閑話 ぬいぐるみ戦争「夏の陣」⑤
「あら? 迎えに来たら何かまずいことでもあるのかしら?」
「あ、いや、そんなことはないんだけど……」
リーゼの持つ袋に鋭い視線を向けるエミリア。
「ずいぶんたくさんお土産もあるみたいだし、あとでじっくり見せてもらおうかしら?」
「……」
リーゼの顔から滝のような汗が流れ落ち、血の気がどんどん引いていく。その時、背後からにぎやかな声が届く。
「リーゼお姉ちゃん、出口で止まっていたら降りられないのです!」
「リーゼさん、どうされましたか? そういえばエミリアさんの声が聞こえたような……」
いくら二人が声をかけても、リーゼは石のように固まったまま動かない。
「あー、仕方ないのです。ソフィーちゃん、右手を持ってほしいのです」
「うん、持っているだけでいいの?」
「美桜が左手を引っ張るのです。そうすると体が半回転するはずなので、その隙間から外に脱出するのです」
「でも……そんなに勢いよく引っ張ると、倒れて怪我をしないかな?」
「大丈夫なのです。倒れそうになったらすぐ後ろに座席があるので問題ないのです。物は試しでやってみるのです!」
「うん、そうだね」
言い終えると同時にリーゼの左手を掴むとそのまま勢いよく引っ張る。すると美桜の目論見通り体が半回転した……ところまではよかった。
「美桜ちゃん、勢いつけすぎだよ!」
美桜が力いっぱいリーゼの左手を引っ張ったため、ソフィーの右手が外れて一回転しながら鈍い音を立ててヘリの座席へ顔面からぶつかった。
「ちょっと失敗したのです……」
「リーゼさん大丈夫ですか? 美桜ちゃん、いくら何でもやりすぎだよ!」
慌ててソフィーが声をかけるが、座席に顔を突っ込んだまま微動だにしない。
「ま、まあ大丈夫なのです。佐々木さんがいるから何とかしてくれるのです……それよりもエミリアさんにご挨拶しないといけないのです!」
「ソフィー様、大丈夫ですよ。ヘリの座席にはクッションの良いものを使用しておりますので、お怪我などするようなことはございません。リーゼ様は私が介抱しておきますので、エミリア様へ元気な姿をお見せになってください」
出入り口近くで待機していた佐々木が声をかけると、二人の表情が一気に明るくなる。
「わかりました。佐々木さん、リーゼさんのことをお願いします」
「承知いたしました。お任せください」
二人を安心させるように笑顔を向けると、頭を軽く下げながら左手を差し出す佐々木。ソフィー、美桜の順に手を取ってヘリから降りると、エミリアが声をかける。
「ソフィーちゃん、美桜ちゃん、おかえりなさい」
リーゼと対峙していた時のような険しい表情は消え、満面の笑みになる。二人は即座にエミリアのすぐ近くまで駆け寄った。
「ただいまなのです!」
「エミリアさん、ただいまです」
エミリアは片膝をついて二人と目線を合わせると笑顔で問いかける。
「二人ともとってもういい笑顔ね。遊園地は楽しかったかしら?」
「ものすごく楽しかったのです! どれから話していいのかわからなくなるくらいいっぱい話したいのです!」
「私もすごく楽しかったです。すごくかわいいうさぎさんと仲良くなれました!」
「それはよかったわ。メイちゃんや言乃花ちゃんも二人の帰りを待っているから、冬夜くんの実家でゆっくりお話を聞かせてもらえるかしら?」
「「もちろんです!」」
二人が元気よく返事をする様子を笑顔で見つめるエミリア。
「さてと……そろそろリーゼも起こさないとね。ソフィーちゃん、もういい加減起きてると思うから呼んできてもらえるかしら?」
「はい! ちょっと待っていてくださいね」
笑顔で返事をするとヘリのほうへ向かって走り出すソフィー。しばらくすると青い顔をしたリーゼが手を引かれてやってきた。
「ずいぶん楽しんできたみたいね、リーゼ?」
「ええ……でも、なんでママが迎えに来ているの……」
「師匠から連絡があって、もうすぐリーゼたちが到着するから迎えに行ってほしいと言われたのよ」
「そ、そうなんだ……でも、師匠って?」
「まあ、細かい話はあとでいいでしょ? それよりもたくさんお土産を持ち帰ってきたみたいだから楽しみね」
「……」
冷ややかな視線を向けられ、全身を小刻みに震わせるリーゼ。するとすぐ近くに控えていた佐々木が四人に声をかけてきた。
「皆様、ヘリポートの外にお車をご用意しております」
「やったーなのです! さあ、ソフィーちゃん行くのですよ」
佐々木の提案を聞いた美桜が歓喜の声を上げる。そしてソフィーの手を取り、走りだそうとした時だった。
「美桜ちゃん、慌てなくても大丈夫よ。それに転んで怪我をしたら大変だから一緒に行きましょうね」
素早く前に回り込んだエミリアが優しく声をかける。
「そうでした、家に帰るまでが遊園地なのです。リーゼお姉ちゃんも一緒に向かうのです」
「ええ、そうね……」
なぜか挙動不審なリーゼの様子を首を傾げながら、ヘリポートの外にあるミニバンに乗り込む五人。数分後、冬夜の実家前に到着して車から降りるときに事件は起こった。リーゼが座席に足を引っかけ、盛大に転んで袋が地面に落ちてしまったのだ。
「……やばい、早く拾わないと」
リーゼが慌てて袋を拾い上げようとしたが、すでに手遅れだった。地面に落ちた衝撃で限界まで詰め込まれた中身が、決壊したダムのように溢れ出す。
「ど、どうしよう……」
滝のような冷や汗を流すリーゼと背後から冷たく突き刺さる視線。
はたして彼女はこの難局を無事に乗り越えられるのだろうか?




