第30話 動き始めた『破滅の協奏曲(ペリシュ・コンチェルト)』
「冬夜、私が言う通りに力を開放するのです」
「力を解放する?」
慌てて周囲を見渡すが、人影は見当たらない。すると少し苛立った声が頭の中に響いた。
「何をしているんですか? もう時間がありませんよ」
「ちょっと待ってくれ。あなたは俺の……」
「迷っている時間はありません! また九年前と同じように……メイちゃんを危険に晒すつもりですか?」
「……俺は……同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんだ!」
冬夜が声を上げると同時に全身から魔力が一気に溢れ出す。
「魔力をコントロールしなさい。感情に身を任せるのではなく、理性を働かせて流れをつかむのです」
「わかった……」
冬夜が軽くうなずくと溢れ出ていた魔力は徐々に収まり、黒いオーラが全身を包むように変化した。すると体を縛り付けていた光の輪は輝きを失い、黒く浸食されながら砂が崩れるように消えていく。
「よくできました。ですが、もう時間がありません……」
「ありがとう、学園長の攻撃を耐えきって見せるよ」
「今のあなたなら大丈夫でしょう。残されたチャンスは一度だけしかありませんよ」
「そうか……」
「はい、あなたが使うべき魔法は……」
冬夜は女性の指示に耳を傾けると、迫る攻撃を睨みつけた。
「なるほどね……彼女が介入してきたというわけか」
腕を組み、冬夜の変化を上空から見下ろしていた学園長。
「……このタイミングを狙ってくるなんてやるじゃないか。僕も手を抜くわけには行かないから、全力で叩き潰させてもらおう。加速」
不敵な笑みを浮かべ、さらに詠唱を続ける。
「さあ、見事耐えきって僕を驚かせてくれたまえ!」
速度を増した光の槍が冬夜へ一斉に襲いかかり、空間を揺るがす激しい爆発が起こる。辺り一帯に真っ白な煙が立ち込めていく。
「ここまで眩しいのは予想外だったよ」
激しい閃光に視界を遮られた時、地上から光の筋をまとった黒い矢が放たれる。
「……一瞬の隙を見逃さないとは、ずいぶん成長……したみたいでうれしいね……」
学園長の右胸には深々と黒い矢が突き刺さっていた。背中の翼が少しずつ薄くなり、ゆっくり地上に降り立つと苦しそうに右胸を抑えて片膝をつく。
「一か八かだったが、うまくいったみたいだな」
煙が晴れていく中から現れたのは黒いオーラを全身にまとった冬夜。目は紅くなっているが、平常時と変わらぬ穏やかな魔力を保っている。
「さすが冬夜くんだ。僕の予想を遥かに超えてきてくれるとは……」
「そんなことはどうでもいい。じいちゃんたちがどうなったのか吐いてもらうぞ!」
冬夜が学園長に向かって駆け出した時だった。苦悶の表情を浮かべていた学園長の口角が吊り上がり、笑い声が響き渡る。
「まさか生徒にやられる日が来るとは……なんてね」
「……は?」
何の躊躇もなく右胸の矢を引き抜く学園長。その光景に呆気にとられた冬夜だったが、次の瞬間みぞおちに下から突き上げるような衝撃が走る。
「え……な、なんでじいちゃんが……いる……んだよ」
「お前にしては上出来じゃが……今はゆっくり眠るがいい、いずれお前も知る時|が来るじゃろう」
「意味が……わからないって……ば……」
無抵抗で拳をまともに喰らい、もたれかかるように気を失ってしまう冬夜。紫雲は完全に動かなくなったことを確認するとゆっくりと地面に降ろし、学園長へ向き直る。
「お前さんも悪ノリがすぎるんじゃなかろうか?」
「いやいや、緊迫感を出すためには悪役になりきらないとね。一流役者並みにうまかったでしょ?」
「お前は加減ってものを知らんからヒヤヒヤしたぞ……当初の目的は達成されたんじゃろうな?」
「冬夜くんも次の段階へ覚醒できたし、思った以上の収穫だよ。まだ創造主が固執している……いや、その先にある『破滅の協奏曲』を阻止するのには足りていないピースがあるけどね」
