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9.卒塔婆小町のように落ちぶれる

◆◆◆◆◆


 あれから何度、山科の邸宅へ足を運んだことか。五十部いそべとの賭けで勝ち取ったバイクの乗り心地は抜群だった。

 村上はフルフェイスヘルメットをかぶったまま、董子の城を見つめた。


 まさしく堅い守りの城に見える。籠城戦になったら、容易に陥落させることはできまい。

 垣根ごしに電話を鳴らしてみたが、やはり電源を切っているらしく、まったく応じてくれない。

 LINEで送った励ましのメッセージにも既読マークはつかない。一方的な羅列になっていた。


 ――あれほど打ち解けたと思ったのに、おれにさえ相談してくれないなんて。董子さん、それほど深刻だったのか?


 『人間だって、基本、中心にブレがあるとわや(、、)になるよね』と、寂しげにつぶやいた彼女は、ダムが決壊する寸前だったのかもしれない。

 そんなサインを見逃した村上は責任を感じていた。


 どんな事情があるにせよ、董子は心を閉ざしてしまった。

 天照大神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとにお隠れになってしまったように、あの毅然として快活そうに見えた女が突然、闇に覆われてしまった。

 八百万やおよろずの神々よろしく、いまは知恵を出し合い、力づくで扉を開けるべきではない。

 静観するしかなかった。時が解決してくれるのを待つしかなさそうだった。



 いつの間にか、『京都つばきテレビ』では、桐島キャスターのメインが板についていた。

 ぎこちなさがかえって好感を持たれ、董子のときより視聴率があがったのは皮肉以外のなにものでもない。

 董子の立場はなかった。

 日を追うにつれ、しだいにカムバックの声も少なくなっていった。

 時の移ろいでさえ残酷であった。


◆◆◆◆◆


 ほどなくして、村上は大学を中退した。

 学業をおざなりにし、サークルにのめり込み、他の女を追いかけたこともあったが、虚しいだけだった。

 董子に夢中になったとき以上の、ときめきを感じることはなかった。

 なにより大学に通う意義を感じなくなったのが主な理由だった。


 せっかく董子にお近づきになれ、ずっと京都にいたかったのだが、そうもいかない状況になっていた。

 実母の経営するブティックが経営不振になり、経済的に困窮したのだ。嫌でも働かなくてはならなかった。

 高校時代、仲のよかった親友の紹介で、地元愛知県一宮市の自動車製造業の職を得た。


 寮付きだったので、村上は一も二もなく救いの手にすがりついた。

 思い出深い京都を離れるのは、ましてや中谷 董子と別れのあいさつすらできず去らなくてはならないのは後ろ髪引かれる思いだった。

 ――が、現実的な問題を前に、いつまでも幻想にしがみついているわけにはいかない。




 いざ一宮に移り住んで半年。2月中旬だった。

 無我夢中で働いた。工場ではマシンオペレーターとして、また溶接工としてハードな仕事をこなした。その分、給料は破格だった。

 仕事にのめり込むことで、董子と別れた失意を忘れることにした。

 肉体的にも慣れたころ、またぞろ村上の悪い癖が出た。


 どうしても董子のことが忘れられない。

 あのとき、ほんのひと時、たがいの人生が交錯しただけにすぎなかったかもしれない。

 もう一度、董子と言葉を交わし、なにがなんでも会いたかった。


 かくなるうえは半年ぶりに、山科の自宅に訪ねてみようと思い立った。

 あれから6カ月弱。

 どんな病状であれ、董子の状態がよくなっていればいいのだが……。


 休日、バイクに乗って、遠路はるばる京都をめざした。

 長距離を乗り慣れていないせいもあって、途中、高速道路のサービスエリアで何度か休憩を挟みながら慎重に走った。

 村上は、今度こそ董子に会えるような確信めいた予感がした。


◆◆◆◆◆


 山科の大塚高岩おおつかたかいわは、相変わらず静かな住宅街で、とても中谷 董子の豪邸が近くにあり、伏せっているとは思えぬほど浮世離れした高台にあった。

 さすが底冷えする2月半ばの京都か、外に出ている人はほとんど見かけない。生活臭を感じさせなかった。


 村上はこの半年のあいだ、董子のことを意識外に締め出していたわけではない。ちゃんと情報収集もしていた。

 すでに彼女は京都中京区テレビを退職していた。

 董子の母からの申し出に、テレビ局は受理したようだ。


 こうして中谷 董子の輝かしい栄光も、終焉を迎えるときには侘しいものとなった。

 巷のSNSによる噂も、手のひらを返したような仕打ちが少なくなかった。かつて出待ち入り待ちしたファンでさえ見限った書き込みも見受けられた。


 ――これじゃまるで、小野小町の若い時代と、晩年のイメージとそっくりじゃないか!


 というのも、小野小町の美貌と歌の才能で男たちをとりこにした若き日に対し、後世のイメージは真逆のような扱いだったことが知られている。

 小町は年老いていくにつれ、誰からも見捨てられ、ついには路傍ろぼうで物乞いをするあさましい老婆へと変わり果てた噂が広められたのだ。


 かくも高嶺の花は、届かない相手と思い知らされると、ここぞとばかりにおとしめていくものなのか。

 そこから能楽作品『卒都婆小町そとばこまち』が生み出され、ますます小町は死後もはずかしめられていく。

 美女の薄情さ、おごり高ぶった性格を描いているとされている……。


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