すごくない男
置いて行かれたので、おじいさんとスローライフを送ります。に出てくる二人の話です。
https://ncode.syosetu.com/n8862hy/
よっかたらこちらもお願いします。
ゴームズと、ジェイソンの初めての出会いは会員制の紳士クラブだった。
その日の紳士クラブは盛況で、コーヒーを飲みながら新聞を読む年嵩の男や、プールに興じているグループ、バーの周辺で会話をする者などで溢れかえっていた。
「ダブルをそのままでくれるかい?」
ゴームズがトウモロコシの蒸留酒を注文していると、ドンと後ろから圧がかかり、ゴームズの身体が押される。
少しだけ酒もカウンターにこぼしてしまった。
「失礼しました。彼と同じ物を二つお願いします。代わりの物を用意しますね。」
ジェイソンが混み合ったカウンター周辺の人に押されてゴームズにぶつからなければ、その日二人は出会っていなかったかもしれない。
二人の出会いが必然であったなら別の日に違う出会い方もしたのだろう。
お互いに情報収集が目的でクラブに通っていた二人は、すぐに意気投合した。
資産運用の管理を仕事にしているジェイソンと、親から引き継いだ財産で投資を行っていたゴームズとは仕事面での相性も良かった。
「やあ、ゴームズさん。調子はどうですか?」
「ジェイソンさん、この間はどうも。おかげで儲けさせてもらったよ」
「いいえ、とんでもないです。優しい奥さんにもよろしくお伝えください。」
何度か紳士クラブで顔を合わせ言葉を交わし、仕事上でのパートナーになり、仕事の付き合いでの立場を超え、お互いの家も行き来する仲になっていた。
ジェイソンはまだ独身だったが美しい婚約者を伴いゴームズの家に来ることもしばしばだったので、ゴームズの妻とジェイソンの婚約者はお互いのパートナーのいない所でも買い物をしたり、仲良くしているようだった。
ゴームズは、ジェイソンが投資の話の時に上手いことを言わないのをとても気に入っていたし、持ってくる投資話や情報に全幅の信頼を寄せていた。
何よりもジェイソンという人が好きだった。
人当たりが良く、知的で、穏やかでユーモアもあり、身のこなしもスマート。
それに加えて美しい婚約者を持っていたジェイソンに、ゴームズは憧れを抱いていたと言ってもいい。
「ゴームズさんは、また偉く儲けたようですね」
「たまたま運が良かったんですよ。」
紳士クラブで、知人に声をかけられ、ゴームズは謙遜する。
ゴームズは運も良く、財産を増やすことに長けていたのでクラブでは錬金術師とあだ名がついている程だったが、自分からお金を取ったら何が残るのかと、自嘲することもあった。
「もう一杯いかがですか?」
「いいえ、結構。妻が体調が悪いので帰らなけらばならないのですよ」
しかしながら、大人しくひかえめな妻は妊娠しており、家庭を持ち、優れた友人を持ち、子を授かろうという幸福も確かに感じていたので、あまり楽しくないその考えはすぐに打ち消すようにした。
ゴームズの妻は、ジェイソンと出会ってからのゴームズが一層楽しそうに、生き生きとして見えたので二人が育む友情を嬉しく見守っているようだった。
「おめでとう、ジェイソンさん!マリーさん」
「マリーさん、本当に綺麗だわ。」
「ありがとうございます!ジェイソンさん!エイデンもありがとう!少し大きくなったかな?」
「シャロンさんもありがとうございます。どうぞ楽しんで行ってくださいね」
程なくしてジェイソンも婚約者と結婚をし、結婚式は夏のワイン畑で行われた。
ゴームズは式に妻と生まれた男児を伴い出席し、お祝いに中東から取り寄せた豪華な絨毯を送った。
成熟した実をならし、太陽の光に輝くぶどうの木に負けない程、美しく輝いた二組の幸せな家族がそこにはあった。
「おめでたいことだ!」
「お互いに!」
ジェイソンの結婚後間もなく、ジェイソンの妻とゴームズの妻が同時期に子供を授かった。
男女だったら将来結婚させようか、と冗談ともなしに男二人が盛り上がっている。
「お互い好き同士なのが一番ですよ」
「親友になるかもしれませんしね。私たちのように。」
そして、二人の夫のように。
夫達の言葉を聞いた二人の妻は微笑みながら、夫を嗜めた。
ジェイソンの子は女児であった為、冗談は現実になるかもしれない。
それから時は流れ、ゴームズの長男が5歳、2人の同い年の子供が4歳になった時の事。
いつもの様にクラブで会っていた二人だが、普段はもっと飲みたがるジェイソンは酒もそこそこにゴームズをバルコニーに呼び出した。
