第22話 苦い記憶とソフィーの叫び
「こっちに来るな、メイ!」
必死に叫ぶ冬夜の声は虚しく響き、メイに届くことはなかった。虚ろな目をしたままおぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。
「お前……メイに何をした?」
「私は何もしていませんよ?」
クスクスと嘲るような笑みを浮かべるアビー。冬夜の脳裏に甦るのは迷宮図書館での一戦である。不思議な音を聞いた直後、ノルンの仕掛けた罠にはまってしまったのだ。
「まさか……いや、ノルンは言乃花たちと……」
「ノルンお姉さまがいないから不可能だと? そんな狭い視野では大切なものを見失いますよ?」
アビーの言葉に慌てて振り返ると既に姿はなく、一瞬の隙を見逃すほど甘い相手ではない。気がついた時には間合いを詰められ、冬夜の腹部に鈍い痛みが走る。下から打ち上げられるように左アッパーが入り、胃の内容物が押し上げられる。
「ぐっ……」
なんとか踏みとどまると反射的に身体を後ろにのけ反らせた。咄嗟の判断が功を奏し、ダガーによる追撃を紙一重で避けた。
「あら、お見事です。偶然とはいえ私の追撃を避けるとは」
「一撃入れて終わり……そんな甘い相手じゃないからな!」
アビーの追撃は正確に冬夜の首元を狙っていた。もし判断が一瞬でも遅れたら致命傷は避けられない。しかし切れ味は鋭く、左頬に一筋の切り傷が入り、糸を引いたように一滴の血が滴り落ちる。
「冬夜くん! 大丈夫か?」
離れた位置で静観していた学園長が声を荒らげる。
「俺は大丈夫です。学園長、お願いがあります。彼女ここに連れてきてください」
「ああ、そういうこと。わかった、くれぐれも無茶はしないようにね」
そう言い残すと学園長はスッと空間に溶けこむように姿を消した。その様子を見たアビーが驚いたように声を出す。
「あら? どこかへ行ってしまいましたよ?」
「何の問題もない。さっさとお前を止めて、メイを正気に戻すまでだ!」
「威勢のよさだけは買わせていただきます。ですがあなたごときに……」
アビーが気を取られた隙を見逃さなかった。力により強化した脚力で間合いを詰め、低く構えた姿勢から右手に構えた短剣を振り上げる。鳴り響く金属音。決まったかのように思えた一撃であったが、ギリギリのところで受け止められる。
「今のは驚きました。でも惜しかったですね」
「惜しくはない。これも作戦通りだ。こっちに気を引くためのな!」
冬夜が、何を言っているのか全く理解できないアビー。その答えは自身に降りかかる攻撃により身をもって思い知らされる。全く警戒していなかった左側から、鈍器で殴られるような衝撃が襲い掛かる。それはアビーの力をもってしても全てを打ち消すことは出来ず、体勢が一気に崩れた。
「ど、どこにそんな力があったのですか……」
「さあ、どこだろうな。さっさと終わらせるぜ! 漆黒の戦火」
冬夜を中心に漆黒の雲が展開され、その中から闇の魔力をまとった無数の矢が現れる。矢は自ら意思を持つかの如く、一斉にアビーに向け降り注いだ。
「ちょっとまずいですね……とでも言うと思いましたか?」
焦ったような表情から一転、余裕たっぷりにほほ笑むアビー。自らに降り注ごうとする攻撃を躱すそぶりもなく、その場から動く気配もない。
(一体どういうつもりなんだ……)
アビーの真意を計りかねていたその時だ。余裕たっぷりにほほ笑んでいたアビーの姿が揺らぐと冬夜の視界から消える。
「冬夜くん!」
声が聞こえたほうに視線を送ると、学園長が連れてきたソフィーがメイを抱きしめていた。その様子に冬夜が胸をなでおろした時だった。下腹部から燃え上がるような熱を感じたのだ。
「戦闘中によそ見とは余裕ですね。後ろががら空きですよ」
視線を外した一瞬の隙が命取りとなった。背後に現れたアビーの声が聞こえたと同時に、下腹部へポイズニング・ダガーが深々と刺さっていた。鈍い痛みが身体を襲い、冬夜の意識はゆっくりと薄れながらその場に崩れ落ちていく。
「いやー!!」
メイの大絶叫が辺りの霧を払い除けるように響き渡り、彼女を中心に白く眩い光が放たれた。その勢いはソフィーをも吹き飛ばす。衝撃波はアビーにも襲いかかり、数メートル先まで吹き飛ばされていく。
「メイ、だめ! そんな状態で力を使ったら……」
ソフィーの必死の叫びも虚しく、メイの光は一層輝きを増す。あたり一帯を巻き込み、倒れていた冬夜をも飲み込んでいく。その場にいる全員の視界が奪われた。
「この光はまさか? 今覚醒したら……危ない! ソフィーくん、離れるんだ!」
光の勢いは益々加速していく。必死に泣きながらも駆け寄ろうとするソフィーを抱き止め、少しでも安全な距離をとる学園長。その腕の中でメイの名を何度も叫び、泣きながらもがくソフィー。
アビーの攻撃を受け、倒れこんだ冬夜は無事なのか……
ソフィーが必死に叫び、止めようとした理由とは?
光に飲み込まれたメイと冬夜の運命は……




