第28話 迫るリミットと見守る人物
穏やかな空気が流れ始めた時、何かを思い出したメイが女性に話しかける。
「そうでした! クロノスさんと響さんのことなんです。お二人ともぐったりされてましたが、途中から姿が見えなくなってしまったので……」
メイの口から響の名前が出た瞬間、女性の体が小刻みに揺れた。そして先程までの優しい雰囲気から張り詰めた空気が流れ始める。
「ええ、そうね……あの二人についてよね……」
メイの言葉を聞いた女性の表情が曇り、あからさまに動揺している様子が伝わってきた。
「あ! す、すいません……言いにくいこともたくさんあるのに聞いてしまって……」
先程までの笑顔は消え、明らかに悲しそうな表情を浮かべる女性を見て、メイの顔から血の気が引いた。
「大丈夫よ。ちょっと嫌なことを思い出しただけだから……」
「本当にごめんなさい……私が変なことを言わなければよかったんです……」
落ち込むメイを見て、女性がなだめようとしたが言葉が出てこない。徐々に重苦しい空気が漂い始める中、芹澤が口を開いた。
「失礼します。お二人のやり取りを聞かせていただきました。メイくん、そこまで落ち込むことではないぞ。誰しもが心配していることだ」
「は、はい……でも、私の聞き方も悪かったのかなと……」
「心配ない。君はただ疑問に思ったことだけでなく、敵であるクロノスのことまで心配できる優しい心の持ち主だ。もっと胸を張るがいい」
「ありがとうございます」
メイの表情がわずかに明るみ、芹澤は女性に向き直った。
「詳しい事情はわかりませんが、答えにくいこともあるでしょう。気分を害してしまい申し訳ありません」
動揺した女性に対し、芹澤は深く頭を下げると彼女は慌てて声を上げる。
「頭を上げてください! 私が落ち込んだりしなければよかっただけなんですから」
「誰しも他人には言えない事情がありますから、答えられなくても仕方ありません。しかし、真実に近づくためには……たとえ嫌われてでも聞かねばならないこともあります」
ゆっくり顔を上げた芹澤の目には、有無を言わせないような覚悟が宿っていた。
「たしかにあなたのおっしゃるとおりですね。相応の覚悟をお持ちということは伝わりました」
「ありがとうございます。プロフェッサーを名乗る以上、真実を突き止めたい好奇心を止めることはできません!」
女性の言葉を聞き、笑みを浮かべて答える芹澤。
「ふふふ、負けましたよ。さすが翔太郎の息子ですね」
「ははは! 父と変わらないとは最高の褒め言葉を頂いた気分です!」
笑いの止まらない芹澤を見て女性が小さく息を吐いた瞬間、重苦しい空気が消え去る。
「さて、空気が緩んだところで申し訳ないですが、自分からも聞きたいことがあります」
「あなたには敵いませんね。いいですよ、私の答えられる範囲であれば」
「ありがとうございます。すべてを知ってしまっては、後に検証していく楽しみが減ってしまいますから。与えられた情報を元に実験と検証を繰り返し、真実にたどり着く! これこそ我がアイデンティティー!」
(ふふふ、ほんと親子ってそっくりね。静かに寝息を立てているけど、無茶して突っ込んでいくところとか誰に似たんだか……)
高笑いする芹澤の様子を優しい雰囲気で見守り続ける女性。すると気を良くした芹澤が笑顔で話しかける。
「失礼しました。気分が高揚し、笑いが抑えきれませんでした」
「テンションが上がると自然と楽しくなりますもんね」
「おお! わかっていただけますか!」
女性の同意を取り付けたことで、さらに機嫌が良くなる芹澤。ひとしきり笑い終えたところで突然真剣な表情で問いかける。
「では……本題に入りたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ」
「わかりました。先程メイくんが問いかけたご質問を覚えていらっしゃいますか?」
メイが問いかけた質問と聞いて一瞬女性の顔が曇るが、すぐに覚悟を決めたような目線を芹澤に向ける。
「ありがとうございます。それでは、自分が感じた違和感からご説明いたしましょう。本来であれば、冬夜くんとメイくんだけでお墓参りをする予定でしたが、奇妙な魔力と結界の反応を感じ、先回りしておりました」
「なるほど……随分興味深い話ですね」
「はい。響さんやクロノスとは何度か対峙したことがあるのですが、何故か違和感が拭えず半信半疑のまま対峙することになりました」
意気揚々と語っていた芹澤が急に俯き、顎に手を当てて沈思する。わずかに残った和やかさが消え、空気が一気に張り詰めた。
「面白い見解ですね。どんな違和感があったのか、詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「もちろんです。正確に言うなれば、響さんの魔力反応に乱れがあったといいましょうか。以前ほど追い詰められた感じがしなかった。さらにクロノスが現れる直前には、正気に戻りかけていたんです」
「正気に戻りかけていたですって……?」
芹澤の言葉を聞いた女性の声に動揺が走ったのがわかった。仮面の下の表情は見えないが、焦りが滲んでいるのが伝わった。
「雲行きが怪しくなってきましたか、そろそろ潮時ですね……」
この時、離れた位置から四人の様子を伺っている人物がいるとに誰も気付いていなかった……




