第4話 次元の歪みと芹澤のタブレット
学園長による研究所来訪から一夜明け、しっかり鍛練の疲れを癒した冬夜たち。少し遅めの朝食を済ませたタイミングでハワードが宿泊施設を訪れる。
「準備はできたかな? では荷物をもって移動しよう」
ハワードの案内で宿泊施設から動き始める。そして初日に案内された建物が見えてくると入口には学園長とエミリアが待っていた。二人と合流した冬夜達はそのまま建物内の応接室へ通される。室内には中央に設置されたテーブルを囲むように四人掛けのソファーが置いてある。
入口から見て奥に学園長、リーゼ、芹澤、レイス、左側に言乃花、冬夜、メイ、ソフィー、右側にはハワードとエミリアが座った。
「おはよう、昨日はよく眠れたよう何よりだ。三人の修業が怪我も無く終わり、帰還できてよかった」
「皆さんが無事に帰ってきてよかったわ」
ハワードとエミリアが安堵の表情を浮かべ、冬夜たちの顔を見渡す。そのときエミリアが学園長に睨みつけるような視線を送る。
「もう少し早く連絡をいただけると助かりますが?」
「そんなに熱い視線で見つめられると困っちゃうな。今回は急なことだから大目に見てもらわないとね」
「学園長が考える『急じゃない時』とはいつでしょうね? きちんと予定をお知らせしてもらえないのであればこちらにも考えがありますよ」
「う……わかった。善処しよう」
エミリアの気迫に言葉が詰まる学園長。
「なあ、言乃花。エミリアさんって何者なんだ?」
「かなりやり手と聞いているわ。研究所の運営をほぼ一人でやっているらしいわよ」
「マジかよ……」
「研究者って好きなことに没頭すると周りが見えなくなるでしょ? 誰かさんみたいに」
「よーくわかった。たしかにその通りだな」
ちらりと横目で芹澤を見て納得する冬夜。小声で話している二人のことなど気にせず、リーゼが口を開く。
「ママもそれくらいにしておいたら? 私たちを集めて話すのだから、何か重要なことがあるんじゃないの?」
それまで黙っていたハワードが口を開く。
「さすが最愛の我が娘、リーゼの言うとおりだ。時間も限られているから手短に話そう。イノセント家を襲撃し、姿を消したクロノスたちだが、今のところ現実世界で妖力は観測されていない。しかし、奴らが移動すると残る次元の歪みが両世界でいくつか観測されている。不正確なデータではあるが、クロノス以外の妖精達が動き始めているかもしれない」
先ほどまでの和やかな空気は消え、張り詰めた緊張感が室内を支配する。クロノス達だけでなく、ノルン、アビー、フェイとも抗戦する可能性が高くなってきた。
「なるほど。それだけ向こうも必死だということっすね。逆に一網打尽にできるチャンスとみても間違いないっす」
「レイスの考えもわかるけど、向こうがどんな手段を使うかわからないわよ。しっかり作戦を立てていかないと……」
真剣な表情で話し合うレイスと言乃花。その様子をニコニコと見つめる学園長。
「うんうん、二人とも素晴らしい成長ぶりだね。僕はうれしいよ」
「真剣に話し合っているんですよ。少し黙っていてもらえませんか?」
意に介していない発言をする学園長に対し、少し苛立った様子でくぎを刺すリーゼ。学園ではおなじみの光景に張り詰めていた緊張感が少し柔らかくなった。
「学園時代を思い出すな。よくこんな風に熱く語り合って議論していたものだ」
「いつも的外れなことを言い出して混乱させていたのは誰でしょうね?」
「それは……そうだ! 学園長、皆さんにお渡しする物があったのではないですか?」
エミリアのツッコミにより分が悪くなったハワードが慌てて話題を切り替えようと試みる。すると学園長が何かを思い出したかのように手をぽんと叩いた。
「ああ、危うく忘れるところだったよ。現実世界で奴らといつ遭遇するかわからない。そこで全員がすぐに連絡を取り合えるようにした方がいいと思ってね。これを支給しよう」
学園長が指を鳴らすとテーブルの上にソフィーが持ち歩いているものと同じ形のタブレットが六台並ぶ。画面の右下にはそれぞれのイニシャルが印字されている。
「ソフィーくんが使っているものと同じタブレットだ。お互いが連絡を取り合えるよう通信アプリとどこにいるか一目でわかるように位置情報アプリが入っている。あと冬夜くんたち一年生は夏休み明けから学園内のネットワークサービスを利用可能になるよ。外部の家族や友人との連絡も容易に行えるようになるだろう。それと言乃花くん。あまりメッセージをため込むのは良くないよ。ちゃんとお返事してあげないと悲しむんじゃないかな?」
「ほっといてください。一度返すと十通くらい送ってくるので鬱陶しいんです」
「またまたー、そんな恥ずかしがる間柄じゃないでしょ?」
めったに感情を表に出さない言乃花が心底うんざりした顔をしている。リーゼが同情するように話しかける。
「気持ちはわかるわよ。あの子もなかなか強靭なメンタルの持ち主よね」
「少しくらい静かにしていてほしいわ、ほんとに……」
全く話についていけず、ぽかんとするメイとソフィー。興味なさげにタブレットを見ている芹澤の姿をみた冬夜が話しかける。
「そういえば副会長、どうしたんですか? 普段ならもっと興味を示されていると思いますが……」
「ああ。このタブレットはうちの会社が開発、販売しているものだからな。最新版の試作テストも兼ねているから改良点があれば教えてほしい」
「そうなんですか……って、えー!?」
サラリと衝撃の発言をする芹澤と驚きに思わず立ち上がる冬夜。
タブレットを開発できるほどの技術力を持った芹澤の言う会社とは?