「マイタキの大地主が遠い地の開拓届けを国に提出したんだ。」
「ほう?」
ジェイソンは言いにくそうで中々話がでてこない。
「なんでも話すんだ。ジェイソン。俺とお前の仲じゃないか」
「実は…」とジェイソンが切り出した。
ジェイソンには親も兄弟もなく、幼い頃から救貧院で暮らしていたところ、地主からの支援を受けていまの地位を築いたと言うのだ。
その地主の事はゴームズも何度か顔を合わせた事がある。
ゴームズの親戚の者とも懇意にしているようだ。
ジェイソンの家に最近産まれた男児はまだ小さく大変な時期だろうが義理の為か、はたまた浪漫の為か、地主に着いていくことを決めたようだ。
「私が行くならゴームズさんはどうする?」
「どうする…か」
変な質問だとは思った。
その場では返事をせずに、ゴームズは数日間悩んだが、結局は屋敷を親戚に貸し出し、ジェイソンに一家全員でついて行くことにした。
妻に引越しの相談などはしなかったが、文句などは言われず、むしろ新生活を楽しみにしているようだった。
仲良しのジェイソンの妻と離れずに済んだのも良かったのだろう。
妻と子供に不自由のないようにドーリングの町に家を借り、自分の妻とジェイソンの一家を住まわせた後、ゴームズは単身で村に渡り有り余る財産を使い、人を雇い、村の開拓に貢献した。
実際、村の開発が早く進んだのはゴームズの功績が大きい。
村の面々も口には出さないが、ゴームズの偉ぶらない切符の良さに感謝し、一目も二目もおいていた。
しかし、ゴームズはそれに気付かずに、劣等感に苛まれるようだ。まだ家族を迎えていない屋敷のポーチに出ると、月光がゴームスの心の底を照らすかのように射し、濃い影を落とす。月を見上げ、強い酒を煽る。
「俺以外の面々は才能豊かな者ばかりなのに、俺には金しかないなぁ」思いがけず口に出してしまうが、誰もいないので気にする必要もないことを思い出した。
ゴームズ自身になくとも、才能豊かな人財が集まったのは幸いだった。
ドーリングまで行かなくとも必要な教育は村で受けられる。
もちろん、ゴームズはそのことをありがたいと感じていた。
発展の伸び代がある都市も近くにあり、仕事に特に不都合はない。
特にジェイソンと共にいられる事は、ゴームズにとって幸福であったので、共に仕事をする事で人生に彩りを与える事になる。
ドーリングでも共に紳士クラブに入会し、以前となんら変わりない生活が送れるはずだった。
なによりも自分たちは開拓者なのだと言う自負があった。
ある程度村が整うと家族を屋敷に呼び寄せた。以前の屋敷よりも大きく、自然に囲まれ、温かみのある屋敷を見て、妻は歓喜した。
「まぁ!素敵な場所ですね。空気も綺麗で!」
「湖も近くにあるんだよ」
「キャシーも誘ってピクニックに行こうね」
のんびりと過ごす家族と妻の笑顔を見て、村に来て正解だったなぁ、ジェイソンの言うことに間違いはないんだ。と確信した。
それから更に5年ほど経った。
ゴームズは人混みを嫌いクラブのバルコニーで夜風に当たっているとジェイソンがやってきた。
そして、大きな投資の話を持ちかけた。
「ドーリングの貿易会社に投資しませんか?会社主体で石油の輸出を考えているようなんです。」
ジェイソンはいつも通り、美味いだけの話はしない。
起こり得るリスクも徹底的に説明されたが一も二もなく飛びついた。
小さな投資は今までも行っていたが、大きな投資は久しぶりだったし、ゴームズも石油で何かできるはずだと踏んでいたので、ジェイソンと同じ考えだった自分も誇らしく感じた。
全てが順調に行っていたはずだったが、しばらくして投資していた船と連絡がとれなくなり、船は海難事故にあったんではないかと噂され、行方不明の船は町でもニュースになっていた。
ゴームズはジェイソンの家に行き、真相を確かめにいった。
「船の件だが、ジェイソンさんはどう思っている?」
ゴームズは心配そうに尋ねる。
「まぁ、少し様子をみましょう。今はなんとも言えない状況ですから。」
応接間の革張りの椅子に座り、寛いだ様子でジェイソンが答える。
ジェイソン自身も少なくない額を投資していたのに落ち着きを払ったジェイソンを見て、焦って心配してしまった自分を恥じるのだった。
ある日、ゴームズは1人でクラブに赴くと、投資の仲間達に囲まれた。
「もう、船はきっと無事じゃないだろう。額が多かったゴームズさんは災難だったね」
「まぁ、私たちも痛かったが、ゴードンさん程じゃないからね」
