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絶望の箱庭~鳥籠の姫君~  作者: 神崎 ライ
第三章 幻想世界

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第18話 すれ違う親子と因縁の相手

 張り詰める緊張感が厳格さを物語る。場の雰囲気に呑まれ、呆然としていた冬夜に言乃花からきつい一言が飛んできた。


「なにをぼーっとしてるの? 当主の前よ、しっかりしなさい!」


 慌てて姿勢を正す冬夜に対し、表情一つ変えないシリル。髪はレイスと同じ白、真っ白な胴着に紺色の袴を履いている。鍛え上げられた身体と額にある大きな十字の傷痕に威圧感がある。


「大切な客人のために席を用意した。ゆっくり話そうではないか」


 部屋の中央に用意された座布団は三つ。左からレイス、言乃花、冬夜の順で座る。


「これから貴殿らは魔法の心得、すなわち精神の修業をしていただく。この修業がなぜ重要かわかるか? 言乃花殿」

「魔法とは精神状態に左右されます。精神が乱れれば、押し寄せる膨大な力に呑みこまれ、やがて身を亡ぼす。いかなる時も冷静沈着でなければならないと心得ております」


 表情一つ変えず、すらすらと答える言乃花。


「さすがは椿()()()()()()だ。お父上もさぞお喜びであろう」

「とんでもございません。武道にも同じく通ずるところがございます。心が乱れれば何事もうまくいきません」


 シリルから目を離さず淡々として話す言乃花。何気なく会話しているようだが、両者の間に張り詰めた糸が見える。冬夜は平然と話すシリルと言乃花、そしてシリルの両側で微動だにせずこちらを見続ける十人の視線に動揺が隠せない。


(なんで誰も止めに入らないんだ? どうみても一触即発じゃないのか……)


 冬夜の焦る表情を察したレイスが二人の会話に割って入る。


「お二人ともその辺でやめておいた方がよくないですか? 父上も威厳を保ちたい気持ちはわかりますが、初めて来られた方もいるんすからね」


 その言葉を聞いたシリルがスッと目を閉じる。すると、今まで張り詰めていた空気が霧散していく。再び眼を開けると先ほどまでとは全く違う優しい瞳が向けられていた。


「まさか息子に説教される日が来るとは……これは失礼した。脅かすつもりはなかった」

「まったく言乃花さんもっす。平静を装っていても心が乱れているっすよ」

「毎回毎回、あんな()()()()()()ばかりされたらいやでも乱れるわよ。うちの父親といい、何で師範って呼ばれる人間はこう偏屈なのかしらね? 少しはもてなしの精神とか学んだらどうなのかしら?」

(先ほどの殺伐とした空気は何だったんだ……)


 理解が追い付つかず一人混乱する冬夜にシリルが話しかけてくる。


「君が冬夜くんだね。事情は学園長から聞いているよ。響くんの息子が訪れることになるとはね。これも運命というものなのか」

「父を知っているのですか?」

「学園の友人だったからな。彼にはいろいろと世話になった」


 リーゼの両親だけでなくレイスの父とも繋がりがあったとは。


(あのクソ親父、大事な事くらいちゃんと伝えていけよ)


 どんどん父親に対する不満が積み重なっていく。


「心が乱れ始めているぞ。今から話すことはこれからの試練でも重要な位置づけになる」


 その言葉とともに一瞬で緊張感が漂う。三人は改めて姿勢を正し、シリルを見つめる。


「良い心構えだ。魔法は人間が扱う強大な力である。使い方を誤ればその力に呑みこまれ、心が狂い始める。残念ながら、誘惑に勝てず力に溺れる者が後を絶たない。先程の試練はそうならないためのものであった」


 シリルの言葉を聞いて今までの戦いを思い返す冬夜。初めて力を使った時、自らの意思とは関係なく力が発動し、気付いた時にはすべてが終わっていた。迷宮図書館での事件の時も同じだ。今でこそある程度制御できているが、いつどこで同じ過ちを犯すかはわからない。


「それぞれ思い当たることがあるような顔をしているな。二日間という短い期間だが相当厳しい訓練になるであろう。だが乗り越えた時には相当な精神力が付いているはずだ。心して取り組んでほしい。ここからは個別訓練となる。冬夜くんには一番弟子であるジャン、言乃花くんには二番弟子であるリリー、二人ともよろしく頼むぞ」

「「御意」」


 両脇に座る男女がすっと立ち上がる。


「一番弟子のジャンです。これから場所を移して修業を行います。ついてきてください」

「二番弟子のリリーです。おひさしぶりですね、言乃花お嬢様。私たちも始めましょう」


 冬夜と言乃花は二人と一緒に部屋から出ていった。そして、他の八名の弟子も順に退出し、室内にはシリルとレイスだけになる。するとレイスの顔からいつもの笑顔が消え、無機質な表情に変わった。主人に礼を尽くす従者のごとく黙って頭を下げると、その姿勢のままで待つ。シリルも背筋を伸ばし、三人が入って来た時と同じ空気が辺りを支配した。


「さて、近況報告を聞こうではないか」

「はい、ヤツは幻想世界に入り込んでいると思われます。気配は感じるのですが、いまだ姿はつかめておりません。気になるのは、一人ではなく二人で動いているということです」

「そうか。もう一人についての情報はどうなんだ?」

「そちらの情報に関してはまだ断定はできませんが、おそらく(冬夜さん)を含め、我々にとって良くない知らせになるかと思います」

「……覚悟はしていたが。ファーストは我が一族にとって()()()()()である。イノセント家の総力を挙げ、終止符を打つ。警戒を怠るな」

「御意。では失礼します」

「レイス、すまない。お前を巻き込むようなことになってしまった……」

「別に気にしてないですよ。自分はすべきことをするだけっすから」


 視線をあわせることなく、立ち上がると姿を消すレイス。大きく息を吐き、先ほどレイスがいた場所に悲しげな視線を送るシリル。

 親子の些細なすれ違いが、この後に大きな歪みを生むことになるとは……

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