第26話 居残り組の帰還と動き始めた闇
雪江が帰ってきてから数時間後、ボロボロになったレアたちがおぼつかない足取りで帰ってきた。
「ホ、ホント疲れた……師匠の稽古は昔から容赦ないんだから……」
「久しぶりに稽古をつけていただけてよかった……と言いたいところだが、リズが余計なことを言うからだぞ?」
「あら? 私は思ったことを言ったまでよ。腕が鈍った健太郎が悪いんでしょ? いいところを見せようと手を抜く悪い癖が直っていないんじゃない?」
「な、何を言うか! 病み上がりのお前のことを思ってだな……」
「あーもう、うるさい! 大体あんたらが『まだできます!』なんていうからこんなことになったんでしょうが!」
言い争いをしながら玄関を開けたときだった。
「皆さん、おかえりなさい。ずいぶん元気が残っているようですね?」
「健太郎、まさか昔の悪い癖が……という事はありませんよね?」
三人を待ち構えていたのは満面の笑みを浮かべた雪江と弥乃。目は笑っておらず、全身から殺気があふれ出している。
「……え。いや……手を抜いてなんかおらんぞ! レア先輩でも最後はさすがに疲れてしまったようだが……」
「あ、バカ、健太郎! 余計なことを言うなってあれほど言ったでしょうが!」
「こら、二人ともやめなさい。師匠の前で見苦しい姿なんか見せたら……あ、師匠に弥乃さん、お出迎えありがとうございます、ただいま戻りました。ほら二人とも、早くあいさつしないとダメでしょうが」
「「た、ただいま戻りました!」」
滝のような冷や汗を流しながら、腰を直角に曲げる三人。
「皆さん、お疲れ様でした。自ら残って鍛錬を続けるという姿勢は素晴らしいものですね。大丈夫ですよ? 皆さんのことを信じていますから、疲れていたとしても手を抜くようなことはしないと思っています」
「レア先輩、リズさん。健太郎に稽古を付けていただきありがとうございます。師範を継いで教える立場のため、本来の力を発揮できる機会が減っていましたからね。私も長らく実戦から離れておりますので、ぜひお二人と手合わせをお願いしたいところですわ」
「……弥乃と本気で手合わせをするですって?」
「私は病み上がりだし、また今度お願いしようかしら……」
ゆっくりと頭を上げ、口元を引きつらせながら答えるレアとリズ。一方、健太郎は頭を下げた状態のまま微動だにしていない。
「そんなに謙遜しなくても大丈夫ですよ? 時間はたっぷりありますから。健太郎、いい加減顔を上げたらどうですか?」
「……」
「顔を上げなさいと言っているでしょうが!」
「はい!」
弥乃の怒号とともに跳ね上がるように身体を起こす健太郎。いつもの師範としての威厳は影を潜め、小動物のように全身が小刻みに震えていた。
「まったく……道場に戻ったらゆっくりお話しをしましょうね。色々聞きたいこともありますから」
「いや、これには深いわけがあってだな……」
「返事は『はい』か『押忍』ですよね?」
「押忍!」
二人のやり取りを見ていたレアとリズは必死に感情を押し殺していた。
「学生時代から力関係がまったく変わっていないわね」
「そうそう。いつも突撃してぶっ飛ばされていたのは健太郎だもんね。弥乃もめんどくさそうにしながら、どこか嬉しそうだったし」
「ほんとツンデレだったもんね。素直になればいいのに……」
「そこの二人、聞こえていますよ?」
背筋が凍るような冷たい声がレアたちに突き刺さる。口を半開きにしたまま凍りついてしまった二人に雪江が呆れながら声をかける。
「まったく……あなたたちは昔から変わっていませんね。さて、そんな汚れた服装で子供たちの前に出させるわけにはいきません。近くの温泉に話を通してありますから、汗を流してきなさい。夕食の準備も進めているのであまり遅くならないように」
雪江の言葉を聞いた三人に笑顔なると一礼し、一目散に玄関を出て行った。
「温泉って学生時代にお世話になったあそこよね?」
「ほんと懐かしいわ。泥だらけになってよく受付のおばちゃんに怒られたっけ」
「うむ、翔太郎が魔改造したシャワーヘッドを持ちこもうとして一時間みっちり説教されたこともあったな」
「あれは死人が出るレベルだったじゃない……高圧洗浄機をはるかに超える威力だったし……」
「でも、おばちゃんが『掃除が楽になるわ』って使っていたんでしょ?」
「なんか迷惑客の撃退にも使っていたとか……」
「「「なんで通報されないんだろうな」」」
三人は複雑な表情を浮かべつつ、昔話に花を咲かせながら温泉へ向かっていった。
「はじめまして! レイスの母『リズ・イノセント』でーす! いつも息子が迷惑ばかりかけてごめんなさいね」
夕食のために皆が座敷に集まった時だった。紫雲と雪江が『紹介したい人がいる』と告げると、勢いよくふすまが開く。するとテンションマックスのリズが右手でピースサインを作り、目元に当てながら声高々に自己紹介を始めたのだ。
「「「……」」」
「あれ? ノリが悪くない? ここはもっと驚くところだよね?」
全員が呆気に取られている様子に頬を膨らませて怒るリズに対し、小さくため息を吐くと声をかける言乃花。
「リズさん……一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「言乃花ちゃん、どうしたの?」
「突っ込みたいところはたくさんあるのですが……何で学園の制服を着ているんですか!」
「え? だって、今の制服ってかなり可愛いじゃない! それに私たちの頃よりおしゃれになってるし、気持ちは若くないとダメでしょ?」
「……」
満面の笑みで答えるリズと頭を抱えて項垂れる言乃花。何とも言えない空気が漂い始めたとき、紫雲が口を開く。
「ははは、さぷらいず成功じゃな!」
「やっぱりじいちゃんの仕業か……」
「提案したのはワシじゃが……用意したのはばあさんじゃからな」
「ばあちゃんも関わってたのかよ!」
呆れた冬夜が視線を送ると口元に手を当てて微笑む雪江。
「ええ、本人も乗り気でしたからね。結構似合っていると思いませんか?」
「すっごく可愛いです! お似合いですね、リズさん」
目をキラキラ輝かせながらうれしそうに声を上げるメイ。
「そうでしょ? まだまだ現役でも通用しそうじゃない?」
「……レイスがいなくて本当によかったわ」
その場で回転してポーズをとるリズに対し、大きなため息をつく言乃花。
「リズさんもそのくらいにしておきましょうか。さあ、みなさんお腹が空いているでしょうから頂きましょう」
「「「いただきます」」」
雪江の号令により、楽しい食事会がスタートした。
時は流れ、深夜午前一時過ぎ。全員が寝静まったことを確認すると、静かに家を出て公園へ向かう人影があった。
「……他の人は連れてこなくてよかったのかな?」
「みんなぐっすり眠っておるわ。お前さんにとっても都合がいいじゃろ?」
月明かりに照らし出されたのは真っ黒な胴着に身を包んだ紫雲。そして、公園の中央に立つ長身の男。
「察しが良くて助かりますよ、観測者さん」
真夜中の公園に呼び出した人物とは?
紫雲が言っていた不穏な影と関係があるのだろうか……




