閑話 ぬいぐるみ戦争「夏の陣」③
「リーゼ様、美桜様、ソフィー様。お迎えに上がりました」
「あ! 佐々木さんなのです。もうそんな時間になったのですか?」
お土産と格闘していた美桜が振り返ると三人の様子を優しく見守る佐々木がいつの間にか立っていた。
「佐々木さん、こんにちは。急いで荷作りしてしまいますね」
「いえ、出発まではまだお時間がございます。じっくり吟味されても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。私たちはもうすぐ終わりそうなのですが、リーゼさんがまだ……」
ソフィーが視線を向けた先には、次から次へ袋の中へぬいぐるみを放り込んでいるリーゼの姿があった。まるで掃除機のように左手に持った袋の中にどんどん吸い込まれていく。
「リーゼ様は大変お忙しいようですね。ソフィー様、美桜様。もしよろしければお待ちいただく間、ラウンジにてご休息されませんか? お飲み物などご用意させていただいております」
「やったーなのです! ソフィーちゃん、早く終わらせてゆっくり休むのです!」
美桜とソフィーが残っていたお土産を袋に詰め始める。すると数分もしないうちに二人とも佐々木のもとへ駆け寄ってきた。
「佐々木さん、お土産ミッション完了なのです!」
「お待たせしました。お土産もたくさんありがとうございます」
「いえいえ、喜んでいただけてなによりです。それではラウンジのほうにご案内いたしますね。新作のお菓子と虹色ソーダをご用意いたしました」
「聞き捨てならないセリフなのです。これから美桜は新作のお菓子チェックをしなければならないのです! ソフィーちゃん、これは重大な任務なのですよ」
ソフィーの右手を掴むとその場で飛び跳ねて笑顔を見せる美桜。
「美桜ちゃん、そんなに飛び跳ねると危ないよ」
「大丈夫なのです! この喜びを抑え込んでおくことなど不可能なのです!」
「それは何よりです。では、ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
佐々木に促され、ソフィーと仲良く手をつないで歩き始める美桜。入り口横のラウンジに到着すると向かい合わせに配置された空色のソファーが並び、間にはガラスでできた透明のテーブルが置かれていた。全面ガラス張りの窓際にある席に案内された二人の目の前には、ソフィアやマロンをかたどったキャラクターをモチーフにしたクッキーが大きめのお皿にたくさん並べられていた。
「こちらが新作のクッキーになります。お持ち帰りもございますので、ぜひ言乃花様や冬夜様のご意見もお聞かせ願えればと思います。それではごゆっくりお楽しみください」
二人に声をかけるとぬいぐるみの山と格闘しているリーゼに向かって歩き出す佐々木。
「ソフィーちゃん、これはすべて食べつくしてレポートをしなければいけないのです!」
「美桜ちゃん、また食べ過ぎると言乃花さんたちに怒られるよ?」
「お姉ちゃんに怒られる事態だけは避けねばならないのです……」
「うん、そうだね。だから交互にひとつずつ食べていかない?」
「それは名案なのです! お互いに違うクッキーを食べて感想を言い合うのです!」
「そうしよう! じゃあ、私はこのソフィアちゃん型のクッキーにするね」
「美桜はマロンちゃんの形にするのです!」
二人はそれぞれのクッキーを手に取り、口に運ぶと驚きの声を上げる。
「ソフィーちゃん! このクッキーすごいのです! サクサクなのにしっとりとした不思議な触感ですごく味が濃いのです」
「美桜ちゃん、こっちのクッキーもすごいよ。ホワイトチョコレートでコーティングされているのにまったく溶けないの。中にイチゴのジャムが入っていてすごくおいしいよ!」
二人は感激しながら次々とクッキーを口に運んで行った。数十分が経過したころ、佐々木と一緒にリーゼがラウンジにやってきた。
「お待たせ! やっとお土産を詰め終わったわ」
「リーゼお姉ちゃん、お疲れ様なのです。ずいぶん長かったの……です……」
美桜が声のした方向へ振り返ると、目に飛び込んできた光景に思わず固まってしまう。リーゼの手に握られていた袋が、ありえないほどに丸く膨れ上がっていたのだ。
「リーゼお姉ちゃん……その袋は大丈夫なのですか?」
「これよね? ちょっと入りきらなくて無理やり押し込んだのよ。芹澤にあったら文句言わないと!」
「限度というものがあるのです……玲士お兄ちゃんは悪くないのです……」
「そう? まあ、結果的に全部入ったから問題ないわよ」
「全部なのです?」
リーゼの言葉を聞き、ハッとした美桜がお土産があったロビーに視線を移した時だった。自分たちが詰め終わった時には山のように残っていたぬいぐるみが一つ残らず消え去っていた。
「あのぬいぐるみが……きれいさっぱりなくなっているのです。あの袋から取り出すときが怖いのです……」
血の気の引いた美桜が全身を震わせていると、異変に気が付いたソフィーが声をかけてきた。
「美桜ちゃん、どうしたの? あ、リーゼさんも荷作り終わったのですね!」
「お待たせ、ソフィーちゃん。佐々木さんが迎えのヘリが来たって言ってるから三人で手をつないでヘリポートに行きましょう」
「はい! 美桜ちゃん、大丈夫? そろそろ出発だよ?」
「はっ、ソフィーちゃんのおかげで帰ってこれたのです。もう出発なのですね」
立ち上がったソフィーが震えている左手を握ると、ようやく正気を取り戻した美桜。その様子に安心したソフィーが佐々木に声をかける。
「佐々木さん、お待たせしました。いっしょにヘリへ行きましょう」
「承知いたしました。それではご案内いたします」
三人は佐々木の先導でヘリポートへ向かって歩き始めた。右には丸く膨れ上がった袋を持ったリーゼ、左にはスキップしている美桜が並んでエントランスを出るとサプライズが用意されていた。
「リーゼちゃん、美桜ちゃん、ソフィーちゃん。また私たちのところに遊びに来てね!」
ソフィアやマロンをはじめとした遊園地のキャラクターが勢ぞろいしていたのだ。
「え? これは天国へのお迎えが来ちゃったのかしら?」
「リーゼさん、しっかりしてください!」
突然立ち止まり、天を仰ぐように顔を上げたリーゼ。頬から一筋の涙が流れ落ち、その場で動かなくなってしまう。その様子に驚いたソフィーが慌てて声をかけるが何の反応も返ってこなかった。
「あーまたなのです。でも……何か大切なことを忘れているような気がするのです」
リーゼの右手に握られた袋をチラ見すると呟く美桜。
無関係な冬夜たちまで巻き込んだ一大騒動の時は着々と近づいていた……




