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記憶売りの少女  作者: 沖田一
1/5

記憶売りの少女・1/5

お久しぶりです。最後まで読んでいただければ、そして楽しんでいただければ幸いこの上ありません。


(あとがきに裏話をめっちゃ書いてるので、スクロールバーが長いかもしれませんが、物語本文は2400字程です。)


 雪が深々と降りしきり、人々が年越しの準備に追われる頃。街頭で、ひとりの少女が、記憶を売っていました。


 「記憶は、記憶はいりませんか……?」


 しかし、街行く人々は皆急ぎ足で、少女の声に足を止める者はありません。少女の手に持つバスケットの中には、まだたくさんの記憶の小包が残っています。


 「どうしましょう……この記憶を全部売り切らなくては、年を越すお金も無いのに……」


 少女が途方に暮れていると、ひとりの男が少女の前で立ち止まりました。


 男は長身細身で歳は50の半ばほど。濃紺のコートと、これまた濃紺のハットを身にまとい、木のステッキを持った「紳士」という印象を受ける身なりです。


 「どうしたのかね。お嬢さん」


 男は優しい声で少女に話しかけます。


 「記憶は、記憶はいりませんか?」


 「お嬢さんは、記憶を売っているのかい?」


 「ええ、そうなの。これは、少し前に死んじゃったおじいちゃんとおばあちゃんの記憶。この記憶を売り切らないと、お母さんと年を越すお金もなくて……」


 「なるほど……。お父さんはいないのかね?」


 「うん。お父さんはいないの。お母さんとふたりだけ。でもお母さんも体が弱くって、あんまり働けないの」


 しんみりとした顔で身の上を話してくれた少女に、男は同情の表情を作ります。このあまりに不憫で可哀そうな少女を、放ってはいけないと思いました。何かひとつ、記憶を買ってあげようと、そう思いました。


 「そうなのか。ではお嬢さん、私に記憶をひとつ、売っていただけるかな?」


 「え……記憶を買ってくださるのですか!?ありがとうございます!」


 「ああ、買うとも。どんな記憶があるんだい?」


 しんみりとしていた少女の顔に、活気と希望が蘇ってきました。少女は、バスケットの中にある記憶の小包を取り出し、あれこれと男に紹介します。


 「この記憶が、一番のオススメです。これは、おじいちゃんがおばあちゃんにプロポーズをして、成功したときの記憶なの。この記憶を持っていれば、どんなにつらいときでも、頑張れるって、おじいちゃんはそう言ってました。」


 男は、少女が取り出したその記憶の小包を手に取ります。それは茶色い紙に巻かれた手のひらほどのサイズの小包で、見た目はどこにでも売っている普通の記憶と同じです。包の裏には、少女が書いたのであろう、手書きの可愛らしいラベルが貼り付けられています。


 「なるほど。これは素晴らしく綺麗な記憶だね」


 その言葉を聞いて、少女の顔がより明るくなりました。男は言葉を続けます。


 「他には、どんな記憶があるのかな?できれば、一番お安い記憶を紹介して欲しいのだけれど」


 「一番安いのだと、多分この記憶だと思います……」


 そう言って、少女がためらいながらバスケットの一番底の方から取り出した記憶は、真っ黒な紙で包まれた小包でした。男はその小包を間近で見つめ、少し怪訝な顔をします。


 「それは……なんの記憶かな?」


 「これは、おばあちゃんの一番悲しいことがあった時の記憶です。でも、ごめんなさい。私もあんまり詳しいことは分からないの。おばあちゃんの赤ちゃんが、赤ちゃんのまま死んじゃった時の記憶のようだけれど、おばあちゃんの赤ちゃんはお母さんだから……」


 少女の話を聞いて、男は事情を察しました。恐らく、この少女の祖母は、この少女の母親を生むより前にひとり子供がいたのだが、その子は幼くして亡くなってしまったのだろう、と。


