第6話 妖精「フェイ」と冬夜の覚醒
「ふふふ、面白いですね、人間という生き物は……おや? そんなところに立っていて良いのですか?」
歪んだ笑みを浮かべたフェイが静かに右手を掲げる。すると周囲に立ち込めていた霧が渦巻くように消え、雲一つない青空が現れた。
「えっ……」
「おや? 何に驚かれているのでしょうか?」
見上げた冬夜の目に飛び込んできたのは、無数の黄金色をした矢。激しく雷鳴を響かせながら空を埋め尽くしていた。
「さあ、私を楽しませてくださいよ……虫けらのごとく這いつくばり、逃げ惑いなさい!」
為すすべもなく立ち尽くす冬夜に向け、勢いよく右手を振り下ろすと、次々と光の矢がうなりを上げながら襲いかかる。
(や、やばい……早く逃げないと!)
鼓膜が破れそうなほどの爆発音が次々と響き、周辺の木々がなぎ倒されていく。衝撃でえぐり取られたようなクレーターがいくつも開き、そこから巻き上がる土煙が視界を奪っていく。必死に逃げまどう冬夜が右足を踏み出した時、予想外の事態が襲いかかる。
「っ!」
いきなり黄金色の矢が目の前に現れる。咄嗟に体をひねらせたが間に合わず、鈍い痛みが左肩に走ると同時に後方にある木に叩きつけられた。
「がはっ!!」
肺の空気が絞り出されるような感覚に朦朧とする意識の中、激痛の走る左肩には深々と矢が突き刺さっていた。傷の深さに思わず全身の力が抜け、崩れ落ちるように倒れかけた時だった。
『私を助けて……冬夜くん……』
(まさか……あの子の声……か?)
薄れゆく意識の中、突然少女の声が頭に響く。するとロザリオの中心にある宝石が、鼓動と連動するように赤黒く輝き始める。閃光が徐々に強さを増すと冬夜の身体から黒い魔力が溢れ始めた。
「ククク……人間はなんと儚い生き物なのでしょう。もう少し楽しめるかと思いましたが……全く創造主様の考えることは理解できませんね」
左手を額に当て、目を閉じると小さくため息を吐くフェイ。それから全てを終わらせようと右手を前に突き出し、妖力を集約させようとした時だった。
「さあ、終わりに……なんだ? この魔力は?」
先ほどまで感じたことがない魔力に驚き、慌てて周囲を見渡すフェイ。
「何が起こった……な、なんで立っているんだ!」
フェイの目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。地面に倒れていたはずの冬夜が全身に黒いオーラを纏って立っていた。体からあふれ出した魔力は結界を張るように周囲を包み込み始めている。
「深淵の闇よ、我が敵を刻む刃となれ……闇の刃」
俯いていた冬夜が小さく呟くと取り囲むように黒い短刀のような刃が出現する。右手をゆっくり上げると一斉にフェイへ向かって襲いかかる。
「こ、この魔力は……ま、まさか!?」
フェイの記憶に刻み込まれたトラウマが甦る。以前、まともに魔法を使えない人間を相手に興味本位で弄んだ結果、致命的なミスを犯し、消滅寸前まで追い詰められた。『妖精』という圧倒的高位な存在であるという慢心、人間ごときに負けるはずがないという傲りが招いたことだった。今回も創造主から「天ヶ瀬冬夜には気を付けろ」という忠告を受けていたにもかかわらず……
「この程度で私を倒せるなんて思わない……」
「絶望に染まれ、永劫不滅の鉄槌」
冬夜が小さく呟くと空中で魔力が集結し、直径二メートルほどの球体が出現する。上げていた右手を振り下ろすとフェイに向かい勢いよく迫っていく。
「く、くそ……こんな魔法ごとき吹き飛ばしてやる!」
両手を挙げ、妖力を集結させて撃墜しようとした。しかし、迫りくる闇の魔力を止めることはできず、そのまま地面へ叩きつけられると周囲に爆発音が響くとともに、地面に大きな穴が開いた。
「お、おのれ……人間風情が!」
立ち込める土煙のなかフェイの怒号が森の中に響いた。
森の中でひときわ大きな木の頂上に立ち、二人の様子を見ていた人物がいた。
「あらら……面白いことになってきたね」
誰にも聞こえない声で呟くと霧に紛れるように姿を消す。
怒りに任せ、妖力を暴走させるフェイ、思わぬ形で魔力が覚醒してしまった冬夜。
はたしてこの状況を切り抜ける策はあるのだろうか?
様々な思惑が交錯する中、運命の時に向けて静かに動き始めた。