第19話 響の変化と介入者
「う、うーん……あれ? 俺は何をしていたんだ?」
意識が戻り始めた響の声色に異変を感じた芹澤。
(どういうことだ? さっきとは雰囲気がまるで別人ではないか……)
あまりの違いに驚き、芹澤はその場から動けなくなった。殺気立った気配は完全に消え、今の響は穏やかな表情を浮かべていたのだ。
「君は……玲士くんか? 俺はなんでこんなところにいるんだ?」
芹澤の存在に気づいた響がゆっくり体を起こし、話しかけてきた。あまりの変化に戸惑いつつ、警戒しながら答える。
「はい、玲士です。響さん、今までのことを覚えておられないのですか?」
「今までのこと? なんのことだ?」
投げかけられた言葉に、響は意味がわからないという顔で答える。
(記憶がない……だと? いや、油断するな。罠の可能性もある。万一を考えると、彼らと会わせるのはリスクが高すぎる……仕方ない、冬夜くんには悪いが、少し時間を稼ぐしかない)
響に気づかれないように左手を背後に回し、わずかに指を鳴らす。すると、先ほどまで聞こえていた蝉や鳥の鳴き声が聞こえなくなった。
(結界はうまく張れたな……雪江さんほどの強力なものではないが、話を聞く時間くらいは稼げる)
思惑通りに空間を隔離できた芹澤は小さく息を吐き、響に近づくと膝をついて声をかける。
「響さん、無理に起き上がらなくても大丈夫です。体に損傷があっては一大事ですから」
「そうだな、心配をかけてすまない。座ったままで失礼するよ。ところで玲士くんは、こんなところで何をしていたんだ?」
「ちょっと散歩をしておりまして……今は夏休みで、こちらに遊びに来ていたんです」
響からの問いに対し、核心を避けながら答える。先ほどまでの好戦的な雰囲気は消えていたが、いつ再びスイッチが入るかわからない。しかもここは瑠奈が眠る墓地だ。気づかれるわけにはいかない。警戒を緩めず応じる芹澤に、響は小さく息を吐くと困ったように言った。
「そうか……少し前に玲士くんと会ったような記憶はあるのだが、そのときのことをはっきり覚えていなくてな」
「そうなんですね……」
響の返答に合わせるしかなかったが、芹澤の頭の中は混乱していた。
(記憶障害……? 誰かに操られているのか、それとも別の要因か?)
必死に過去の対峙を思い出すが、矛盾は見当たらない。あのときの響は確かに自らの意思で立ちはだかったはずだ。思案を振り払い、改めて問いかける。
「響さん、いくつか伺ってもよろしいですか?」
「ああ、かなり記憶はあやふやだが……答えられる範囲なら」
「ありがとうございます。少し前に会ったとおっしゃいましたが、そのときの記憶を、覚えている範囲で結構です。どんな状況だったか教えていただけませんか?」
響は右手を顎に当てて俯き、しばらく考え込む。そして何かを思い出したように顔を上げ、話し始めた。
「そうだな……夢のような話かもしれないが、椿家の道場にいた気がする。その場には健太郎はいなかったが、弥乃さんらしき人物と玲士くんが立っていたように思う。何か話していたようだが……」
「なるほど……記憶が曖昧だということは、よくわかりました」
芹澤は返答を受けてもなお、違和感が拭えなかった。
(やはり記憶障害の可能性が高い……しかし、この引っかかる感覚は何だ? もう少し踏み込む必要があるな。危険だが……やるしかない)
覚悟を決め、核心を突く質問を投げかける。
「響さん、つかぬことを伺いますが……常に身につけているものがあるのでは? もし差し支えなければ、それを見せていただけませんか?」
「常に身につけているもの……?」
芹澤の指摘を受けた響が顎に手を当て考え込んだ瞬間、突如として頭を抱え込み、その場にうずくまった。
「う……な、なんだ……急に頭が……」
「し、しまった! 響さん、考えるのをやめてください!」
「頭が……割れそうな……ぐあぁぁ!」
尋常ではない苦しみに、芹澤は自らの過ちを悟った。駆け寄ろうとしたその時、聞き覚えのある声が空間に響き渡る。
「あらあら……見ていられませんね。邪魔されては困りますよ。時を縛る鎖」
次の瞬間、響の姿が芹澤の目の前から忽然と消えた。まるで最初から存在していなかったかのように。
「勝手な真似をされては困りますね……彼は私の計画に必要な人物です。こんなところで壊されては困るのですよ」
「チッ……私としたことが、気配を見逃していたとは……何たる失態だ」
顔を上げ、上空を睨む芹澤。その視線の先には、意識を失った響を抱え、薄ら笑いを浮かべるクロノスの姿があった。
クロノスが介入してまで隠そうとする「計画」とは……




