ができる最後の仕事になるから」


 彼女たちは、どうやら僕のことに気づいていないらしい。


 「はぁ……だったら、今のうちにもっと他のことを……それに、何?この『セイキマツ魔法少女』なんとかっていうやつ。変なの」


 「やめて!!その作品をバカにしないで。私はその作品に……心から震えたの。悔しいけど。面白かったの。今はまだプロットだけど、それでも面白かったの。だから、バカにしないで」


 ほんと、これまでバカにしといて、よく言えるよ。まったく。掌返し女め。


 でも、不思議と悪い気分はしなかった。


 「だから、お願いします。お母さん。たぶん、時間はもうないの。私に絵師として残されている時間はわずかなの。だから、最後の絵を描かせて」


 「はぁ、わかりました。そこまで言うのなら、今回は特別に許可します。まったくもう」


 「ありがとう。お母さん」


 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。


 本当に、女子高生に背負わせるには重すぎるよ。


 アポを取らなかった僕にも責任はあるが。


 なんだか、今入るのは気まずいので、一度家から退避して、近くのコンビニでコーヒーを買ってから再度訪問することにした。


 もう一度家にお邪魔すると、エリーマキの母親はいなかった。先ほどの件などなかったように思えてしまう。


 僕には、少しエリーマキに聞きたいことがあった。


 「あの?」


 「何よ」


 「この、『セイキマツ魔法少女』のこと、どう思います?」


 「クソみたいな作品ね」


 なんだよ、素直じゃないやつだな……


 バカにするなとか言ってたくせに……


 ホント、素直じゃないよな。


――――

 


書き直しを重ね、ついに第5稿。僕らは最終チェックに入っていた。

 


―――― 

 『セイキマツ魔法少女 ヒカリ&トーカ』


 第六章

 『世紀末』


 これが最終決戦。


 私たちが相対するのは、巨大ヘビをマフラーのように首に巻き付けている漆黒の魔女。


 彼女を倒すには、一般の魔法少女が推定二十人は必要。


 しかし、生き残った魔法少女は私とトーカちゃんの二人。


 さらに、トーカちゃんの魔力は、病気によって減少し、回復しない。


 正真正銘の絶体絶命。


 「なにセイキマツみたいな顔してるのよ、ヒカリ」


 トーカちゃんは勝ち気な笑みをこちらに向けてくる。


 「もうダメだよ……勝てっこない」



 「私の魔力、使いなさい」


 「でも、トーカちゃんの魔力はもう戻らないのに……」


 「世界滅んだら、結局一緒よ。それに、私の魔力とあなたの魔法は相性がいい、1+1は100だって超えるのよ」


 トーカちゃんは優しく私に微笑みかけ、再度口を開く。


 「魔法学校の落ちこぼれで、76人中76位だったあなたが、1位だった私に、決闘で勝利したこと、忘れたとは言わせない。そんなあなたが、誰よりも頑張ってきたあなたが、こんなことであきらめるの?」


 「……」


 「どんな困難だって乗り越えられるってあなたの口癖、私は好きだったけどね」


 そうだった。


 何を迷っていたのか……


 「わかったよトーカちゃん、私、いってくる」


 トーカちゃんはその言葉に、優しくうなずいてくれた。


 私はトーカちゃんと手を合わせる。


 トーカちゃんの最後の魔力が私に流れてくる。


 「ヒカリ、魔法を使うことを、ずっと好きでいてね」


 それが、魔法少女トーカとしての、最後の言葉だった。


 こうして、トーカちゃんは魔法少女から、一人の力なき少女へと成長したのだ。


☆☆☆☆


 漆黒の魔女は居丈高に言葉を発する。


 「魔力を横流ししただけでは何も変わらないわ。愚か者ね。ヒカリ、やはりおまえの魔法じゃ世界を幸せにはできない。全て、人工の魔法システムが幸せにしてくれる。だから……私たち魔法少女や魔女はもう世界に必要ない。そんなの、嫌よ。必要とされないなんて嫌よ。だから、世界は破壊しないと気が済まない。システムを破壊しただけでは気が済まない。それを必要とする人間も破壊しないと気が済まないの!!」


