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3.京中テレが誇るクールビューティー

◆◆◆◆◆


 あれはちょうど6年前だ。とすれば2014年か。

 村上が京都の大学へ入学するも、学業を疎かにし、ろくに単位も取っていないころ――。

 村上はサークルで一番気の合う男のアパートで酒を飲み、ひと晩明かした翌日だった。


 テレビをつけ、パンをコーヒーで流し込みながら、ニュース番組を観ようとチャンネルを替えた。

 京都を中心に大阪、大津、奈良でも放送されている京都中京区テレビ。朝の情報番組『京都つばきテレビ』が眼にとまった。

 村上が思わず釘付けになるほど、ど真ん中、好みの美人キャスターが美声で原稿を読んでいたからだ。


「おい、五十部いそべ、この女子アナ、知ってるか?」


「あ? おまえ、年増好みやな」と、五十部は櫛で寝癖をなおしながらテレビを見た。「京都在住なら、知っとって当然やろ。その女は中谷なかたに 董子とうこ。局のニュースキャスターのなかじゃ絶対的エースって呼ばれてる。一番人気であり、東京のテレビでも特集組まれるぐらい、今や全国区になりつつあるんやで」


「なるほどね。これほどの人が京都のローカルテレビだけにとどまってるのはもったいない。整形してなくてこれだぜ。道歩いててすれちがったら、ふり返らずにはいられない」


「なんで整形してへんってわかる」


「不自然さがない。顔をいじりまくった女と付き合ったことがあるから、ひと目で見抜けるさ」


「そんなもんかね……。おれとしては、ホラ、そこの右端! スポーツコーナーの桐島きりしま 佳南かなんちゃんの方タイプやな」


「この子は童顔でチビすぎる。おまえ、さてはロリコンだな?」


「なにをこの!」




 京中テレ(、、、、)は京都府を放送対象地域としているテレビ放送事業である。

 中谷 董子は当局において毎朝の顔として、『京都つばきテレビ』を朝6時から8時を受け持っていた。それが月曜から金曜日まで。


 FMラジオ放送では土曜の夜21時にパーソナリティとして、自身の冠番組を持っているほどだという。

 ときおりバラエティー番組の進行役を任されるときもあるなど、京都に住んでいるなら、知らない人はいないというほどメディアに露出していた。


 他の女性キャスターの面々は清楚さある人ばかり採用しているようだが、メインの中谷キャスターはどちらかというとクールな知的美人であり、大人の魅力を醸していた。

 年齢は28らしい。髪型も、身につけている服さえも華やかなものが多く、顔立ちとスタイルは、並の芸能人が横にいたら霞ませてしまうほどだった。


 通常この業界では補佐役があまり美人すぎると、他のタレントやアイドルが際立たないのでNGらしいが、中谷のポジションは異例中の異例だとされている。それゆえ熱烈な男性ファンが多いことで知られているという。


 ルックスだけが取り柄の人気先行型ではない。

 知性をはじめ、記事を読みあげる能力、滑舌のよさ、声質などのアナウンス能力もさることながら、またアドリブも難なくこなし、共演者に対する気遣いも忘れない。

 トラブルに見舞われたとき、とっさの機転も働かせることができるにちがいない。それほど落ち着き、場数を踏んでいるようだった。


 インターネットで調べてみると、いずれはフリーに転向し、大手キー局に引っ張られるのではないかと噂されていた。

 中谷キャスターは芸能コーナーを紹介するのを終えると、先斗町ぽんとちょうの老舗料亭で京料理に舌鼓を打ちながらの取材風景を映していた。先日収録したらしい。

 食べる所作さえ品があった。


 村上は液晶画面ごしに彼女を見ていて、むしょうに武者震いしてきた。


「おーし、思いついた。やってやろうじゃねえの!」


 村上は立ちあがり、握りこぶしを固めた。


「なんやねん、いきなり!」


「この人だよ。この美人さんこそ、おれが探し求めていた理想のオンナ。……五十部、まあ見とけ。彼女を口説いてみせる」


「あのな。思いつきで無茶なこと言うもんやあらへん。なんぼおれたちゃ、彼女とおんなじ京都に住んでるからって、そないな夢みたいなこと叶うかい。おま、そろそろ20歳やろ。少しは分別ってもんを――」


「決めた。おれは挑戦したいんだ」と、村上は眼つきを変えて五十部をふり返った。「なにが常識外れだ。おれなら口説く自信、あるってんの。そして落としてみせる。絶対この人と腕組んで、いつか京都の町を練り歩いてやる。それでもって、男どもを歯ぎしりさせてやる!」


 五十部は天を見あげた。

 当時の村上は大勢の女の子と浮名を流し、学生の間では稀代の女たらしの名をほしいままにしていた。しかしながら男友だちとして付き合う分には肩がこらない。


 あっさりした性格で気風きっぷもいいし、容姿も洗練されていながら嫌味ったらしくなかった。

 もっとも思いついたら即行動する潔さは魅力でもあり、時にはふりまわされることもあったが。

 まさかテレビの中の人に挑むとは、奇想天外な友人を持ったものだ……。


「いやいやいや……。落とせるかい。おまえみたいに、自惚れの強い奴になびくわけあらへん。京中テレ1のクールビューティーやぞ。今や飛ぶ鳥落とす、天下の中谷 董子やぞ。かないっこないって! 玉砕して、自尊心傷つくのが眼に見えてるがな」


「落とせるかどうか、やってみんことにはわからんだろ。――だったら賭けようぜ」


「なにを」


「おまえのホンダCBR250RR。おれが勝てばバイクはいただく。撃沈したなら、親父から受け継いだクラッシックカー、どれか好きなのひとつ、譲ってやる」


「アホ抜かせ。道路工事のバイトで、必死こいて稼いでうたおれの宝なんやぞ! おまえの親父が道楽で買い集めたガラクタと一緒にすな!」


「決まりな」

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