第20話 真なる敵と学園長の実力
「いってぇ……あれ? どこだ? ここは……」
フェイから放たれた直撃を逃れられないと覚悟した時、目の前に現れた芹澤によって地下へ落とされた冬夜。気がついて辺りを見回すと驚きの景色が明らかになった。地下とは思えない巨大な空間が広がっており、高さは冬夜の身長の二倍以上ある。壁の両側には灯りが灯され、通路のように道が伸びている。
「なんで地下にこんな空間が?」
周囲の状況を確認するために見回すと、落下した場所のすぐ近くに手のひらサイズの箱のようなものが落ちていた。
(この怪しい箱みたいな物はいったい……ん? ボタンの上に「これを押せ」と書いてある、この字は副会長か?)
地面に落ちていた箱を拾い上げ、指示通りにボタンを押すと正面に芹澤の姿が映し出された。
「冬夜くん、手荒な真似をして申し訳ない。この映像を見られたということは、無事に成功したということだな。まあ、私に失敗などありえない!」
「相変わらずだな、この人は……」
「さて、本題に入ろう。妖精たちの襲撃は囮であることが判明している。本命は学園のすぐそばに迫っているはずだ。隠し通路を使い、今すぐ学園に戻れ。奴らの本当の狙いは私の研究とメイくんである可能性が高い。無駄な魔力消費を避けるため君の力を一時的に封じさせてもらった。なお、仕組みは企業秘密だ! 映像が終わるころには魔力の封印も解けているだろう。それでは健闘を祈る!」
芹澤のホログラムは言い終えると姿を消し、機械から一筋の光が奥に向かって伸びていく。
(奴らが囮? 本命は別にいる? 何が何だかわからない……ただ、メイが狙われているなら急がないと! その前に学園に魔力が戻ったか確かめておくか)
スッと目を閉じ、魔力を集中させる。すると、先ほどまで何の反応も示さなかったロザリオが光り輝き、全身を力が満たしていく。
「よし! これなら戦える。早く学園に戻らないと!」
光が指し示した方へ全力で走り出した。
同じ頃、もう一つの戦いが始まろうとしていた。
学園の正門にもたれ掛かるように待ち構える学園長。そしで霧の奥から一人の人影が近づいてくる。
「あら? お出迎えとはありがたいですね」
「うーん、出迎えに来たわけではないんだけれどな。今の状況でなければ、『お茶でも行かない?』って、お誘いしたいけどね」
未だ姿の見えぬ人物に対し、いつもの調子で話しかける学園長。変わらない笑顔で話しかけてはいるが、眼鏡の奥に光る眼は霧に潜む敵へ鋭い視線を投げかけている。ついに徐々に霧が晴れ、姿が明らかになっていく。
「まさか、君がくるとはね……そちらの本気度がよくわかるよ」
「最高の誉め言葉として受け取っておきますわ。学園長、いえ、迷宮神の異端児さん」
「その名で君に呼ばれるのはなんだか久しぶりだね。魔法を消し去る者、アビー君」
現れたのはノルンとうり二つの容姿をした妖精ではないアビー。上半身はピンク色のシャツ、黒を基調としたショートパンツに同色のコートを着ており、手には蠍を描いたポイズニング・ダガーがしっかりと握られている。学園長と対峙しているにもかかわらず、心の底から楽しんでいるかのような笑顔を見せる。
「それでは単刀直入にお伝えしますわ。あなたに用はないのです。私の邪魔をするのであれば、排除しなくてはなりません」
「それは物騒なお話だな。『はい、そうですか』と通すわけにはいかないんだよね」
「仕方ありませんね。では、さっさと倒して目的を遂行するまでです」
会話が途切れた瞬間、アビーの姿が消える。一瞬で間合いを詰め、横一線に切りつける。確かな手応えを感じとり、笑みを浮かべている。
「どうでしょう? 私の切れ味のほどは?」
「うん、悪くないね。ただ、格上と戦うのにその慢心はいただけないな。そんな君に心優しい僕がレクチャーしてあげよう。攻撃を仕掛けたら、ちゃんと周囲にも気を配ろうね」
背後をとられたアビーが、慌てて振り返ろうとした時、右手首を掴まれる。そして、バランスを崩し倒れかけると、ダンスを踊るかの如く、腰に手を添えられ抱きかかえられた。そして、目前には学園長の顔が迫る。
「レクチャーその二。自分より高位の相手と対峙するときに隙を見せるのは禁物だよ」
とっさに掴まれた右腕を振り払い、学園長と距離をとる。
(一切の気配を感じさせず、まして背後を取られるとは……)
ギリッと奥歯をかみしめる。一瞬にして力の差をまざまざと見せつけられた。
「もう少し遊んであげたいところだけど……ようやく主役が到着したようだから、僕はここで観戦させてもらおうかな?」
「何を言っているのかさっぱりわかりませんね」
「君の相手は僕ではないということだよ。あくまで、彼が来るまでの前座だからね」
そう言い終えると、正門に向かい視線を向ける。そこに現れたのは、息を切らせ走ってきた冬夜である。
「学園長! 遅くなりま……えっ? ノルンが二人? 言乃花たちが戦っていたはずじゃ?」
先ほどまで対峙していたはずのノルンが目の前にいることに混乱する冬夜。
魔法を消去る者の異名をとるアビーに対し、圧倒的な力の差を見せつけた学園長。
芹澤が冬夜に託した意図とは……
本当の戦いが始まろうとしていた。




