第19話 因縁の対決と忍び寄る脅威(後編)
「何をボサッとしてるの!」
フェイの攻撃が目前に迫り、避けられないと冬夜が覚悟した時だった。リーゼの怒号とともに水の壁が周囲を覆った。
「間に合った……私が時間を稼ぐから、自分の力を制御することだけに集中しなさい!」
(早く何とかしないと……この前までうまく使えていたはずなのに……)
リーゼの檄が冬夜の焦りを加速させる。言乃花から受けた洗礼の後、放課後など時間を見つけて精力的に自主トレーニングを行ってきた。最近はミスなく制御できるようになったという自信と慢心が綻びを生んだ。『自分は完璧に使いこなせる!』という驕り、初めての実践が因縁の相手という状況が冷静な判断力を失わせた。さらに攻撃は激しさを増し、覆っている水の壁にひずみが生まれる。何もできない焦りからどんどん追い詰められる。
「ずいぶんとなめられたものですね……まあ、いいでしょう。二人まとめて吹き飛ばせば済む話だ!」
「そう簡単にやられないわ!」
フェイが妖力を集結させようとした一瞬の隙をリーゼは見逃さなかった。
「突き抜け、水の弾丸!」
無数の圧縮された水の弾丸がフェイに向かって打ち出される。
「ちぃ、人間の分際で邪魔するとはイライラしますね。あなたからさっさと始末させていただきましょうか」
「そんな簡単に倒されるつもりはないわよ!」
空中から電流を纏う槍が降り注ぐ。流れ弾に被弾した木々が折れ、あちらこちらで火の手も上がり始める。その隙間を縫うようにリーゼは攻撃の手をゆるめない。その時、一瞬フェイの視線が二人から外れた。その隙を見逃さず、地面を蹴りあげ一気に間合いを詰める。同時に右手に魔力を集束させ、高圧水でできた剣を作ると、目前に迫るフェイに向けて一気に振り下ろした。
「多少はできるようになったみたいですね……ですが、遅い!」
切りつけたのは残像であり、むなしく剣は空を切る。次の瞬間、無傷のフェイが目の前に現れ、至近距離で攻撃が放たれる。
「下等生物らしく地面に這いつくばっていろ! 乱れ狂う雷の槍」
とっさに剣で攻撃を軽減させようと試みた。しかし、圧縮された桁違いの妖力に押し切られてしまい、地上へ叩きつけられる。
「リーゼ!」
冬夜が叫んだと同時に地面が揺れ、立っていられないほどの衝撃に襲われる。土煙が辺りに立ち込め、視界が奪われる。頭上からは、押し潰されそうなほどの妖力がビリビリと伝わってくる。
「一人ずつきっちり片付けようと思いましたが、そんなことをする必要はありませんね。二人まとめて始末すれば終わりです。お望み通り、吹き飛ばしてあげましょう。壊滅及ぼす雷砲!」
二人めがけ、辺り一帯を吹き飛ばすほどの雷撃が放たれる。ミシミシと音を立てて折れ曲がる木々。その一部が発火し、燃え広がり始める。冬夜は落下したリーゼのもとへ走り出した。
(くそ、間に合わない……何もできずにやられるのか……)
冬夜が覚悟を決めた時、土煙の中から一人の男性が現れる。
「やれやれ。見ていられないな。貴重なデータを取る絶好の機会なのだが、今の冬夜くんでは役に立ちそうもない」
「副会長? あなたは一体何を……」
よろよろと立ち上がり、おぼつかない足取りで近づこうとするリーゼ。そんなリーゼを全く意に介さぬ様子で芹澤は冬夜に近づき、耳打ちをする。
「は? あなたは何を考えているんだ?」
「残された時間は少ない。この場で役に立てないのなら、立ち去るがいい!」
芹澤の声が辺りに響いた次の瞬間、冬夜の足元の地面が崩れ落ち、そのまま落下していった。
「……冬夜くん、後の事は託したぞ。我々では対処が難しい」
小さく囁かれた独り言は、迫りくる攻撃の轟音にかき消されていた。
「さあ、お楽しみを始めようではないか。こんな貴重なサンプルを前にすると心が躍るな!」
不敵な笑みを浮かべる芹澤。その目前にはフェイによる攻撃が差し迫ってきている。
目を疑う光景にその場から動けないリーゼ。
(芹澤……いったい何を考えているの?)
地面の大穴へと落とされてしまった冬夜。
満身創痍のリーゼと不敵に笑みを浮かべる芹澤。
真意がわからぬまま冬夜は何を託されたのか……