 「なるほど。それは深く悲しい記憶だね。では、その記憶をいただこうか。」


 「え、あ、はい!ありがとうございます……。でも、この記憶でいいんですか……?いや、もちろん買っていただけるのはありがたいのですが、本当にこの悲しい記憶でいいのかなって」


 少女は、その手に持つ真っ黒な記憶を見つめます。


 「ああ、いいんだ。その素晴らしく綺麗な方の記憶は、大事に取っておくといい。記憶というのは、その人自身なのだから」


 「はい。ありがとうございます」


 「で、その悲しい方の記憶はおいくらかい?」


 男はステッキを持ち換え、右手でポケットにある財布を取り出しながらそう問いました。


 「え、ええと……。この記憶、売れると思っていなかったので値段はあんまり考えてなくて……。でも、5……いや、3サクトで売ります」


 その返事を聞くと、男は取り出した財布をポケットにしまい、代わりに胸ポケットから小さな紙切れとペンを取り出しました。男はそのペンで紙切れにササっと何かを書き込むと、それを少女に手渡します。


 「おじさん、これは?」


 「ああ、それを銀行にもっていきなさい。そうすれば、3万サクトがもらえるはずさ。3サクトでは、パン1斤も買えないだろう?そのお金で、しばらくはお母さんと暮らしていけるはずさ」


 そう、男が少女に渡したのは小切手でした。小切手を受け取った少女は、驚きと喜び、そして男への感謝がどこまでも深く混じり合い、嗚咽のない涙を流します。


 「あ、あ、ありがとうございます……。あの、これ、この記憶、全部持って行ってください!これじゃ全然足りないと思いますけど、それでも!」


 少女は、頬を濡らしながら、持っていたバスケットごと男に差し出しました。ですが、男はバスケットを受け取りません。男はその場にしゃがみこむと、ステッキを地面に置きました。そして、ポケットからハンカチを取り出し、少女の涙を優しく拭い、こう語りかけました。


 「泣くことはないさ、泣いてしまっては君の可愛い顔が見れなくなってしまうから。さっきも言った通り、残りの記憶たちは大事に取っておくといい。記憶は、その人自身なのだから。そのお金で、お母さんと幸せに暮らすといい」


 男はハンカチをそのまま少女に手渡すと、すくと立ち上がって、足早にどこかへ歩き去ってしまいました。


 少女は、未だ涙に滲むその視界で男の背中を見つめながら、途方もない感謝を、しきれない感謝を、男へと送り続けました。

ここでは、物語に関するちょっとした裏話(?)を。


1, 物語の舞台

 このお話は、読めば明らか(というか、タイトルでも明らか)ですが、「マッチ売りの少女」から発想を得て書いています。「マッチ売りの少女」は1800年代半ばにデンマーク人作家によって書かれたもので、舞台もその時期のデンマークであると考えられます。

 しかし、この「記憶売りの少女」の舞台は、近代のベルギーらへんを想像しながら書いています。どこか手作り感の残る、直立していないレンガ造りの茶色い街並みを想像していただけるとありがたいです(作者の表現力不足)。


2, 初期構想

 構想なんて恰好つけられるほどのプロットは用意せずに書き始めましたが、その初期構想から変更した部分があったので、書きたいと思います。

 最初は、男が少女から記憶を買う前に、ひとりのマダムが記憶を買う予定でした。そのマダムの出番はそこで終わりなのですが、そのマダムは一番高い記憶(プロポーズの記憶)を、少女を言いくるめて安値で買い取っていく、というストーリーがありました。

 貧しい少女から、それでもなお搾取する汚い大人を最初に登場させることで、その後に訪れた男の優しさみたいなものをより強調できるかなと思い、ストーリーに組み込む予定でした。

 しかし、それだと1話分の区切れが悪くなるという理由と、物語の本流から外れている感じが否めないこと、そして単純に私が長い文を書くのが面倒だったという理由で、マダムは登場させないことにしました(作者の怠慢)。

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