第2話 二人に近づく不穏な影
大急ぎで身支度と朝食を済ませた冬夜が玄関に向かうと、鼻歌まじりにメイが待っていた。足音に気が付くと花が開いたような笑顔で話しかける。
「冬夜くん、準備できた?」
「ああ、待たせてごめんな」
「大丈夫だよ。それよりも冬夜くんの思い出の場所を案内してもらえるのすっごく楽しみ!」
「ははは……そこまで期待されると困るな。墓参りと近所の駄菓子屋とパン屋だから……」
期待に満ちた目で見つめるメイに対し、どう答えるべきか困惑する冬夜。すると音もなく背後に現れた紫雲が声をかける。
「なんじゃ、あんなに楽しい駄菓子屋はそうそうないじゃろうが。じいちゃんは悲しいぞ、昔は目をキラキラ輝かせて……」
「うわ! びっくりした……いつの間に現れたんだよ」
慌てて振り向くと肩を震わせ、笑いをこらえている紫雲。
「……なんで笑っているんだよ、じいちゃん」
「何を言っておるんじゃ? 昔はあんなに素直でいい子じゃったのにのう……どうしても欲しい玩具付きのお菓子をばあさんに買ってもらおうと、店先で泣きながら縋り付いておったのに」
「ちょっと! いつの話をしてるんだよ! そ、そんなこと言ったらじいちゃんだって当たり付のアイスをケースごと買い占めようとして、店先でばあちゃんに土下座していたじゃないか」
「何のことだか記憶にないのう? 品行方正、イケメンで街を歩けば皆から賞賛の嵐になるワシがそんなことするわけないじゃろう」
「どこが品行方正なんだよ……だいたい、賞賛の嵐って近所の小学生たちからしか聞いたことないんだけど」
「ふふふ、本当にお二人は仲がいいですね」
玄関で繰り広げられる謎の攻防戦を笑顔で見つめるメイ。その言葉に我に返った二人は照れくさそうにそれぞれ顔を背ける。
「か、過去の話だからな!」
「そうじゃよ! まあ……ちょっといたずらが過ぎた時期もあったかもしれんのう」
「お話を聞いているだけでもすごく楽しいですよ。私も……」
笑顔で話していたメイが一瞬悲しげな表情を浮かべると、割り込むように紫雲が答える。
「ワシにとってメイちゃんは大切な孫娘のようなもんじゃ。過去の事はわからんが、いつでもワシらを頼ってくれて構わんぞ」
「ありがとうございます!」
「やはり笑っている顔が一番じゃな。ところで冬夜、いつまでそこにぼーっと立っているつもりじゃ?」
「は? え?」
絶妙な紫雲のフォローにより、笑顔の戻ったメイに安心しきっていた冬夜。いきなり話を振られて慌てふためく。
「いつまでメイちゃんを待たせるつもりなんじゃ。まったくお前というやつは……」
「ちょっとまて! 寝坊したのは申し訳ないけど……今の流れは俺が悪いのか?」
「うむ、お前が悪い。ワシのおやつの時間が遅れてしまうことが一番の問題じゃ!」
「さっきデザートのフルーツを横取りしてたじゃないか!」
冬夜の絶叫が玄関に響き渡る。キッチンで朝食を食べていた時、冬夜のデザートが忽然と姿を消す事件があった。もちろん犯人はテーブルの下に隠れていた紫雲。すぐに見つかって争奪戦が繰り広げられたのは言うまでもなく……
「心が狭いのう。脳を活性化させるには良質な糖分は必要不可欠なんじゃぞ?」
「……ダメだ、じいちゃんと話していると埒が明かない。メイ、そろそろ出発しようか」
「うん! 紫雲さん、行ってきます。お菓子楽しみにしていてくださいね」
「メイちゃんが選んでくれるお菓子か……楽しみじゃのう」
笑顔で答えるメイに対し、優しい微笑みを浮かべる紫雲。
「じゃあ、行ってくるよ」
「冬夜、ちょっと待つんじゃ。お前に伝えておかねばならんことがある」
先に外へ出たメイを追いかけようとした冬夜を呼び止める紫雲。
「何かあった? じいちゃん」
「大したことではない。最初に駄菓子屋から行ってくれんか? その後は好きにしてかまわん」
「は? なんで駄菓子屋なの?」
「なんとなくじゃ。それに……何が起こるかわからんからのう」
「は? 意味がわからないんだけど……朝一で行く必要あるのか?」
「とにかく最初に行くんじゃ。わかったな?」
「別にいいけど……」
「わかったならいいんじゃ。さてと、ワシもやることがあるからのう」
そう言い残すと部屋の奥へ戻っていく紫雲。
(駄菓子屋に何かあるのか? ……いや、考えすぎか)
冬夜の脳裏に一抹の不安が過った時、門の方から大きな声が聞こえてきた。
「おーい、冬夜くん。どうしたの? 早く行こうよ!」
「ごめんごめん、すぐ行くよ」
慌ててメイのところへ駆けつけると、紫雲から伝えられたことを話す。
「メイ、最初に駄菓子屋に行ってもいいかな?」
「うん、いいよ。でも、どうして最初なの?」
「じいちゃんが最初に行けってうるさくてさ」
「そうなんだ。私はかまわないから、紫雲さんの言うとおりに行こうよ」
冬夜に笑顔で返事をすると、並んで歩き始める二人。
「どんなお菓子屋さんなんだろう? 冬夜くんが昔から知っているところだから、すっごく楽しみ!」
「近所の子供が来るような小さいところだけどな。美桜ちゃんやソフィーがいたらすごく喜ぶ……って、そういえばあの二人はどこに行ったんだ? 朝から姿が見えないけど」
「朝ごはん食べ終わったらすぐに出かけて行ったよ。レアさんとリズさんが大きな公園で思いっきり遊ぼうって」
「えっ……そのメンバーで大丈夫なのか?」
メイの言葉を聞いた冬夜の脳裏によみがえったのは、保養所で起こった出来事。いきなり現れたレアが「ちょっと体を動かしてくるね」と、レイスと美桜を連れ去った。それから数時間後、戻ってきた二人はまるで屍のようになっていたのだ。怪訝そうな表情の冬夜を見たメイが、微笑みながら話しかける。
「言乃花さんも一緒だから大丈夫だと思うよ」
「それなら大丈夫か。ところでリーゼと副会長も姿が見えなかったけど?」
「リーゼさんはエミリアさんとお話があるってどこかに行ったよ。芹澤さんは少しお昼寝するって」
「リーゼはご愁傷さまだな……いや、自業自得というべきか。まあ、懲りてくれればいいんだけど」
玄関の隅に積まれていた巨大なぬいぐるみを思い出し、小さく息を吐く冬夜。そして、様々な事件の舞台となった公園を通り過ぎると目的の駄菓子屋が見えてきた。
「メイ、あそこに見えるのが小さいころからよく通っていた駄菓子屋だよ」
「わー! お店の前にもいろんなお菓子が置いてあるんだね。あれ? 誰かいるよ」
駄菓子屋を指差した方向に視線を送ると紫色のショートボブの女性が一人。
「これだけ種類があると迷ってしまいすわ。あら? 奇遇なこともあるのですね」
「どうして……お前がここにいるんだ? ノルン!」
まるで二人の到着を待ちわびるかのように現れたノルン。
不穏な空気が漂い始め、楽しい空気が一変する。
彼女が二人の前に現れた目的とはいったい……




