第5話 次元回廊、そして現実世界へ
「どうした? そんなに驚くようなことでもあったか?」
「うちの会社ってどういうことですか?」
「なんだ、そんなことか。実家が運営する会社の一つが開発しているからな。もちろんプロフェッサーも関わっているぞ!」
タブレットを眺めながら自慢げに話す芹澤。幻想世界に来てから起こっている衝撃の数々に脳内処理が追い付かず、固まっている冬夜。見かねたリーゼが話に割って入る。
「はいはい、そのくらいにしておきましょうね。芹澤、ちゃんと説明していないでしょ? あんたのことだから」
「実家に帰省するだけなのに何を説明する必要があるのだ?」
「本当にあんたは研究以外のことには全く興味を示さないんだから……」
「何を言うか、研究こそ我がアイデンティティー! それ以外の些細なことなど必要ない!」
リーゼと芹澤のいつものやり取りが始まる。
「まあまあ、ここはイケメンでデキル学園長の僕の顔に免じてそのくらいにしておいてくれないかな?」
「「あんたが言うな!!」」
「あなたが言わないでください!」
「自分でイケメンなんて普通は言わないっすよ」
冬夜、リーゼ、言乃花が一斉に叫ぶ隣で、呆れ顔で冷静にツッコミをかけるレイス。みんなの様子に首をかしげるメイとソフィー。
「みんなどうしたんだろう?」
「学園長さんはすごい人だよね。しーちゃんも言ってたよ」
「うん、ソフィーの言う通りだと思うよ」
目の前で繰り広げられるおなじみの光景を懐かしそうに眺めるハワードとエミリア。
「昔を思い出すな。俺たちが学園にいたころと全く変わっていない」
「ええ、本当に懐かしいわね。全てが終わったらみんなで集まりたいわ。あとで椿さんと芹澤くんにも連絡しておかなきゃね」
「ああ、頼んだよ。……そろそろ止めないと終わりそうにないからな」
学園長に詰め寄る三人の様子を眺めながらパンパンと手を叩き、仲裁に入る。
「みんな、そのくらいにしておこうか。学園長も煽らないでくださいよ」
「何のことかな? 学生たちとの交流も大事だからね」
(全くこの人は……ニコニコしていても目は笑っていないのだからな)
学園長の様子にため息を吐くハワード。ふざけた態度をしているが、全てはこの人の掌の上で踊らされているのではないかという錯覚に陥る。
「交流も大事ですが、そろそろ出発しないと今後のスケジュールに支障が出るのではないでしょうか? 学園へ続く森の入り口には車で行けますが、向こうの世界に向かうには学園を経由する必要がありますよね?」
「うん、その通りだね。だが、予定外のことが起こり始めている。僕がわざわざこちらの世界に来ているのは、少しでも時間が惜しいからだ。だから最短ルートで行くよ」
「なるほど。そのほうが間違いないですね。最後に私のほうから彼らに伝えなくてはいけないことがあります。少々お時間をよろしいですか?」
「かまわないよ。現実世界の二人には僕の方から伝えてあるから心配しなくていい」
ハワードは学園長の了承を受け冬夜たちに話し始める。
「先程も言った通り、妖精たちの動きが活発になってきているから少し予定を変更することになった。この後すぐに学園長の力を借りて現実世界へ向かってもらう。着いたら迎えの人が来ているはずだから指示に従ってほしい」
その言葉に全員が承諾の意を伝えると、リーゼがハワードに疑問をぶつける。
「パパ、すぐに向かうって言ったけどどうやって? 現実世界へ行くには学園を経由しないといけないんじゃない?」
「さすが我が娘だ。本来のルートならば学園を通過し、門から歩いて向かうのだが今は緊急事態だ。学園長の力を借りてショートカットする」
「そういうこと。わかったかな、リーゼちゃん?」
「まったく意味が分からないのですが……」
「仕方ないね、説明するより見てもらった方が早い。次元回廊開け」
学園長がスッと右手をあげ言葉を発すると不思議なオーラを放つ等身大の鏡が出現した。
「なんですか、この怪しさ満点の鏡は?」
「これが次元回廊のゲートだよ。この先は現実世界と繋がっている。待ち合わせ場所のあたりにつくはずだよ」
「……ほんとに大丈夫なんですよね?」
不信感たっぷりに学園長を見つめるリーゼにソフィーが話しかける。
「リーゼさん、大丈夫ですよ! わたし、さっき学園長と一緒にこのゲートを使ってうさみちゃんの所に行きましたから! それにしーちゃんもこの鏡を通っていつも来てるんですよ」
「え、そうなの!? でも、ソフィーちゃんが言うなら大丈夫ね!」
リーゼの変わりように苦笑する冬夜達。笑いをこらえる学園長だがすぐに真顔になり、全員に号令をかける。
「さて、納得してもらえたようだね。それでは最後にリーゼ君のご両親に感謝の気持ちを伝えようか」
その言葉を受け全員一斉に立ち上がると、頭を下げて「ありがとうございました」とお礼の言葉を述べた。この時、感極まったハワードがリーゼに抱き着こうとしてエミリアに締め上げられるという一幕もあったが、さすがに見慣れた全員はそそくさと準備をするために散って行った。
その後再び応接室に集まると、リーゼを先頭に言乃花、メイ、ソフィー、冬夜、芹澤と順にゲートをくぐっていく。そして、レイスがゲートをくぐろうとした時、ハワードが呼び止める。
「レイス君、シリルから伝言を預かっている」
「父上からっすか?」
「『ファーストに関する新情報だ。ヤツの本体を見極めろ。幻惑に騙されるな』とのことだ」
「……承知しました。ありがとうございます」
全員がゲートをくぐり終えると学園長が呟く。
「閉じろ」
ゲートが消え、室内に三人だけになるとハワードが口を開く。
「シリルからの伝言を全て言わないということで本当に良かったのでしょうか?」
「彼の要望でもあるからね。あとはレイスが本質を見極めることができるかにかかっている」
「私はちゃんとお伝えすべきだと思うのですが、お二人の判断に従います」
「親子のわだかまりは解決していないし、真実を伝えたとして彼は聞かないだろうね。若者たちの成長する様を見守ろうじゃないか」
いつもの笑顔は消え、真剣な表情で語る学園長。
いよいよ現実世界へ舞台は移り、事態は大きく動き出そうとしていた。