空を仰ぐように顔を上げ、悲しげな声で話す学園長。その言葉を聞いた紫雲はゆっくり目を閉じると公園の入口を見据えて問いかける。
「そういうことじゃ、玲士くん。最初から隠れていたのはわかっておったぞ」
紫雲が公園の入口近くに立っているひときわ大きな木に視線を動かすと、裏側から白衣を着た怜士が姿を表す。右手にタブレットを持ち、何かを記録している様子だった。
「バレていましたか……新しい魔道具のテストをするために隠れておりました」
「ワシも気がつくまでに時間はかかったがな。ばあさんが張った結界が不自然に湾曲していたからのう……」
「なるほど、少し調整を加えれば解決できそうですね」
左手を顎に当てながらタブレットを覗き込む玲士を見た二人は満足げな表情を浮かべる。
「封印された魔科学が解き放たれるときも近そうだね」
「そのようじゃな。さて、ワシは冬夜のケアを含めてみんなにはどう説明するべきじゃろうな?」
「何のことか僕にはわからないね。ところで、雪江さんの姿が見えないようだけど?」
「ああ、ばあさんなら瑠奈さんのところに行っておるわ。少々めんどくさい来客があるそうなんでな」
「そうか……たしかに彼女たちを相手するのであれば適任だね。僕も時間を見て遊びに行ってこようかな? 久しぶりに瑠奈ちゃんと話したいし」
「お前が行くとぶっ飛ばされるのがオチじゃろうに……」
ニコニコと答える学園長に対し、呆れた顔で話しかける紫雲。
「じゃあ、僕はそろそろお暇をいただこう。久しぶりに戦いを楽しめたよ。次元回廊、開け」
手をかざすと不思議なオーラを放つ鏡が出現する。そして、何の躊躇もなく吸い込まれるように姿を消す学園長。
「まったく……そんな便利な術があるのに何が忙しいじゃ、聞いて呆れるわい」
ゲートが消えると同時に公園の景色が一変し、本来の公園の姿に戻る。先程まで激しい戦闘が起こっていたことなど嘘のように……
小さくため息を付いた紫雲はゆっくりしゃがむと足元で寝息を立てている冬夜の頭をそっと撫でる。
「……ここから先はワシらや響たちが到達できなかった未知の領域じゃ。全てはお前たちにかかっておる……何としても『破滅の協奏曲』を止めてくれ、冬夜」
語りかけるように小さく呟き顔を上げると、難しそうな顔でタブレットを見つめる玲士に声を掛ける。
「おーい、玲士くん。冬夜を家まで運ぶのを手伝ってくれんか? ワシも力を使い果たしてしまってちょっと厳しいんじゃ」
「承知しました。代わりにタブレットを持っていただけないでしょうか?」
「かまわんぞ。じゃがな、データをまとめるのはしっかり睡眠を取ってからじゃ。目の下に隈ができておるし、レアが玄関先で待ち構えておるぞ?」
「げっ……母さんにもうバレていたのですか……」
「そりゃバレバレじゃろ。あいつの察知能力を甘く見ないことじゃな」
二人は顔を見合わせると声を出して笑いあった。そして、地面に寝かせていた冬夜を玲士が抱きかかえるとゆっくり歩き始める。
創造主たちの計画『破滅の協奏曲』と真の黒幕……
封印された魔科学が解き放たれる時、最後の鍵となるのは本当に「ソフィー」なのか?
様々な思惑が交錯する中、魔の手は静かに二人に迫っていた……
第六章 完
第六章「封印された魔科学」を完結することができました!
多くに皆様にに支えていただき、本当にありがとうございます。
物語も佳境に入り、少しずつ明らかになる創造主サイドの計画……真の黒幕も動き始めます。何が起こるのか……お楽しみいただけるように頑張ります!
今後の予定ですが、この後は恒例の登場人物紹介と閑話を予定しております。
遊園地から帰還したリーゼが巻き起こす「ぬいぐるみ戦争、夏の陣」をお送りいたします。
第七章「破滅の協奏曲」編の開幕まで、本編の裏側をお楽しみください!




