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6.食事会への招待

◆◆◆◆◆


 それから連日のごとく出待ちに行った。

 土曜日など、21時からはじまるラジオ番組も、こちらは入待ち(、、、)した。出勤してくるところを狙うのである。

 放送がはじまる3時間前に局へ入る情報を得ていたので、これも入り口で張り込み、みんなと口をそろえてあいさつした。


 ところが熱心に京中テレ前で粘ることをくり返していたとき、どうしても行けない日があった。

 思いついたように母親が、地元愛知の一宮市から、京都へ訪ねてきたのだ。ろくに返事もよこさない息子を心配して、様子を見にきたのだった。


 アパートで暢気のんきにギターを弾いている姿を見て安心した。

 京都まで来たことだし、せっかくだから市内の名所めぐりに付き合えと、強引に連れ出されたのである。

 いつもながら母親のペースに巻き込まれ、さすがに董子に会いに行くどころではなくなった。




 思いがけない1日が、董子にとって予想外の効果をもたらしたのだから、世の中なにが影響するかわからない。

 いつものごとく木曜の朝の番組を終え、局から出てきた彼女は、出待ちの面々のなかに、村上の姿がいないことに気づいた。

 ファンは意外と年齢層の高い男が占め、20歳の村上は捜せばすぐにわかったにちがいない。


 局の前に勢ぞろいした男たちは、めずらしく自分たちに眼を向けてくれたことに驚いた。

 大抵は無視されても、生の彼女を目撃するだけで満足できたものだ。というのも、お目当ての中谷キャスターに、たとえ彼氏がいなくても、まさか自分が恋人になりたいとは高望みしてはいなかった。

 高嶺の花は眺めるだけでいい。

 誰もが自分が相手では釣り合うはずがないと、気後きおくれするためだ。


 たった1日、玄関周辺で村上の姿を見かけなかっただけである。――董子の内側なかで、いかに村上が気になる存在かをあらためて感じた瞬間だった。


◆◆◆◆◆


 それから1週間後。

 土曜日だった。董子がパーソナリティを務めるラジオ番組を、誰もが楽しみにしていた。

 例のごとく村上を含めたファンたちが入待ちしていると、夕方18時すぎに、赤いハイブリッド車が京中テレの駐車場に入ってきた。


 いつも彼女の入り(、、)は、母親らしき人物が運転する車に送ってもらっているのだ。

 さすがに仕事前なので、緊張した面持ちだった。

 パンプスの硬い靴音を響かせて、足早にやってくる。

 ファンは口々に、「おはようございます」「お疲れさまです」「頑張ってください」と、あいさつした。

 村上はそれに混じり、


「董子さん、リラックスして!」


 と、声をかけた。

 誰がエールを送ってもふり向きもしない彼女が、眼を大きくして村上を見つけた。

 すると、花が咲いたような笑顔を見せ、手をふってくれた。

 たちまち村上は、周囲の男どもから白い眼でにらまれた。

 董子は立ち止まることなく、颯爽たる足どりでエントランスへ入っていった。




 冠番組が始まるのは21時で、終了は22時。

 その後、諸々の手続きを終えて退社するのは0時(てっぺん)をまわることがある。オンエアーのあいだ待ち続けるのも大変なので、ファンは三々五々、解散するのが常だ。

 村上も今から五十部の部屋を訪ねようと考えていた。


 ロータリーの方へ歩いていると、背後からクラクションを鳴らされた。

 ふり返ると、さっきの赤いハイブリッド車がゆっくりやってくるところだった。

 運転席側の窓を開け、董子の母親が顔を斜めに出している。

 まさに純然たる京都人らしい上品な顔立ちの人。しかも和服。

 目もとが董子とそっくりだった。年は50半ばにも達してはいまい。


「あの……。村上さん?」


「はい、そうですが」


「私、中谷 董子の母です。たった今、娘からLINEが入りまして」


「で」


「玄関前で待っててくれるメンバーの中で、一番年が若く、イケメン男子に伝えてと連絡がありましたの」


「そいつは光栄です!」


「明日、あの子はお仕事、休みなの。よかったら山科の自宅に来ていただき、夕飯を一緒に食べませんか、とのことです。時間は夕方の6時に。……誤解なきよう。こんな形で男性を招待するのは初めてのことなんです。あなた、大当たりね。……もっとも、腕によりをかけて料理するのは、私の役目なんですけど」


 村上の喜びようといったらなかった。

 思わずガッツポーズが出て、カンガルーみたいにジャンプした。


「ありがとうございます! 必ず参ります。たとえこの世に終わりが来ようとも! 這ってでも行きます!」


 董子の母は、自宅の番地を伝えた。

 村上はあわててスマートフォンをタッチし、地図で調べる。念のため、董子自身の電話番号まで教えてくれた。

 まさかこんな日がくるとは――村上は夢心地になった。


「じゃあ、ちゃんと伝えましたので。これで失礼します。また明日ね」


「ありがとうございます!」


◆◆◆◆◆


 証拠として五十部に見せつける必要があった。

 五十部がホンダCBR250RRのハンドルを握り、そのうしろに村上はまたがり、指定された山科の高台をめざした。

 董子の自宅は、山科区でも東端の小高い山に囲まれた大塚高岩おおつかたかいわだった。

 閑静な住宅街で、日当たりも申し分ない。


 ゆるやかな丘の上に建つ立派な門構えの邸宅である。

 敷地は広く、芝生は青々としていた。飛び石を渡って歩いた先が、明治から続くという厳めしい日本家屋だ。母屋らしい。

 くわえて、最近できたばかりらしい向かって左の石造りの建物は、董子にとって憩いの場であり、仕事場でもあるという。2階建てだった。


 和洋折衷わようせっちゅうのコントラストは、いかにも売れっ子中谷キャスターがくつろぐにはふさわしい。

 朝は車の騒音に悩まされる心配もあるまい。背後にある竹林の葉が風になびく音と、小鳥のさえずりを耳にしながら眠りからめることだろう。京都市内でも、まるで山中のいおりにいるかのような空間だった。




「ホンマかどうか、おれはまだ信じてへんからな。……おまえ、たまたま中谷姓の家を見つけて、丸め込もうって魂胆とちゃうか。一緒に彼女と飯を食うんやったら、証拠として写メか動画でも録ってこんかい」


 武家屋敷を思わせる門柱に、『中谷』の表札がかかっているのを眼にしながら、五十部は言った。

 村上はタンデムシートから降り、ヘルメットを脱いで彼に渡した。


「ごあいにくさま。連れていって、証人になってもらいたいのも山々だが、董子さんのご指名なんでね。おれひとりで来てくれと。帰りはなんとかする。じゃ、行ってくれ。ここまで送ってくれておおきに(、、、、)!」


「くそが。負けたら、おれの愛車がおまえのものになるなんて!」


 五十部はガソリンタンクに抱きつき、ベソをかいた。

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