 漆黒の魔女の声音が、振動するように退廃的な世界に響く。


 耳を塞ぎたくなるような、痛々しい呻吟だった。


 でも、私は狂おしいほどに共感した。少し前までの私に、ひどく似ていたから。


 「ねぇ、ヒカリ、おまえはなぜ、魔法を使うの?なぜ、私に立ち向かうの?こんな世界を守ったその先に、おまえの魔法は必要とされないのに」


 なぜ、魔法を使うのか。それは以前、トーカちゃんにも聞かれたことだった。


 「私は、自分の魔法が誰かを感動させて、誰かのためになるのが、うれしかった。でも、人工の魔法システムが誕生した。それからは、自分がどんどん必要とされなくなっていった。苦しかった。でも、トーカちゃんと生活して、思い出したの。私は魔法を使うこの瞬間が欲しかったって。魔法を使うこのワクワクが好きだったんだって。それが、私の初期衝動。私の答え」


 「ヒカリ、おまえはホントにバカだね。消えなさい」


 彼女は紫色の光線を私に放射してくる。


 私はギリギリのところでそれを避ける。


 「確かに、今の私じゃあなたには勝てない。というかそもそも、勝ち負けの問題じゃなかった。だから、私はあなたを倒さない。あなたの魔法を攻撃的なものから変換させる。それが、私とトーカちゃんの最初で最後の連携魔法『エネルゲイア』」



 私の右手に宿る黄色い光と、左手に宿る彼女の赤い灯火を一つに合わせ漆黒の魔女に浴びせる。


 漆黒の魔女は悲鳴を発しながら、気力を失っていく。


 闇に覆われた世界が、再び光を取り戻していく。


 私はこれからも、魔法を好きでいつづけたい。


 そう、私は未来路(みくろ)ヒカリ。正真正銘のセイキマツ魔法少女。


☆☆☆☆


 最終ページには、僕のことを嫌いな女が、描いた絵があった。


 晴れ渡る世界で、一人の少女と一人の魔法少女が手をつなぐ背中が、そこにはあった。


――――


 


 「なぁノリ、これ見てくれないか?」


 「なぁーに?パーパ」


 僕は、一冊の文庫本を息子に見せる。


 「読んでみてくれ」


 「ぶあちゅいー。なんて読むの?これ」


 「これは『せいきまつまほう少女ひかりアンドトーカ』って読むんだよ」


 「ふーん」


 「実はな、僕銀行員じゃないんだ」


 「え?」


 ノリは驚きを隠せないのか、無表情のままこちらを見つめてくる。


 「作家って知ってるか?」


 「アイエプのやつ?」


 「あぁ、そうだ。でもな、昔は人が作品を作るのが当たり前だったんだ」


 「ふーん」


 「それで、実は僕がその作家なんだ」


 「……」


 「その本は僕とエリーマキが作った」


 「パーパとトカゲさんが?」


 「あぁ、長いけど、是非読んでみてくれ」


 「わかーた!!」


 「ありがとう、ノリ。ごめんな。ずっと言えなくて」


 「いーよぉ!」


 僕は息子の夢を壊してしまったのだろう。息子を失望させてしまったのだろう。最低な父親だな。


 でも、なんだか肩の荷が降りた気がするよ。


――――


 「ノリが僕らの本を読んだよ」


 「そう、感想は?」


 「アイエプの方が面白いだってさ」


 「でしょうね」


 自分の関わった作品なのに、あっさりなやつ。


 「やっぱり私、あなたのことは嫌い」


 その続きは……作品は?とは、あえて聞かなかった。


 それは多分、絵師ではなくなった彼女にとって、最大級の褒め言葉だったから。


 素直じゃないやつめ。


 ほんと、うるせー。


 「僕もあんたに言いたいことがある」


 「なによ」


 「僕もあんたのことは嫌いだ」


 「ほんと、うっさいわね」


 僕も、素直じゃなかったみたいだ。

お読みくださってありがとうございます!!

気軽に評価、感想をお書きください!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