第13話 それぞれの出発の時(前編)
朝日がまぶしい研究所の正門。見送りに来たハワードをはじめ、レイス、冬夜、言乃花の三人が集合していた。
「冬夜さん、準備はいいっすか?」
「いつでも大丈夫ですよ」
レイスと冬夜が出発前の最終確認をする隣で、言乃花とハワードが打ち合わせを行っていた。
「言乃花さん、二人のことをよろしく頼むよ」
「はい。大丈夫だとは思いますが、万が一の時はすぐにご連絡します」
「何もないといいのだがね。さて、みんな集まってくれ」
ハワードの声に三人が一列に並ぶ。
「これから二日間、イノセント家で魔法中心に鍛錬を行ってもらう。冬夜くんはもちろん、他の二人もそれぞれ課題が与えられるだろう。無事終了できることを祈っている。送迎はアルに任せた、健闘を祈る」
「「「ありがとうございます。行ってきます」」」
正門前に一台のワゴン車が到着する。
「皆様、お迎えにあがりました」
「よろしくお願いします。レイスは道案内よろしくね」
「了解っす。じゃあ、皆さん出発するっすよ」
助手席にレイス、後ろの席に言乃花、冬夜の順で車に乗り込む。
「待って! 冬夜くん」
ドアを閉める直前に研究所内から声が響く。目を向けると息を切らしながらメイが走ってきた。車から降り、慌てて駆け寄る冬夜。
「どうしたんだ? メイ達の出発時間はもう少し後じゃないか?」
「今日から魔法の鍛練に行くんでしょう? これを渡したくて」
メイの手には小さな袋が握られていた。手のひらに収まるくらいの大きさの桜色をした袋に白いリボンが結ばれている。
「メイが作ったのか?」
「うん、ソフィーから教えてもらったの。しーちゃんの世界では身を守るお願いを込めた『お守り』っていう物があるんだって。危ない目にあってほしくないから急いで作ったんだ」
「ありがとう。肌身離さずもっているよ。必ず乗り越えて帰ってくるからな!」
「うん、気を付けていってらっしゃい。お話を聞かせてね」
「ああ、いってきます」
メイに見送られながら車に乗り込み、出発する。懸命に手を振っているメイが次第に小さくなっていった。
「さて、注意することを話しておくっすね。まず到着する前から魔力を開放していただくっす。敷地に足を踏み入れた瞬間から鍛錬は始まっているっすよ。何か起こっても責任は取れないのでよろしくっす」
助手席に座るレイスはいつもの軽い口調で告げる。しかし、一つ一つの言葉の重みが違う。冬夜の背中を冷たい汗が流れる。隣の席で外を眺めていた言乃花が口を開いた。
「脅すような言葉に聞こえるかもしれないけれど、本当のことよ。レイスの家は魔法の鍛錬道場を運営しているの、表向きはね。けれど私たちが行くのは、それとは全く別の場所よ」
「自分が説明するっすよ。イノセント家には二つの顔があるんす。表向きは魔法の鍛錬道場。もう一つは秘密裏に動く影の仕事としての役目。冬夜さんには短期間でレベルアップしていただくために影の方の最短ルートを進んでもらうっすよ」
スケジュールの説明を受けた時から嫌な予感はしていた。あまりの厳しさに、さーっと血の気がひいて顔が蒼くなる。
「そんなに身構えなくても大丈夫っすよ。さあ、そろそろ魔力を開放しておいてください」
窓の外には研究所に向かう時に見た閑静な住宅街とよく似た景色が広がっていた、一軒を除いては。レンガが積まれたような高い壁に囲まれ、まるで城門のような扉の前で車が止まる。
「皆様、到着いたしました。では、夕方お迎えに参ります」
自分の知っている道場とは全く違う空気に圧倒される冬夜。サッと門の横に立ち、レイスが手をかざすと、鈍い音を立てながら扉が開く。
「ようこそ。次期当主レイス・イノセントが皆様をご案内します。足を踏み入れた瞬間から試練スタートっす」
不敵な笑みを浮かべるレイス。
冬夜にとって地獄とも思える二日間が始まろうとしていた。




