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絶望の箱庭~鳥籠の姫君~  作者: 神崎 ライ
第四章 現実世界

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第17話 椿家両親との対面

 冬夜とメイが池に落ちた一布を助けた後、言乃花の案内で池の奥にある建物へ向かった。玄関は木製の大きな引き戸になっている。引き戸を開けると中は広い土間があり、左側にげた箱が設置されている。土間の奥には廊下があり、右手に更衣室と書かれたプレートが見える。


「ずぶ濡れで師範のところには行けないから……着替えてくるよ。また後でね!」


 冬夜たちに告げると足早に一布は更衣室へ向かった。


「全く……普通に迎えに来てくれたら池に落ちることもなかったのに」

「言乃花が思いっきり吹っ飛ばしたんじゃ……」

「冬夜さんの言うとおりっすよ。あれだけ派手に吹っ飛ばしておいて冷たい人っすね」


 冬夜とレイスの言葉を全く意に介さず無視を決め込む言乃花。


「ご両親は奥の部屋でお待ちなんだろう? 芹澤財閥の開発したトレーニングマシンの調整をせねばならない。早く行くぞ」

「芹澤、ちょっと待ちなさい!」


 靴を脱いで下駄箱に入れると廊下を歩いていこうとする芹澤をリーゼが慌てて呼び止める。


「なんだ? 呼び止められる必要などないが?」

「あんたね、人様の家なんだから勝手に歩き回るのはどうかと思うわよ」

「何を言っている? ご両親のいらっしゃる神聖な場(道場)に勝手に入るつもりなどないぞ?」

「そういう問題じゃ……」

「言乃花くんたちは先に進んでいるぞ」

「え? いつの間に?」


 芹澤が廊下の奥の方をあごで指すとそこには笑顔で両手を振っているソフィーの姿が見える。


「リーゼさん、はやく行きましょう!」

「ソフィーちゃん、待っててね。すぐに行くわ」


 慌てて靴を脱ぐと音を立てないように気を付けながら廊下を小走りで駆け寄るリーゼ。その様子に小さく息を吐き、ゆっくりと歩いていく芹澤。言乃花に続いて全員が奥へ続く廊下を歩いていくと、いくつもの襖で仕切られた部屋が見えてきた。中央の襖の前で立ち止まり、皆のほうに向きなおると言乃花が話し始める。


「この奥が道場よ。最初に話があると思うけれどちゃんと聞いていれば問題ないわよ」


 説明を聞いているうちにどんどん顔がこわばっていく冬夜。


「冬夜くん、大丈夫? 顔がかなりひきつっているけど?」

「だ、大丈夫だよ。ちょっと幻想世界のことを思い出しただけからさ」


 冬夜の脳裏をよぎったのはイノセント家で挨拶に訪れた時の光景だった。襖を開けると当主を筆頭に弟子がずらりと両側に並び、緊張感と威圧感の中で言乃花と当主による問答があり、生きた心地がしなかった。


「そんな顔をしなくても大丈夫よ。中には私の両親と他に一人しかいないから」


 緊張して固くなっている冬夜の様子を見透かしていたかのように声をかける言乃花。


「言乃花の両親だけでも緊張するからな。もう一人って誰かいるのか?」

「何を言っているの? さっき別れたばっかじゃない。それより、なんで緊張するのかよくわからないけど?」

「ヘリポートでの一布さんの様子を見たら緊張するなというほうが無理だろ……」

「何か依頼されていたみたいだし、良い薬になったんじゃない? おしゃべりはこれくらいにして中に入るわよ」


 言い終えると襖の前に立ち、小さく息を吐くと周囲の空気が一変し、緊張感が漂う。


「言乃花です、皆様をお連れしました」

「うむ、中に入りなさい」


 健斗の声が廊下まで響き、ゆっくり襖を開ける。室内は板張りになっており、イノセント家の広間より少し広いくらいだった。上座には道着姿の健斗と弥乃が座り、下座には同じく道着に着替え、おでこにばんそうこうをはって正座している一布の姿があった。


「皆の到着を待ちわびていたぞ」

「ようこそ椿家へ、短い期間ですがよろしくお願いしますね」


 笑顔で冬夜たちに挨拶をする健斗と弥乃。対照的に真っすぐ前を見つめ微動だにしない一布。その様子に疑問を持った冬夜が言乃花に小声で問いかける。


「一布さん大丈夫か? ピクリとも動かないけれど」

「師範の前で緊張しているだけじゃない?」

「どう考えても緊張しているようには見えないけど……」


 困惑する冬夜に対して、全く気に留めていない言乃花。


「一布さん、皆様にご挨拶は?」

「は、はい! 皆さまのご到着をお待ちしておりました!」


 弥乃に笑顔で問いかけられ、大慌てで言葉を絞り出す一布。冷や水を浴びせられたように全身から汗を吹き出しながら顔が一気に青ざめていき、小刻みに身体を震わせている。

 室内に漂う異様な空気に圧倒されながら鍛錬が始まろうとしていた。

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