閑話 ぬいぐるみ戦争「夏の陣」⑥
「リーゼ、これは一体どういうことか説明してもらいましょうか?」
「えっと、これは、その……」
呆然と座り込むリーゼの背後から凍りつくような視線と声が突き刺さる。
「ママ、違うのよ! 決して自分へのご褒美じゃなくて……そ、そう! メイちゃんや冬夜くんたちだけじゃなくて、クラスのみんなにもお土産を配ろうと思ったの」
リーゼが慌てて立ち上がると、少し離れた位置に立つエミリアに必死の弁明を始める。
「そう、クラスのみんなにもね……そういえば、あなたは生徒会長だったわよね?」
「そ、そうなのよ! 学園の代表者として現実世界に来ているわけだし、修学旅行の候補地として提案するためにもね!」
「そうね、こちらの世界のことを知らない子たちもいるし、両世界の雰囲気を知ることは大事なことだわ」
「でしょ! だから私は生徒会長として……」
「だけど、私から見たらお土産がぬいぐるみしかないように思えるのは気のせいかしら?」
「……」
エミリアの鋭い指摘に口を半開きのまま固まってしまうリーゼ。
「まあ……ぬいぐるみも大小さまざまな種類があるみたいだし、お土産としてもらって喜ぶ人もいるわね」
「そ、そうなのよ! ほんとにどの子も可愛くて魅力的なのよ!」
慌てふためくリーゼの横を無言で通り過ぎるエミリア。玄関の手前まで積みあがったぬいぐるみの山に近付き、中から一体取り上げると真剣な顔つきで隅々までチェックし始める。
「へえ、この質感は大したものね。翔太郎の厳しいチェックを通過した品質だけはあるわ」
「そうでしょ! 私もたくさんのぬいぐるみをお迎えしてきたけれど、こんなに肌触りが良いのはなかなかないと思うわ」
「たしかにね。モチーフにしているキャラクターも可愛いし、うさぎさんはどこかソフィーちゃんに似ているような気もするけど……」
エミリアが手に取った小さいうさぎのぬいぐるみを眺めながら呟く。すかさずリーゼが自慢げに話し出す。
「そうなのよね。ソフィアちゃんていうらしいんだけど、本当にそっくりですごくかわいいの」
「なるほどね……だから、うさぎのぬいぐるみがやたら多いのね?」
「どれも可愛すぎて選べなかったのよ。だったら全部お迎えして……あっ!」
どや顔で語っていたリーゼが慌てて口を押えるが、手遅れだった。
「まさかこんなに簡単に引っかかってくれるとは思わなかったわ」
「ママ? ナニヲイッテイルノカサッパリワカラナイワ」
全身を震わせて額から次々と汗が流れ落ちるリーゼ。なんとか弁明をしようと必死になる様子に呆れたエミリアが話し始める。
「まったく……あなたがぬいぐるみをみんなに配るなんてできるわけないでしょ?」
「……」
「お土産用のマジックバッグも限界まで詰め込むなって手紙が入っていたと思うんだけど?」
「え……そんな手紙見てないわよ?」
エミリアの言葉を聞いたリーゼが驚いた様子で答える。
「おかしいわね? たしかに三人分の袋と一緒に注意書きの紙も一緒にあったはずだけど……」
「もしかしてこの紙の事なのですか?」
少し離れた位置で二人のやり取りを見ていた美桜が思い出したように声をかける。そして右側のポケットからくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出すと、エミリアのところへ駆け寄った。
「玲士お兄ちゃんの字で書いてあるのですが、途中で破れていて読めなかったのです」
「ありがとう。肝心なところがなくなっていたのね」
美桜から受け取った紙を確認したエミリアが大きなため息をついた。玲士の注意書きは下半分が破れており、肝心な部分が無くなっていたのだ。
「この袋は限界を超えて詰め込むと、ほんの少しの振動で中に入れたものが一気に溢れ出すのよ」
「最初に一言言ってくれれば……」
「話しておいたところで絶対忘れるじゃない。だから見落とさないように紙に書いてもらったのよ」
「で、でも……破れていたら……」
「だからと言って、用意されたお土産を全部詰め込む人がいますか?」
正論を突き付けられ、ぐうの音も出ないリーゼ。
「まったく、翔太郎にお土産の用意を頼んだことが間違いだったわ……」
目の前に積みあがったぬいぐるみの山に大きく息を吐き、禁断の一言を告げる。
「これだけのぬいぐるみを置いておく場所もないし、気に入った数体を選んだら翔太郎に話して……」
「だめ! この子たちは全員お迎えするんだから!」
エミリアの言葉を遮るようにリーゼの絶叫が響き渡る。
「リーゼ、ちょっと落ち着きなさい! 全員を引き取るってどこに保管しておくつもりなの?」
「そんなの何とでもできるわよ! この子たちを守るためなら……たとえママでも容赦しないわ!」
リーゼの全身が水色のオーラに包まれ始めたとき、玄関の扉が開く。
「さっきの絶叫は何だったんだ? あ、リーゼたちが帰ってきたの……って何なんだ? このぬいぐるみの山は……」
「おかえりなさい……ってやっぱりやらかしたわね」
目の前に積み重なったぬいぐるみたちに困惑する冬夜と額に手を当てて首を振る言乃花。
「冬夜くん、あなたは私の味方よね?」
「は? 何の話か分からないんだけど……」
「まさか、ママの味方なんて言わないわよね? いや、言わせないわよ!」
リーゼのあまりの気迫に驚き、何が起こったのかわけのわからない冬夜。
ぬいぐるみの命運をめぐる戦いの火ぶたが切って落とされた……




