人の形をした案山子(かかし)は静かにほほ笑む
命はかけがえのない物というやつもいるが、俺はそうは思わない。
だって俺は命をチップに金を稼ぐし、相手の命を金に換える。
こんなに簡単に換えられちまうものがものがかけがえのない物なわけがない。
もし、その論理を言うやつがいれば、俺は金こそ全てだと返すだろう。
「君が、あのスケアクロウだね。依頼があるんだが、聞いてくれるかね?」
だから、大金を積んでくれそうな目の前の客なんて本当に大好きだ。
洗練された従者としての佇まいに、屈強な護衛達、どこかのお偉いさんの飼い犬だろう。
「いいぜ、ちょうど暇してたところさ。で、何を頼みたいんだ?」
足を机に乗せながらそう軽口を叩くと、すぐ後ろに立つ大男達のこめかみに青筋が浮かぶ。察するに、即興の護衛ではなく、私兵としてある程度抱えられる財力はあるようだ。
「ああ、依頼はある人物の誘拐、手段は問わない」
「ある人物ってのは誰だい?」
「こいつだ」
相手が写真をこちらに出してくる。そこには、記憶に覚えのある神経質そうな男が映っていた。
「なるほど。闇商人に手を出せってことか」
「…………知っているとは、さすがだな。報酬は、君の好きな額を書くと良い」
相手が金額の書かれていない小切手を、契約書と共に渡してくる。
「なるほど、きちっとした契約書だ。オーケー、受けよう」
「ありがとう。君の噂は聞いている。なんでも、Sランクの依頼でさえ失敗数ゼロ。無敵の依頼遂行人だとか」
「キリングマシーンとも言われてるがね。まぁ、依頼の完遂は保証しとくさ」
「いいだろう。成功したら、この携帯でまた連絡してくれ」
「はいよ」
昔ながらのシンプルな携帯電話を一つ渡され、それを懐にしまう。そして、その男の後に続き、護衛達がこちらを睨みつけながら去っていった。
◆◆◆◆◆
写真の男は、武器から薬、人身売買なんでもござれの最近急激に勢いをつけてきた闇商人。
恐らく、今回のは商人同士の抗争だろう。だが、裏事情は関係ない。
依頼は素早く、スマートに。ただそれだけだ。時も財産、無駄にはできない。
俺は、念入りな準備をしつつ、相手を襲撃できるタイミングをジッと待ち続けた。
闇夜に紛れて音を立てず駆けながら、予定していた時間丁度に時計のタイマーを開始する。
(カウントスタート)
頭の中で記憶した地図を辿るように走りながら、誤差を修正していく。
(思ったより、地形のぬかるみがあるな。コンマ、五秒の誤差ってとこか?)
予め自ら定めたエリアの内、A-2地点にて小隊の最後尾を走り抜ける形でクリア。
(念のため若干ルートを修正しとくか)
見張り台からの照明灯を避けるためCー6地点で立ち止まり、また走り出す。
(風向きは、まだ大丈夫そうだ)
風下を意識しつつ、猟犬の鼻に感知されない位置取りを維持する。
そして、そのまま敵を避けつつ、壁にたどり着くと着弾と共に膨らむバルーンを前方に射出。
(はいはい、通りますよっと)
それを跳ねるようにして空中から壁を乗り越えた瞬間バルーンの空気が抜け萎んでいった。
「時間は、ピッタリ。さすが俺」
タイマーを止めると、コンマ五秒。どうやら、調整は必要なかったらしい。
俺は、愛用の銃を撫でると再び走り出した。
門の内側の敵をナイフで倒し、壁の内側と外側を念のため分断した後、屋敷の中に入る。
エントランスにいた敵と目が合う。
(敵は、四)
肩に装備したナイフを、手を振り下げるように投擲。
そして、その動きの延長線上で腰の銃を握り、放つと、極限まで音の絞られた気の抜けたよう銃声が響いた。
ナイフが二人の頭に突き刺さり、驚いた他の二人の兵の頭が同時に打ち抜かれる。
(スタート)
俺は、敵の倒れる音を合図に再びタイマーをセット、開始する。
(ターゲットは会合の後。帰宅後、着替え。今頃は、防音設備の整ったオーディオルーム)
俺がわざと出した足音に反応し、廊下の先で敵が小銃を構えようとする。
(外部との連絡手段は持ち込まず。警備室から走って約十分)
だが、こちらが放った弾丸が銃口に吸い込まれ、暴発。すれ違いざまにナイフで喉笛を掻き切る。
(足音は…………三か?)
近づいてくる足音のズレを聞き分けるため、目を瞑り、耳を澄ます。
俺は、近くにあった置物の壺の中にピンを抜いたスモークグレネードを入れ、曲がり角の方に放り投げると、胸元のゴーグルをつけた。
そして、相手が壺をただの障害物と思い避け、引き金に手をかけた瞬間、グレネードが炸裂。周囲を煙に包む。
(丸見えですよっと)
赤外線スコープに映る相手の頭を、その数と同じ弾丸で貫いた。
◆◆◆◆◆
目的に着くと同時、護衛に囲まれたターゲットが慌てた様子で扉から出てくるのが見える。
タイマーを見ると、時間は、ピッタリ。
「こんばんわ、それと、さようなら」
挨拶と共に引き金を引き、重なって聞こえる銃砲が、俺の声を掻き消す。
「…………貴様は何者だ」
護衛達は主人より先に既に眠りについている。
「スケアクロウ」
「…………そういうことか。俺を殺しに来たのか?」
「いや、一緒に来てもらおう」
「なるほど、大体相手は分かった。倍の金を出す、それならどうだ」
「そりゃ無理だ。契約はきっちりとするたちなんでね」
話しながら相手の手がゆっくりと腰に近づいているのが見える。
「死ね!」
構えられた武器はグロック26。銃口から弾道を予測し、銃弾を舞い踊るようにすり抜けていく。
「何故当たらん!?クソ!!」
そして、不吉と呼ばれる十三の数の銃砲の後、相手の弾薬が空になった。
「目が覚めたら全部終わってるさ」
「来るな!」
相手が振り回すナイフを避け手を捻り無力化する。そのまま首に手刀を入れると相手は崩れ落ちた。
「いい夢を」
そして、床に転がった相手を見下ろしながら、俺はにっこりとほほ笑む。
命のチップがこちら側に倒れ落ちる音を想像しながら。
構成も何もなく、ただ銃が撃ちたかっただけです。