第10話 視線の主と不穏な兆し
冬夜たちは必死に視線の主を探したが、既に強烈な威圧感は跡形もなく消え去っている。
(さっきの視線はどこから?)
困惑しながら全員が周りを見渡していると、翔太朗が不思議そうな顔で問いかける。
「みんなどうしたんだ? そんな警戒するようなことはないはずだが?」
「いえ、先ほど妙な視線がありました。万が一妖精たちが近くにいるかもしれないと考え、警戒を強めていたんです」
「ふむ、ちゃんと感じ取れたということはイノセント家での鍛練は成功したということか。先ほどの視線というのは、これで間違いないかな?」
リーゼが警戒しながら一歩踏み出した時だった。翔太朗がフッと左の口端を持ち上げるように笑いながら、ゆっくり右手を肩ほどまであげる。すると心臓を鷲掴みにされるような強烈な威圧感が襲う。全員が魔力を開放し、メイとソフィーを守るように取り囲む。すると、言乃花とレイスが揃ってそのまま前に出る。
「まったく、悪趣味な歓迎はいい勝負っすよね」
「イノセント家の罠に比べたらかなり良心的じゃない?」
「いやいや、そちらも負けていないと思うっすよ」
二人はゆっくりと歩いて翔太朗の前に行くと落ち着いた様子で話しかける。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりですね」
「うん、レイス君も変わりないようだね。また一段と殺気の消し方がうまくなったんじゃないか?」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、そちらがやる気なら後ろの方々を含めて少々手荒なご挨拶をさせていただくことになるっすけど……どうしますか?」
「さすがシリルの息子だ。僕は構わないけど、いいのかな言乃花くんの意見を聞かなくても?」
「私の意見は不要です。どうにかなるような相手ではないですから、お父様とお母様なら」
「なるほど……すべてはお見通しだったか!」
嬉しそうに高笑いを始める翔太朗。後ろを振り向くと控えていた二人を手招きする。
「二人ともありがとう。こっちに来て挨拶しようか」
「まずまずだな、言乃花。日々の鍛錬の成果はきちんと出ているようだ」
「娘の成長を確認できるのはうれしいことですね」
後ろから着物を着た男女が歩いてくる。男性は短めに刈り上げた黒髪、眼光は鋭く頬に大きな傷跡がある。紺色の袴に灰色の長着、薄い青色の羽織を着ており、身長は学園長と同じくらいだが、体格は段違いにがっしりとしている。隣に立つ女性の身長は言乃花より少し高く、艶のある黒髪を美しく結い上げ、かんざしを挿している。白地に椿をあしらった着物を着ており涼しげな立ち姿だが、ぴんと糸を張ったような隙の無い出で立ちをしている。冬夜たちのほうに向かいゆっくりと歩いてくるだけでどこか緊張感が漂い、思わず全員の背筋が伸びた。
「挨拶が遅れたな、皆の修業の成果を見せてもらった。私は、椿 健斗と申す。言乃花がいつもお世話になっておる」
「皆様、はじめまして。椿 弥乃です。よろしくお願いしますね」
二人が笑顔で挨拶をすると、翔太朗が噴き出して笑いだす。
「健斗、お前ほど笑顔が似合わないやつはいないぞ!」
「やかましい! 『第一印象が大事だ』と言ってきたのはお前だろうが」
「誰も笑顔で話せなんて言っていないぞ? 普段のようにしていればいいだろう」
張り詰めていた雰囲気が一気に柔らかくなり、二人で口論が始まった。すると横からスッと弥乃が出て言乃花とレイスの前に立つと、二人とも姿勢を正す。
「レイスさん、お久しぶりですね。お父様はお変わりございませんか?」
「はい、相変わらず修業の日々ですよ。母の件ではいろいろとお世話になりました」
「いいのですよ、困ったときはお互い様です。言乃花、魔力のコントロールが見違えるようにうまくなりましたね」
「ありがとうございます、お母様」
優しい笑顔で二人に話しかけるとそのまま冬夜達の近くまで歩み寄り、軽く頭を下げながら話し掛ける。
「はじめましての方々もいらっしゃる中、手荒なことをしてしまいましたね。申し遅れましたが、言乃花の母でございます」
安心させるような優しい声のトーンで話す弥乃。冬夜達もほっとする中、一人だらだらと冷や汗をかく人物がいた。その様子を目の端で捉えると、静かに声をかける。
「ところで、一布さん? また言乃花に吹っ飛ばされたと佐々木さんからお聞きしましたが?」
「師範、それは間違いではないですが……深い事情があるといいますか……」
「どんな事情でしょうか? 後ほどゆっくりお話を伺いますね」
すごくいい笑顔だが、細められた目から向けられる視線に顔面蒼白になる一布。直立不動になり、口から魂が抜けていくように見えた。
「言乃花。私は一布さんとお話があるので、後のことは頼みましたよ」
言乃花に告げると、固まる一布の所に向かい歩みを進める弥乃。同時に視線を近くに立つビルの屋上に向けると瞬時に人影が消える。
(妖精サイドもついに動き始めましたか……)
弥乃の他に消えた人影に気付いた者はいなかった。
不穏な影は確実に忍びよってきていた。




