第2話 ミッションコンプリート!
芹澤の発言により広間に微妙な空気が漂い始めた時、レイスが普段と変わらぬ様子で話を切り出した。
「ここで話していても何も進まないっす。いったん研究所に戻りませんか?」
「そうね、リーゼたちと合流しないと」
先ほどまでの嫌悪感たっぷりな表情は一瞬で影を潜め、普段の冷静な口調に戻る言乃花。二人が話し終えたと同時に大広間の襖が開き、シリルがジャンとリリーを従えて戻ってきた。
「む、話し合いの最中だったか?」
「ちょうど終わったところです。他の方は大丈夫でしょうか?」
「うむ、全員の無事を確認出来た。一門を代表して何か礼をせねばならぬ」
シリルをはじめジャンとリリーも膝をつき、頭を下げる。
「やめてください! 俺たちはできることをしたまでですから……」
「そうっすよ。奴らとの決着はついていないっす。体制を整えて次に備えることが最優先っすよ」
困惑する冬夜の言葉を遮るようにレイスが話を断ち切る。いつもの調子の良さは影を潜め、イノセント家次期頭領としての風格を感じる言葉だった。
「すぐに研究所に戻ってリーゼさんたちと合流し、学園長へ事の次第を大至急報告しましょう。今は奴らに動きがないとはいえ、時間の問題っすね……自分たちは向こうへ行き、椿家へ協力要請に動きます。宜しいですよね? 言乃花さん」
「今回の事態は椿家としても見過ごせませんし、協力して手を打つ必要があります。全員の戦力アップが必要です」
「うむ、レイス頼んだぞ。次に奴らが行動を起こすのは現実世界であると踏んでいる。本来であれば我々で決着をつけるべきなのだが……」
「父上、因縁もありますが、奴らの目論見を止めることが先決っす」
レイスの一言により、全員が大きくうなずく。そのとき襖の向こうから男性の声が聞こえた。
「失礼いたします。皆様、アル様がお迎えに来ております」
「そうか。皆の準備ができ次第、そちらへ向かうと伝えてくれ」
「承知いたしました」
各部屋に荷物を取りに行き、中庭に集合した冬夜達がレイスの先導で門へと向かうと、シリルを筆頭に十数名の門下生が一列に並んで待ち構えていた。レイスがシリルの前で歩みを止め、背筋を伸ばすと冬夜たちも合わせる。
「レイス・イノセント他二名、修業を完了したことを報告いたします」
「ご苦労であった。二日という限られた短い時間で成し遂げられ見事であった。内なる力は時に大いなる武器となり、また時に自身を刈り取る刃にもなる。闇に呑まれぬよう強くあれ!」
「「「ありがとうございました」」」
全員に見送られながら門から出ると迎えの車の前にアルが立っていた。
「お待ちしておりました。では研究所へ戻りましょう」
待機していたワゴン車に乗り込む。今回は助手席に芹澤、真ん中のシートに冬夜と言乃花、最後尾にレイスが座った。出発してすぐに後ろの三人から寝息が聞こえてくる。
「三人ともかなりお疲れの様子ですね」
「仕方ないだろう。修業に加えてクロノスの襲撃も重なったからな」
「やはりですか……満足そうな顔を見ると例の物はうまく作動したようですね?」
「ここまでうまくいくとは思っていなかったがな。幻想世界で効果が確認できたことは大きいぞ」
「真価を発揮する時など来ては欲しくないですが、いざという備えは必要でしょうね」
「そうだな。ああ、いつも通りデータも取りまとめておいたので後ほどお渡しをしよう」
「さすがはプロフェッサー芹澤。両世界でその名が響く日も遠くないでしょうね」
「はっはっは。近い将来我が発明が世界を席巻する日も遠くない!」
アルと芹澤の会話は途切れることなく続いていた。
「みなさん、研究所に到着しましたよ。お出迎えの方々がお待ちです」
「ふぁー……ん、いつの間にか眠っていたようだな」
まだ眠気の残る目を擦りながら冬夜達が目を覚ます。研究所内の駐車場に着き、車から降りるとすぐ近くにリーゼとメイが並んで待っていた。
「お帰りなさい!」
「いい顔つきになったわね、かなり収穫はあったようね」
「ただいま。すごく有意義な二日間だったよ」
「結構ハードだったわ、相変わらず悪趣味なワナもあったしね」
「まあ、誰も脱落しなくて良かったっすよ」
三者三様の反応に二人は思わず吹き出してしまう。冬夜達もリーゼとメイの顔を見てホッとした様子だった。ふとメイと一緒にいるはずのソフィーがいないことに冬夜が気が付く。
「あれ? そういえばソフィーがいないみたいだけど……」
「おや、みんな無事に帰ってきたみたいだね。うんうん、それぞれ成長していてうれしいな」
「みなさん、お帰りなさい!」
研究所の中庭の方から聞きなれた声が聞こえる。全員が一斉にそちらを向くとニコニコとした、学園長とソフィーが並んでこちらに歩いてくる。
「「「「学園長!? 何でここに?」」」」
いるはずのない学園長が突如現れ、混乱する冬夜達と対照的に納得した様子の芹澤とレイス。
いつも通りにこやかな笑顔を浮かべている彼の眼鏡の奥に、冷たく厳しい光を宿す瞳が隠されていることに気付いたものは誰もいなかった。
学園長が研究所に現れた理由と目的とは……




