第2話 同時刻の学園では……
冬夜が入学書類を眺めていた頃、ワールドエンドミスティアカデミーでは入学式の準備が進められていた。
「もう彼が学園に入学してくる歳になったのか……月日が経つのは早いな」
心地よい日差しが降り注ぐ窓際に立ち、学園を囲むように深い霧に包まれた森を眺めながら呟く男性。彼こそワールドエンドミスティアカデミー学園長だ。赤茶の長髪を後ろで束ねて細いメガネをかけ、長身で引き締まった細身も相まって若く見える。彼の年齢やなぜ学園長を任されているかなど、詳細な情報は全て謎に包まれている。
「学園長! 例の新入生について……訳がわからないんですが? 頂いた資料を見ても特別扱いする理由がわかりません! なんで彼だけ? あ! 先日頼んだ件はどうなりました? まさか忘れてたなんて言いませんよね?」
制服を着た少女が重厚な学園長室の扉を勢いよく開け、怒鳴りながら飛び込んできた。身長差があるため見下ろす形になりながら、学園長が冗談交じりに答える。
「あれ? 何でそんなにピリピリしているのかな? イライラはお肌に良くないよ、リーゼちゃん」
「いい加減にしてください! この前だって……」
「ほらほら、常に楽しく笑顔でいなきゃ人生楽しめないよ?」
「誰のせいでイライラしていると思っているんですか!」
的を射ない学園長の回答に手に持った資料を丸め、全身を震わせながら怒鳴りつけてきたのは生徒会長のリーゼ・アズリズルである。透き通るような銀髪をポニーテールにまとめ、コバルトブルーの瞳をしている。生徒からの人望も厚いが、真面目過ぎる性格が災いしてよく学園長にいじり倒されている。
彼女は『幻想世界』から学園に入学してきた生徒である。
「イレギュラーな新入生を迎えるために忙しいんじゃなかったの?」
「誰のせいでクッソ忙しいと思ってるんですか? ちゃんとした資料を用意しておいてくださいよ!」
学園長を見上げながら怒鳴りつけると体の向きを変え、肩を震わせながら部屋を出ていくリーゼ。
「フフフ……楽しみにしているくせに素直じゃないな」
勢いよく閉められた扉を眺めながら笑みを浮かべる学園長。そして再び訪れる静寂……
「さて、彼は自力でたどり着き、彼女を救うことが出来るのかな? ――陰と陽が交わる時、か――面白くなりそうだね」
意味深な言葉をつぶやく、まるで全ての未来を見透かしているように……
「創造主の思い通りにはさせないよ……この世界に残された時間は多くない。さあ、どういった結末を導いて楽しませてくれるのかな? 天ヶ瀬冬夜くん。彼女と出会えるように期待しているよ」
世界の終焉が迫っているという危機的状況にもかかわらず、何かを楽しんでいるようにも見える学園長。
「さてさて……噂をすれば、かわいいねずみちゃんがうろついているみたいだね。ちょっと遊んであげようか?」
小声で短い詠唱を唱えると目の前にゲートが現れると溶け込むように吸い込まれていった。そして、誰もいなくなった室内には静寂だけが取り残されていた。
一方で、長い廊下を歩いているうちに冷静さを取り戻し始めたリーゼ。
「絶対、掌の上で踊らされているに違いないわ……いつも学園長が意味深にいう彼女って誰のことなの?」
ひとり言を呟きながら歩くリーゼ。何かを思い出したかのように立ち止まると左手に持っていた資料を広げた。隅々まで改めて目を通したが、不可解なところは見当たらない。
(きっと裏があるはず……でも、何か企んでいるときの学園長に関わるとろくなことがないし……だめだめ、新入生を迎える準備に集中しないと)
モヤモヤした気持ちを振り払おうと首を左右に振り、速足で生徒会室へ向かう。
学園長のいう彼女と残された時間の意味とは?
リーゼが知らない水面下の動きと冬夜が学園に入学する関係とは?
そう遠くない未来、彼女の想像をはるかに超えた出来事に巻き込まれていくとは知る由もなく……
――冬夜が学園を訪れるまで残り三日――