投資した皆が諦めムードに陥っていた時、ゴームズはジェイソンの心配をしていた。
しかし、それと同時に、今ならジェイソンより上の立場に立てるんじゃないかと仄暗い気持ちを抱いてしまった。
きっとジェイソンは金に困るとまで行かなくても、痛手を負ったはずだ。皆からの言葉も堪えているだろう。
ジェイソンが許しを乞うてきたら四の五の言わず、俺はあいつを許す。
もしかしたら、あいつは俺を崇拝するかもしれないな。
そう考えたゴームズは、翌日の朝身なりを整えて、真面目ぶった表情で子供2人を伴いジェイソンの家に向かう。
隣に住んでいるので、程なくして家につき、いつも通りの歓迎をうけた。
入口の広間には、ゴームズが贈った豪華な絨毯が敷いてあるのを見て更に気を良くする。
子供達に遊んでくるよう言いつけると、男二人は応接室で仕事の話をすることにした。
ゴームズは革張りの椅子にどっしりと深く座る。しかしジェイソンは今日は腰が落ち着かないようだ。
「さぁ、船の損失の話をしようじゃないか。」
「私はまだ希望を捨てていないが、もしも本当に沈んでしまったのならゴームズさんには多大な損失を負わせてしまうことになる」
ジェイソンの苦しそうな顔を見て、思わず顔が緩んでしまう。
自分はそんな嫌な性格をしていたのかと不思議に思うが、止められない。
そう、俺はここで寛大にジェイソンを許す。そしたらきっと奴はとうとう俺を尊敬するだろう。
ゴームズが口を開く前に、ジェイソンの言葉に遮られた。
「しかし、事前に交わした契約書にあるとおり、投資にはリスクがつきものです。」
苦しそうな顔から、途端に仕事人の顔になったジェイソンについ驚いてしまった。
そんな仕事の話じゃなくて、今は友として話しているんだろう。俺が他の人間の心無い言葉からも守ってやるのに。
今ではしっかりと椅子に腰を落ち着かせ、尚も淡々と話を続けるジェイソンに怒りが募ってきた。
「このロクデナシの詐欺師め!!」
あぁ、こんな事が言いたいんじゃなかったのに。
大きな声に驚いた子供達とジェイソンの妻が応接室を覗く。
綺麗なジェイソンの奥さんと目が合い、それに余計怒りが増してしまった。
ジェイソンの傷ついた顔を見て胸が痛んだが、子供2人を連れて、ジェイソンの家を出た。
必死になって引き止めようと何か言っているが、ゴームズの耳には入ってこない。
家に帰り、妻にジェイソンとの付き合いは辞めると言うと、普段は大人しい妻から初めて叱られた。
自分が子供に戻ってしまったような惨めな気分になり、それならとことんやってやると!心に決めた。
妻はゴームズを叱りはしたが尊重してくれたようだ。
心配した地主にも、あなたの様に分別があり、素晴らしい心根の持ち主が何故?と諭されたが、他の人に素晴らしい人間だと誉められても心は晴れない。
ジェイソンの穏やかさと比べられ、馬鹿にされているような気すらしてしまう。
その後、投資していた船は事故ではなく故障で、修理の為に他国に留まっていたと連絡があり、数ヶ月遅れて荷物が到着したが、損失など出なかった。
むしろ大きな儲けが出たにも関わらず、ジェイソンを見かけると噛みついてしまう。
いったい何をやっているんだと思う気持ちもあったが、2年もすると、2人はもとから仲が悪かったように感じてくるから不思議だ。
二人の間に友情なんてなかったんだ。
このままあいつと隣同士に住み、歪みあって生きていくんだろうさ、とゴームズはなんとなく達観した気分になっていた。
ゴームズはもう紳士クラブにはいかなかった。
学校でジェイソンの息子とゴームズの娘が仲良くしていると聞いて、娘を学校に行かせなくなったのは、ただの意地悪だ。
ジェイソンの息子の素行が悪いわけがない。妹に構い過ぎる兄が少し心配になる位だ。
娘だし、いずれ誰かに嫁ぐのだから家で勉強させていれば充分だろう。
息子も学校に行くのが楽しくなさそうだったので、もしやる気があるならと、投資の勉強をさせていた。儲けることもあれば、損することもある。
それが普通なのだ。
しかし、ジェイソンの行方がわからなくなったと聞いた時、この世の色が無くなったかの様に感じた。ある年の秋だった。
雑貨屋に立ち寄った時、おしゃべりな雑貨屋の娘が話しかけてきた。
「ゴームズさん!カオハガンさんが行方不明になったんですよ!」
「何?」
ゴームズはこの娘を気に入っていた。娘が自分の事を偉大な大人だと思っているのが感じられたからだ。それならば、その様に振る舞うのが勤めだと常々思っていた。
