第1話 入学式と冬夜の災難
暖かな心地よい風が吹く晴れた春の日。花壇に植えられた花は咲き誇り、小鳥のさえずりが響く。ワールドエンドミスティアカデミーにおいても、新たな門出を祝福する入学式が講堂で執り行われている。
今年度は現実世界、幻想世界から合わせて五十名が入学する。粛々と進む入学式の中、学園長の挨拶によって予期せぬ注目を集める生徒がいた。
(なんで煽るようなことするんだよ、学園長は!)
怒りを通り越して諦めの表情を浮かべながら大きく項垂れる冬夜。学園長の『非常に変わった能力を保持する新入生代表にこの後あいさつをしていただこう』の一言が原因である。
「大丈夫? すごく大きなため息ついていたけど……」
「ああ、大丈夫だ。バッチリ挨拶を決めてくるよ」
小声で冬夜に話しかけたのは隣に座るメイ。小さく息を吐くと軽く両手を握り、気合いを入れる。
「新入生代表 天ケ瀬 冬夜くん、お願いします」
司会から促され、メイに小さくサムズアップをすると壇上へ向かう。
なぜ冬夜が新入生代表の挨拶をすることになってしまったのか?
事の発端は前日の学園長室で起きたことが原因だった。
「学園長! 今日という今日はきちんと説明してもらいますよ!」
いつものように学園長室内に響き渡るリーゼの怒号。
室内の中央にあるソファーの左手に怒り心頭で立ち上がっているリーゼ、その隣に先日保護されたメイとソフィーが不思議そうな顔で座っており、対面には事件の当事者となった冬夜と言乃花が座っている。
当の学園長はというと涼しい顔で窓の外を眺めている。
「そんなに叫ばなくても聞こえているよ。今日はやけにカリカリしてどうしたのかな?」
「はぐらかさずにちゃんと説明してください!」
リーゼがここまで苛立っている事の発端は数日前の事件に遡る。ノルンのワナにはまり、まんまと誘き出されたリーゼが慌てて迷宮図書館に駆け付けると、入口に冬夜と言乃花のほか、謎の少女とウサギの人形としか見えない人物(?)の四人が立っていた。少女たちをすぐに医務室へ運び、その後の部屋の手配を含めた事後処理はリーゼが仕切ることになった。ところが何か事情を知っているであろう学園長は当然のように雲隠れ。そして今朝、入学式の準備のため生徒会室にいくと『冬夜と言乃花を連れて午後二時に学園長室へ来るように』と張り紙が貼ってあったのだ。すぐさま学園長室に向かうももぬけの殻。イライラを抱えながら準備に追われたため、リーゼのストレスは最高潮に達していた。
「さて、みんな集まったことだからどこから話そうかな?」
イライラしているリーゼを横目に涼しい顔をして話し始める学園長。
「彼女はメイさん、隣にいるうさぎさんはソフィーさん。メイさんはある時期から記憶喪失みたいだね。診察した医師の話によると意図的に記憶を封じられている可能性があるとの事だよ」
淡々と説明する学園長。当然、肝心なことには一切触れないため、業を煮やしたリーゼが喰いついてくる。
「彼女たちの事は分かりましたが、なぜ迷宮図書館に現れたのですか? そもそも、どこの空間と繋がったのですか?」
「なぜ迷宮図書館と彼女たちがいた空間が繋がったのかはまだわからない。可能性があるとしたら、冬夜君の力が関係しているかもしれないという事だね」
「俺の力が?」
冬夜は先日のことを思い出した。ノルンの一言により怒り狂った挙げ句、我を忘れて荒れ狂う闇の魔力に呑まれかけた。結果としてはノルンを撃退することができたのだが……
「言乃花くんに渡したアイテムと君の力が共鳴し、メイさんのいた空間がつながった……ということかな。あれは一度だけ奇跡を起こすことができると言われている代物だったからね」
「奇跡が起きたのは間違いないですが、言乃花に渡したアイテムと彼女の空間を繋ぐ関係が……」
「まだ良くわかっていないんだ。継続して調査しているところだけど、不確定なことが多いから話すことは難しいね」
核心に迫りそうになるとうまくかわされる。
言乃花の方に視線を送るとこれ以上の追及は無意味と言わんばかりに首を横に振る。
その時、遠慮気味にメイが会話に入ってくる。
「あの……私たちはどうしたらよろしいのでしょうか?」
「まだ話していなかったね。ようこそメイさん、我がワールドエンドミスティアカデミーへ。明日の入学式に新入生として参加してもらうよ。そして、正式に学園の生徒として歓迎しよう」
さらりと重要な事を言う学園長。なにも聞かされていないリーゼが黙って納得するはずもなく、勢い良く学園長に詰め寄る。
「学園長! どうしてそんな重要なことを相談もなく、いつも土壇場で決めるのですか? もう少し物事には順序……ん?」
リーゼがさらに詰め寄ろうとした時、制服の裾を引っ張られるような感触が……
「リーゼさん、私たち……ここにいても大丈夫ですか?」
困惑した表情で見上げるソフィー。全身を小刻みに震えさせ怯えた様子で問いかける。
(こんなに震えて……ちゃんと安心させてあげないといけないわね、生徒会長として!)
片膝をついてソフィーと目線を合わせると右手で優しく頭をなでながら安心させるように話しかける。
「も、もちろんよ! 学園で一緒に過ごすほうが安全だし、何かあっても助けてあげられるからね、ソフィーさん」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
不安な表情がが吹き飛び花が咲くように笑顔が広がる。 うれしさを爆発させたソフィーが、リーゼの左手を握ると小刻みに飛び跳ねる。
(な、何このかわいい生き物!! ああ、もうすぐに抱きしめてあげたい!!)
緩みそうになる顔を必死にこらえながら立ち上がると学園長へ話しかける。
「これで彼女たちの件は決まったから……あ、学園長そういえば入学式の挨拶はちゃんと本人に伝えてありますよね?」
冬夜のほうをチラリと見たリーゼの口から不穏な発言が飛び出す。
「ああ、そのことなら今から説明するつもりだよ。冬夜くん、明日の新入生代表の挨拶はよろしくね」
学園長からとんでもない事実が暴露された。
「は? そんな話は聞いてないですよ! おい、リーゼ! なんで笑ってるんだ!」
学園長室から校舎内へ響き渡る冬夜の叫び声。
メイとソフィーも通うことが決定し、一筋縄ではいかない学園生活が始まろうとしていた。
冬夜は入学式を無事に乗り越えることができるのだろうか?




