第30話 動き出す思惑とメイの正体
「え? プ、プロフェッサーさん?」
驚いて顔を上げたメイの視界に入ってきたのは、地面にうつ伏せに倒れたまま動かない芹澤の姿だった。
「だ、大丈夫ですか? 今そちらに行きますから!」
メイが立ち上がり、駆け寄ろうとした瞬間——聞き覚えのある声が響いた。
「大丈夫ですよ。今から話すことは聞かれたくありませんので、少しの間眠っていただきました」
「え? その声は雪江さんですか?」
「はい。よくわかりましたね、メイさん」
メイがゆっくり振り返ると、狐の仮面を被った女性の隣に雪江が立っていた。いつもと変わらぬ笑顔で優しくこちらを見つめている。
「こんにちは、雪江さん。いつの間にいらっしゃったのですか?」
「メイさん、こんにちは。あなたたちがお墓にいるとおじいさんから連絡をもらいまして、先ほど着いたばかりですよ」
「そうなんですね! 全然気が付かなくてすみません……」
雪江の言葉を聞いて申し訳なさそうに頭を下げるメイ。その様子を見た女性が小声で呟く。
「なるほど……以前から聞いていたとおりすごく良い子ですね。メイさんがいるなら、冬夜が道を間違えることはなさそうです」
「安心していただけたようで何よりです。冬夜が暴走したと聞いたときは気が気じゃなかったのですが、彼女が止めてくれたそうですよ」
「そうなんですか? あの子の魔力を止めることができたなんて……」
女性が驚きの声を上げていると、不思議そうな顔をしたメイが話しかける。
「冬夜くんの魔力が暴走した件もご存知なんですか?」
「ええ……ちょっと人伝いに聞きましたので。メイさん、あの子が持つ魔力はかなり異質なものなのですが、どうやって止めることができたのでしょうか?」
メイの方へ向き直ると、真剣な声色で問いかける女性。すると少し困ったような表情で答え始める。
「ええっと、私がなにかしたわけではないのですが……あの時、怒り狂っていた冬夜くんの前に立って必死に訴えただけです。『大丈夫だよ、私はどこにも行かないから』って……そうしたら、少しずつ正気に戻ってくれたんです」
「問いかけただけで正気に戻った……ですか」
メイの答えを聞いた女性は呆然とその場に立ち尽くしてしまう。すると、静かに話を聞いていた雪江が口を開く。
「私も最初聞いた時は耳を疑いました。そんなことができるはずがないと……しかし、メイさんと一緒に過ごすうちにその理由が少しわかった気がします」
「そうなんですか? でも暴走を力づくで止める以外……まさかメイさんは?」
女性が声を上げた瞬間、空中からガラスにヒビが入るような音が響き渡る。
「あれ? 何かが割れるような音が聞こえたような……」
メイが顔を上げると、青空に不自然なヒビが走っていた。
「いよいよ潮時のようですね。本当のタイムリミットが迫っているようです」
「え? もうお会いすることができないのですか?」
女性が悲しそうな声を上げ、寂しそうな表情を浮かべて問いかける。すると隣にいた雪江が優しく話しかける。
「そんなことはありませんよ。すぐではありませんが、近いうちに再会すると思います」
「そうなんですね! あれ? すみません、安心したら急に眠くなってきたような……」
花が開くような笑顔を浮かべたすぐ後、緊張の糸が切れたようにメイの意識が遠のきはじめる。体がふらつき、足元の石につまずきそうになったときだった。急に誰かに抱きしめられるような感覚を覚え、ゆっくり顔を向けると冬夜そっくりな黒髪の女性が現れた。
「あれ? 冬夜くんってそんなに髪の毛が長かったっけ?」
「ふふふ、メイさん。今後も冬夜のことを頼みますね」
「あ、はい。でも私のほうがいつも助けてもらってばかりなので……」
「本当は私がちゃんと力の使い方を教えなければならなかったのですが……代わりに伝えてもらえないでしょうか?」
「は、はい。私で力になれるのであれば頑張ります!」
朦朧とする意識の中で力強く返事をするメイを見て、安心したような笑顔を見せる。
「よろしくお願いします。『真の黒幕はクロノスではありません……もっと広い視点で物事を見ないと闇にのまれますよ』と……」
「え? 真の黒幕ですか?」
なんとか聞き返そうとしたが、遅い来る眠気には勝てなかった。そのまま夢の世界へ旅立とうと意識を手放した瞬間、彼女は誰かの声を聞いた気がした。
「大丈夫ですよ、きっと冬夜とあなたなら……」
「うまくいきましたね、瑠奈さん」
「ええ、なんとか間に合いました。彼女には正体を明かしても良かったのですが、まだ冬夜にバレるわけにはいきませんからね」
すやすやと寝息を立てて腕の中で眠るメイの頭を撫でながら、優しい笑みを浮かべている瑠奈。
「そうですね。あのバカ息子は変に頑固ですから……何としてもお仕置きをしなければいけません」
「気にしないでください。信念を曲げないということは大切なことですから……」
笑顔のまま怒りのオーラをまとわせる雪江に対し、なだめるように話しかける瑠奈。小さく息を吐くと、決意が固まったような表情で話し始める。
「時間はかかりましたが、虚空記録層の偽物が存在するということも……」
「そうですね。真の目的……『夢幻の巫女』である彼女を渡すわけにはいきません。それにヒイロの件も……」
「やれやれ、お主らに任せるとどうしてこう物騒な話になるんじゃろうな」
険しい顔で頷く二人の背後から聞き覚えのある声が響く。
「え? なんでおじいさんがここにいるんですか?」
雪江と瑠奈が慌てて振り返ると、家にいたはずの紫雲が笑みを浮かべて立っていた。
「冬夜たちの帰りがおそいのでな。散歩ついでに様子をみにきたのじゃ。そうそう、重要なことを伝えねばならぬな。クロノスが進めようとしている破滅の協奏曲なら、もう破綻しておるぞ」
「ど、どうしてそんなことがわかるのですか? お義父さん」
目を見開いて声を上げる瑠奈を見て、怪しげな笑みを浮かべて紫雲が話し始める。
「んー最初から破綻しておったしな、そのうちわかるじゃろ。さて……これから忙しくなるぞ。あの食わせ物がなにか企んでおるようじゃしな」
クロノスの計画が破綻したという紫雲は何を知っているのだろうか?
不気味に動く学園長の企みと、本当の黒幕とは誰なのか?
冬夜とメイに新たなる影が静かに近づき始めていた……
第七章 完