それなので、心底心配そうにしている娘に向かって「彼はきっと無事だろう。安心しなさい」と堂々たる振る舞いができた。
屋敷に帰り、妻と二人きりになると色の褪せた景色の中、頭を抱えてうずくまってしまった。寒くもないのに震えが止まらない。
そんなゴームズのお尻を妻が引っ叩き、今すぐ探しに行け!と家から追いだされた。
急に現実に引き戻されたゴームスは、痛む尻には構わず、手掛かりを得る為にジェイソンの家に向かった。
息を切らしたゴームズを迎え入れてくれたジェイソンの妻は少し痩せてしまったようだ。
持てる限りの力を使い、堂々とした自信に溢れた男を演じる。
「俺が絶対に連れ戻すから任せておけ!」
ジェイソンの2人の子供の頭に手を置き大声を出した。
久しぶりに紳士クラブを訪れ、クラブの会員や、取引先の伝手を辿っていくと、ジェイソンが貿易会社に勤める知人に会いに南の島の密林まで行った事を掴んだ。
ゴームズは原住民の言葉を話せる通訳と数名の助手を雇い、現地まで赴いた。
原住民の村に着くと、すぐにジェイソンの元へ案内された。粗末な小屋で、土間に筵を引いた上にジェイソンらしき人が横たわっていた。身体が泥で汚れているのか真っ黒だ。
病気にかかっているようで、意識も朦朧としている。ゴームズの事もわからないようだ。
通訳を介して話を聞くと、ジェイソンの知人はこの密林で原因不明の病気にかかり、すでに島を離れていてジェイソンとは会えてもいないようだ。
ジェイソンも島を一通り回ったら帰国しようと考えていたところ、何かの感染症にかかってしまったのだ。
原住民達は、ジェイソンの看病を一応は行っていたようだが、呪いなどに頼って動物の糞をジェイソンの身体に塗りたくっていた。
ゴームズは叫びたくなるのを堪えた。
それからのゴームズはジェイソンを献身的に介護した。
必要な物資は助手を使い、船で運ばせた。
特に清潔であるように、身体を拭い、脱脂綿で綺麗な水や、蜜を少しずつ口に含ませる。
「何を寝てるんだ。俺を儲けさせるんだろう!起きて一緒に仕事をしよう」
目を覚まさないジェイソンに向かって、話しかける。
「お前が俺を尊敬するまで絶対に死なせないからな。」
そうして、何日か過ぎるとジェイソンが弱々しく目を開けて言った。
「初めからずっと尊敬しているよ。なんて顔をしているんだ」
ゴームズの言葉が聞こえていたのだ。懐かしそうに微笑んでいる。
ゴームズは泣き崩れそうになる自分を抑えて、ぎこちなく微笑み返した。
それから更に体力が回復するまで待ち、密林を出て、近くの町にある病院に入院させた。
「ずっと寂しい思いをしていたよ。ゴームズさんを兄の様に慕っていたからね。子供の頃に持てなかった家族ができたように思っていたんだ。」
か細い声でジェイソンが話しかける。
「申し訳なかった。子供の様な振る舞いをしてしまった。ジェイソンさんが行方不明になった時も、死ぬかもしれないと思った時も心臓が止まるかと思った。」
「助けてくれてありがとう。感謝してもしきれない」
「感謝なんていいんだ。生きていてくれれば」
「ゴームズさん、私はずっとあなたを尊敬していた。本当だ。今はあなたは命の恩人であり、尊敬と言う言葉では足りないと思っている。」
あんなに欲しかった、ジェイソンからの言葉も今では居心地悪く響く。
くだらないプライドで何年も無駄にしてしまった。
「俺は、そんな大層な人間じゃないんだ。見栄っ張りで。石油の時もあんな事をいうつもりじゃなかったんだ」
「ゴームズさん。解っているよ。あなたが私の事を好いてくれているのも解っている。兄弟喧嘩みたいなものだよ。私も兄に甘えすぎていた」
ジェイソンはゴームズが自分に友情以上の感情を持っていることに最初から気づいていた。ジェイソン自身もゴームズが自分を信じて許してくれると確信し甘えてしまったのだ。
言葉の出ないゴームズに向かって続けて言う。
「知人とあの島の密林で原住民を雇いココナッツ農園を作る予定だったんです。ゴームズさんもどうですか?」
ゴームズは苦笑いで答えた。
「あぁ、もちろん、君からの話なら投資しよう」
「早く体力をつけて私たちの村に帰ろう。やる事は山ほどあるからね」
ジェイソンが弱々しく差し出した手を、ゴームズは両手で包み込んだ。
のちに雑貨屋の娘が人と顔を合わせる度に言う。
「世の中は、無責任に安心しなさいと言う人間ばかりよ。それが、安心させる為に責任を持って行動できる人が何人いる?お金を持っていても正しい使い方をしない人が沢山いる中で、ゴームズさんはすごいわ」