閑話 二人の絆
「……あれ? ここはどこっすか?」
冬夜が紫雲に叩き起こされていた頃、レイスが目を開けると見たことも無い真っ白な天井が視界に映る。
「自分はいったい何をしていたんすかね?」
はっきりしない意識の中、自分が置かれている状況を確認するためにレイスは首を左右に動かしてみる。白を基調とした室内、モニターのついた多数の機械は無機質な音を一定間隔で鳴らしている。さらに右腕には点滴が刺さっており、体にはよくわからないセンサーが取り付けられていた。
「そういうことっすか……クロノス戦で自分は病院送りになったんすね」
徐々に意識が覚醒すると同時に体を起こし、朝陽の差し込む窓を眺めながら自身に起きたことを思い出す。冬夜の実家近くのヘリポートに降り立った時、機体の外にいた一布の声がなぜか聞こえたことが全ての始まりだった。
「あの時、なんで疑問に思わなかったんすかね……いくら大声で叫んでいたとしても機体の中にいる自分たちに声が聞こえるなんてありえないのに……真っ先に異変に気が付いていればこんなことにはならなかったはずっす」
悔やんでも悔やみきれないミスだった。何らかの通信手段で連絡を取っているわけでもなく、機体の中にいる自分たちに肉声が聞こえたという異変に気が付けなかった。レアさんという熟練者がいるという安心感が、レイスの心に隙を生んでしまった。その結果、ノルンたちの策略に気付けず、まんまと利用されてしまった。
「いち早く自分が気が付いて対処しなければいけなかったんすよね……あれだけ冷静になるように言われていたのに、いざクロノスと対峙したら我を忘れるなんて……ほんと冬夜さんたちにも申し訳ないっす」
俯きながら拳を握りしめていると悔しさがこみあげてくる。目にはうっすらと涙が溜まりはじめ、後悔の気持ちに押しつぶされそうになっていた時だった。突然、病室の扉が開くと同時に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「そうだな。今回の件を通していかに自分が未熟者であるか、再認識できただろう?」
「そうっすね。冷静に状況を見極めろとずっと言われていたっすから……相変わらず手厳しいっすよ、副会長」
「言い返せる元気があるなら結構なことだ。まあ……お前に大きな怪我がなかったことが不幸中の幸いだったぞ」
「……まあ、自分はこの世界で五本の指に入るくらいの身体能力は持っているっすからね」
「ふん、クレバーな判断力はプロフェッサーたる私の足元にも及ばんがな!」
「ははは、お見舞いに来たのか貶しに来たのかどっちなんすか……」
顔を上げたレイスが乾いた笑いを浮かべながら入り口に視線を向けると、白衣を身にまとった芹澤が腕を組みながら立っていた。
「なんだ? プロフェッサーたる私がわざわざ面会に来てやったというのだぞ?」
「ええ、こんな朝早くから面会に来ていただいてありがとうっす。ところで自分はどのくらい寝ていたんすか?」
「ああ、丸二日ほどか? 目覚めた気分はどうだ?」
「まだ頭がぼんやりとはしているっすけど、悪くない感じっすね」
落ち込んでいることを悟らせないように笑みを浮かべながら、左右に頭を振って見せるレイス。
「まったく……お前は昔から変わらないな。精神的にきついときにこそ、無理やり笑顔を作って周りに気を遣うところとか……安心しろ、今は俺とお前しかいない。抑え込んだ感情を爆発させてもいいんだぞ?」
「……ずるいっすよ、そんなこと言われたら何も言えないじゃないっすか」
「あ? 昔、約束しただろうが……俺の前では常に自然体でいろと」
「覚えているっすよ、もちろん。その言葉に何度救われたことか……」
「我慢する必要なんてない。無理に抑え込む必要もない、すべてを吐き出してスッキリしろ。話はそれからだ」
「やっぱり勝てないっすね、えー兄ちゃんには……」
「懐かしいな、やっと昔のように呼んでくれるか」
今まで見せたことのないような暖かい視線をレイスに送る芹澤。それはやんちゃな弟を優しく見守る兄のような雰囲気が漂っていた。
「よう……やく……呼べたっすよ……」
抑え込まれていた感情が一気にあふれ出し、大粒の涙が流れるレイス。そのまま体を前のめりにして顔を布団にうずめると、言葉にならない嗚咽が病室内に響く。
「今は好きなだけ泣けばいい……」
腕を組みながら壁にもたれ掛かった芹澤は、小さく息を吐きながら黙ってレイスの様子を見守っていた。
「だいぶすっきりしたっすよ」
数十分が経過し、少しずつ落ち着きを取り戻したレイス。
「ふふ、いい顔になっているな。憑き物が落ちたように見えるぞ」
「そうっすね。やっぱりえー兄ちゃんには敵わないっす」
「当たり前だろうが。それよりもいい知らせがあるんだが、聞きたいか?」
言葉を聞いた芹澤が呆れたように小さく息を吐くと、レイスに問いかける。
「そうっすね。スッキリしたところでいい知らせが聞けるって幸せっすよ」
「間違いないな。まあ……お前にはちょっと刺激が強すぎるかもしれんが……」
「刺激が強い? いったいそれは……」
芹澤の言葉を聞いてレイスが首を傾げた時、病室のドアが外れるのではないかという勢いで開くと元気な声が響く。
「やっほー! いい加減目を覚ましたかしら、このバカ息子は!」
「は? え? 何でここにいるんすか?」
「なによ? 久しぶりに顔を合わせたから忘れちゃったの?」
「いや、そうじゃないっす……、なんでここにいるんすか? 母さん!」
病室に勢いよく飛び込んできたのは、レイスの母であるリズだった。
「え? 息子が怪我して入院したって聞いたらお見舞いぐらい来るのが普通でしょ?」
「そうじゃないっすよ! ちょっと、えー兄ちゃん? 目を覚ましたなんて聞いてないっすよ!」
「そりゃそうだろ。言ってなかったからな!」
困惑するレイスに対し、ドヤ顔で宣言する芹澤。
「それはそうと、私が寝ている間にずいぶん無茶していたそうね? いろいろ聞いているし、じっくり親子の話をする必要がありそうね?」
満面の笑みを浮かべたリズの全身からどす黒いオーラが溢れ出す。危険を察知したレイスが芹澤に視線を向けて助けを求めようとしたが、既に姿は消え去った後だった。
「ちょっと! こんなの聞いてないっすよ!」
ある意味で最悪のサプライズに対し、レイスの悲痛な叫びが病院中にこだまする。
親子の思わぬ再会により、入院生活がさらに伸びてしまったのは言うまでもなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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