第12話 伝説の鉱石「ヒイロタイト」(後編)
「なぜあなたが……ヒイロタイトの事を知っているのでしょうか?」
瑠奈の表情が一層険しいものに変わり、凍てつくような視線がアビーを貫く。
「殺気に満ちた熱い視線を向けられるなんて……心の底からゾクゾクします! こんなに楽しい気分になれたのは久しぶりですね」
「質問の答えになっていませんよ……」
無邪気な笑顔を浮かべ、飛び跳ねながら喜びを表していたアビーが両腕を交差させて防御姿勢を作る。その直後、髪が乱れるほどの衝撃波が襲い掛かる。
「非殺傷能力を生かした攻撃とは……どうしても私の気を引きたいのですね! とてもいいですね、この心地よい殺伐とした空気、まさに死合いと言ってもいいでしょう」
「あなたと死合うつもりは微塵もありませんよ……ヒイロタイトの暴走をなぜあなたが知っているのでしょうか?」
意図的に会話を成立させる気がないアビーに対し、瑠奈の殺気はどんどん増していく。
「いいですね! どんどん憎しみと殺気が増大していく感じがたまりません! さて……そろそろ質問の答え合わせを致しましょうか?」
「最初から素直に答えればよかったのに……と言っても、あなたがすんなり話すとは思えませんがね」
瑠奈が言葉を言い終える前に姿が揺らぎ、アビーの目前に現れる。下腹部を狙って右足を蹴り上げると骨がきしむような鈍い音が空間内に響く。
「……」
「いい踏み込みでした……が、そんな殺気を身に纏った状態では不意打ちにもなりませんよ?」
蹴り上げた一撃は無防備だったアビーの下腹部を捉えたはずだった。しかし、まるで最初から読み切っていたように左手で瑠奈の足首を掴んでいた。
「読まれていたとは……なんて言うと思いました?」
瑠奈が呟くと素早く両手を地面につき、体を反転させて左足でアビーの顔面を狙う。その攻撃すら読んでいたかのように右足首を掴んでいた手を離し、バク転をするように華麗に避ける。お互いに体制を整えると再びにらみ合いが始まる。
「いいですね! ギリギリの攻防戦というものはいつでも心躍るものです」
「この程度であなたが屈するとは微塵も思っていませんよ。そう簡単に口を割らせても面白くないというものです」
「まさかそのような発言が聞けるとは意外ですね」
瑠奈の口から戦闘を楽しむような発言が飛び出したことに、目と口を丸くするアビー。そんな彼女の様子を気にすることなく淡々と話を続ける。
「そこまで驚くようなことでもないでしょう。狂人であるあなたと対峙するのに、普通の考えでは持ちませんからね……」
「またしてもお褒めの言葉を頂けるとは光栄です!」
満面の笑みを浮かべていたアビーだったが、瑠奈の放った次の一言で表情が一転する。
「それにあなたたちがここに来た理由も見えてきました……狙いは幻の鉱石『ヒイロタイト』の奪取が目的ですね?」
「……もうバレてしまったのですね。そう、私たちの計画には必要なんですよ……ヒイロタイトが!」
先ほどまでの余裕たっぷりな声から一転し、語気を強めるアビー。
「最初から分かっていましたよ。虚空記録層の封印を解くために必要な魔科学、完成に必要な最後のピース……ヒイロタイト。人の心を狂わせる結晶であり、ごく一部の能力を持つ者以外は触ることすらできない」
「よくご存じですわ。さすが闇魔法の最高の継承者であり、幼少期よりいかんなく才能を発揮させていた瑠奈……いえ、ルナさんですね。もっともあの事故に巻きこまれていたら……あなた自身もどうなっていたかわかりませんでしたよね?」
「……やはり両親が巻き込まれた事故は、あなたたちが絡んでいたのですね」
「昔の事なのでよく覚えておりません。人の手に余るようなヒイロタイトを暴走させてしまったのはご両親の不手際だったのではないでしょうか? やはり手遅れになる前に力尽くで奪い取るべきだった……」
言葉を言い終える前にアビーの体が舞い上がる。数メートルほど空中へ打ち上げると、先回りした瑠奈が腹部めがけて右足を振り下ろす。そのまま体をくの字に曲げたまま、地面に叩きつけられると粉塵が巻き上がる。
「……許せない、両親を奪い取ったお前たちを許すことなんて!」
ゆっくり降り立った瑠奈の目には大粒の涙が溢れ、舞い上がる粉塵の先にいる人物を睨みつける。同時に手に握った刀を振り上げると、何かをはじいたような甲高い音が響く。
「ちょっとおしゃべりが過ぎてしまったようですね……」
立ちこめる煙の中からゆっくり現れたのは口元から赤い血が流れるアビー。すべての感情が消え去った能面のような表情のまま瑠奈の前に現れる。
「過去のことはどうでも良いのですよ。私とお姉さまの理想を実現するため、アホのクロノスを潰すためにもヒイロタイトは必要ですから……」
「そうですか。クロノスの計画を潰すことには賛成ですが、ヒイロタイトを渡すわけにはいきません……彼女との約束を守るためにも」
瑠奈の全身から黒いオーラが溢れだし、全身を包み込んでいく。
「押さえていた魔力を解放されたのですね……それでは私も本気で立ち向かわせていただかねばなりません」
小さく息を吐くとアビーの全身が紫色のオーラに包まれる。すると空間を覆っていた結界が、二人の膨大な力に耐えきれなくなったように軋むような音を立て始める。
「刺し違えてでもここで決着をつける時ということですね……」
「いいえ、終止符を打つのはあなたのほうですよ」
どんどん膨れ上がる魔力が空間内を支配し、結界にひびが入るような音があちらこちらから聞こえ始める。
「……冬夜へ伝えねばならないことがあったのですが、叶いそうにありませんね……」
瑠奈の頬を一筋の涙が流れ、同時に二人の姿が消える。すると、静かに空中から二人の戦いを見守っていた人物が呟く。
「うんうん、素晴らしい戦いだね。だけど……まだ決着をつけるのは早いかな?」
二人が対峙していた場所を見つめると小さく息を吐き、何かを唱えると姿が消えた。
バトルの決着は思いもよらぬ結末を迎えようとしていた……




