第15話 ミラーナイトメア(前編)
メイたちが街へ向けて出発したころ、冬夜たちの試練が始まろうとした。
「こちらに来ていただいていいっすか? 冬夜さん、言乃花さん」
先に敷地内に入っていたレイスが二人を手招きする。素直に足を踏み入れる冬夜に対し、過去に訪れた時の記憶から、警戒を強めて動かない言乃花。何も起こらないことが不自然すぎるのだ。
(前に来た時はあっさりと敷地に入る事はできなかったわ。なんで今日は何も起こらないの? ……まさか?)
ハッと顔を上げた時はすでに遅かった。冬夜は敷地の中に足を踏み入れていた。
「冬夜くん、罠よ!」
「え? ……あれ? なんで視界が歪んでいるんだ? いったい……」
冬夜が振り向き、何かを伝えようとする前に、姿が歪み消えていく。言乃花がレイスを睨みつける。
「そんな怖い顔をしてどうしたっすか?」
「あなたは何を考えているの? 試練は始まっているとはいえ、こんな不意打ちはないでしょう!」
「言っていることが理解できないっすね。どんな状況であれ、備えておくことは当然のことじゃないっすか。警告はしましたよね? それに、この程度はクリアしてもらわないと意味がないですから」
レイスからいつもの笑みが消え、言乃花に向けて殺気が放たれる。普段の明るい彼からは想像できない重圧、並みの人間であれば押しつぶされてもおかしくない中で対峙する二人。
「そういうことね。だから敷地内に足を踏み入れた瞬間から気を抜くなって」
「理解が早くて助かるっす。彼には鏡世界の悪夢という試練を受けていただいているっす。死ぬことはありませんが、心が弱いと取り込まれてしまうっすね」
「ずいぶん悪趣味な試練ばかりじゃない? もう少しマシなのはないの?」
「誉め言葉として受け取っておくっす。武術はそっちが専門、こちらは影の試練ですからね。引っ掛からなかったのはさすがです。では、彼が戻るまで試練のお相手をするっすよ」
「すんなり通してくれるわけはないわね……さっさと終わらせて当主に文句を言ってやるわ」
フッと二人の姿が消え、敷地内に閃光が走る。もう一つの試練の幕も切って落とされた。
「ここはどこなんだ? 真っ暗で何も見えない……」
視界が歪み始め、言乃花のほうを振り返った時だった。渦に吸い込まれていくような感覚に陥り、瞬きをしたら暗闇が広がる空間の中にいた。
「なんか懐かしいというか覚えがあるんだよな。あれ? 奥の方で何か光った?」
小さく光っている場所に向けて歩く。何かわかるかもしれない、そんな希望を持ちながら近づいていくと、髪の長い少女が座り込んで肩を震わせている様子が見えてくる。
「おーい、こんなところでどうしたんですか?」
声をかけてみるが、反応は一切返ってこない。
(聞こえていないだけかもしれない……もう少し近くに行こう)
周囲を警戒しながら近づいていく冬夜。そして、少女の姿がハッキリと見えるところまで来た時、思わず叫んでしまった。
「なっ……なんでメイがここにいるんだ!?」
目の前に現れたのは先ほど笑顔で別れたはずのメイ。学園の制服を着ていたはずなのに、なぜか出会った時に着ていた黒いワンピース姿で床に座り込んでいた。
「なんで、どうしてなの……」
消え入りそうな声で呟いているメイ。目の前の異様な光景に混乱する冬夜。
「ここから出してあげるっていったよね? どうして動かなくなっちゃったの」
「メイ、何を言っているんだ? いったいどうなって……」
メイの肩に手を置こうとした時だった。少女の先に一人の少年が血まみれで横たわっているのが見えた。
少年には見覚えがある。いや、目の前に広がる光景は鮮明に覚えている。
(なんで俺が倒れているんだ……いや、九年前の俺がなぜいるんだ……)
信じられない光景に一歩、また一歩と後ずさりをしてしまう。座り込んでいたメイがゆっくりと立ち上がる。
「私を出してくれるといったの。そしたら突然、傷ついてぼろぼろになって……そこにいるのは誰? あなたの仕業なの?」
「落ち着け、メイ! 俺だ、冬夜だ!」
「冬夜……? 誰? そう、傷つけたのはあなたね……許さない、許さない、絶対に許さない!」
少女の全身からどす黒いオーラが噴き出し、あっという間に包み込んでいく。
「絶対に許さない……私のことを理解してくれた……大切な友達を傷つけるなんて……私の前から消えていなくなって!」
自身に向けられる殺気に困惑する冬夜。
目の前にいる少女はメイなのか、それとも……
冬夜に課された試練の幕は開かれた。




