第6話 夏休み前の試練
「もう夏休みか、時間が経つのが本当に早いよな」
「学園で過ごしたのがまだ数ヶ月だなんて思えないよね」
「そうだな。みんなとはもっと前から一緒にいるような気がするよ」
午前の授業が終わり、教室の窓から中庭を眺めていた冬夜が隣の席に座っているメイに話しかけた。花壇に咲く花も季節の移り変わりを示すかのように、紫陽花やクチナシ、マリーゴールドといった花が咲き始めている。
「ソフィーが言っていたけど、花壇に変わったお花を植えたらしいよ。コスモスだったかな? ほら、少し前にお友達が遊びに来ていたでしょ?」
「ああ、嵐のように去っていったあの娘だよな……」
「楽しかったね! この前遊びに来てくれた時に一緒に植えたみたいだよ」
少し前に話はさかのぼる。ソフィーが別世界の友達を『学園に招待したい』と学園長にお願いしていたのだ。面白がった学園長が来訪日を含めて内緒にしていたため、生徒会メンバーを巻き込む一大騒動になった。当然リーゼが黙って見ているはずもなく雷が落ちた。もっとも当の本人に効いたかはさだかではないが……
「毎日話しているんだっけ?」
「うん、楽しそうにお話しているよ! お昼休みの後とか夜寝る前とかが多いみたいだよ! 今日は午前中で授業終わりだし、大食堂は工事で入れないから寮に戻ってからお昼ご飯食べにいかない?」
「そうだな」
二人が揃って席を立ち、教室を出ようとするとクラスメイトから声を掛けられる。
「メイちゃん、また明日ね。また一緒にお昼を食べようね」
「うん! ソフィーも一緒に連れていくね」
「冬夜、時間ある時にまた魔法の鍛錬に付き合ってくれよ」
「こっちこそ頼むよ。おかげで助かっているからさ」
クラスの中でも中心的な存在になり始めている二人。メイは持ち前の明るさで、冬夜はひたむきに努力を欠かさない姿がクラスメイトのいい刺激になっており、今年の一年生は一味違うと教職員の間で評判になっている。
冬夜たちの特別寮は一般生徒寮とは別になるため、二人は生徒たちでにぎわう廊下の流れに逆らう形で歩いていく。
「そういえばソフィーが来なかったけど?」
「今日はお手伝いが無いから先に食堂で待っているって言っていたよ」
「そうか、早くいかないといけないな」
二人は部屋に荷物を置くと急いで特別寮内にある食堂へ向かう。近づくと中から楽しそうに話しているソフィーと聞き覚えのある声が。
「そっか、もうすぐ一緒に植えた花が満開になるんだね。毎日ソフィーちゃんがお世話を頑張っているからきっときれいに咲くよ」
「うふふ。日当たりのいい場所を分けてくれた学園長さんのおかげですよ」
(この声は? なんで学園長がここにいるんだ?)
食堂の入り口で二人がびっくりしていると、反対側から鬼の形相をしたリーゼが近づいてきて、勢いよく食堂の扉を開ける。
「学園長! 何でここにいるんですか? 大食堂の工事の立ち合いがあると言っていませんでしたか?」
「リーゼちゃん、お疲れ様。その話ならもう終わったよ。ほら、できる男は仕事が早いっていうじゃない?」
「そういったことは自分では言いません! それに何のためにここに来たんですか? 職員専用の食堂は別にあるじゃないですか!」
「ひどいなー、僕は悲しいぞ。生徒と交流を持つのも大切な業務の一環じゃないか」
次第にヒートアップしていくリーゼをおさえるように、いつの間にか現れた言乃花が割って入る。すぐ後ろには芹澤とレイスも並んで立っていた。
「リーゼも学園長もその辺で終わりにしたらどうですか? 大切なお話があるからお昼を食べながら話そうと言っていませんでしたか?」
「もう腹がペコペコっすよ。早くご飯食べましょうよ」
「腹が減っては良い実験ができないからな。それに重要な話を聞き逃すのはいただけないな」
「さて、全員揃ったようだね。ではランチを食べながら話を進めようじゃないか」
特別寮の食堂は大きいわけではないが、メニューは大食堂に引けを取らない。それぞれが食べたい物を選び、席についていく。会議を兼ねているということもあり、テーブルを四個組み合わせ、奥から学園長、芹澤、言乃花、レイス、反対側にリーゼ、冬夜、メイ、ソフィーの順で座った。
「重要な話というのは、今回の幻想世界の件についてだ。基本的には施設管内に生活拠点を置いてもらう。セキュリティもばっちりだからね。そこで冬夜くんにはある場所で数日間、修業を積んできてほしい。引率は言乃花くんにお願いしたいと思っている」
「なるほど。施設を拠点にすることによって不測の事態にも対処が早くなるということですね。ところで、ある場所というのは?」
「うちの実家っす。詳しいことは来てから説明するっすよ。言葉で言うよりも来てもらったほうがわかると思うっすよ」
冬夜には何のことかさっぱりわからなかったが、向かいに座る言乃花が深いため息をつき、苦言を呈す。
「学園長、本気で言っているんですか? 確かに一番手っ取り早い方法ではありますが……」
「大丈夫だよ。彼も日々努力しているしさ。夏休みの頃にはついていけるようになっているんじゃないかな?」
二人の意味深な言葉に不安が大きくなる冬夜。しかし、ここでリーゼの思わぬ一言により現実に引き戻される。
「そういえば、もうすぐ期末試験だけどもちろん大丈夫よね?」
「さすがリーゼちゃん。赤点になっちゃうと夏休みの計画が台無しになるからきちんとクリアーしてもらわないと。入学式で一年生代表の挨拶をしたんだし……ね?」
どんどん無言の圧力が大きくなり、冷や汗が止まらなくなる冬夜。実は魔法関連の教科は少々ピンチなのである。
「大丈夫よ。私と言乃花がいる限り、赤点なんて取らせないからね。冬夜くん?」
本人の意思に関係なく期末試験に向けて地獄の補講演習が決定した。
二人からのスパルタ指導を乗り越えた冬夜が、テスト終了と同時に真っ白に燃え尽きたのは言うまでもない。
いよいよ幻想世界へ旅立つ日は目前にせまってきていた。




