第24話 瑠奈の目的と隠された真実
「やめてください。この役目は私が望んで引き受けたものですから……」
紫雲の言葉を聞いた瑠奈が申し訳なさそうな表情を浮かべる。素顔はぱっちりとした黒い瞳と、冬夜そっくりの顔立ちをしている。
「瑠奈さんはそう言ってくれるが……観測者としてわしらがちゃんと偽装を見破れなかったことが原因じゃ。もっと早く手を打っていれば、こんなことには……」
「もういいじゃないですか。紫雲さんと雪江さんが対処してくださったおかげで、すべてがうまくいきました。私が亡くなったと思わせ、クロノスを欺くことに成功したわけですから。その代償に冬夜には寂しい思いをさせてしまいましたが……」
「そうじゃな。誰一人として犠牲を出さず、妖精サイドの目的を潰せたことは非常に大きな事じゃ。響もそのことは十分理解していたはずなんじゃが……」
目を細め、天を仰いだ紫雲。様々な感情が渦巻く声は徐々にかすれていった。
「仕方ありません……真の目的を響が知ったら絶対に反対したと思います。それに……今でも血眼になって私を生き返らせる方法を探し回っているみたいですし」
「そうなんじゃ……あのバカ息子はどうしたものか……『今は動く時ではない』と何度も言ってきたんじゃが」
「虚空記録層……でしたか、響が目にしたというものは」
瑠奈の口から語られた言葉に驚く紫雲。
「瑠奈さんの耳にも届いておったか……」
「ふふふ……届きますよ。私がいるのは世界の裏側……通称『箱庭』と呼ばれていた場所に最も近いところですから」
「そうじゃったな。では瑠奈さんに観測者として問いたい……響が見たというものは『本物の虚空記録層』だと思うか?」
先ほどまでの和やかな雰囲気とは一変し、険しい顔つきで鋭い視線を送る。ひと時の沈黙の後、瑠奈は落ち着いた口調で話し始める。
「私の答えは最初から決まっております。響の見たものは偽物です」
「はっきり言い切るのじゃな。では理由を聞かせていただこう」
「答えは簡単です。『虚空記録層』の封印を破ることは不可能です。最後のピース……陰と陽の後継者が揃い、真の力が正しく導かれることを証明しなければなりません。二人を真の主と認めた裁定者が最後の封印のカギとなるため、ほかの何人たりとも聖域を犯すことは不可能です。たとえ創造主や管理者であろうとも……」
言い終えた瑠奈はゆっくり目を閉じ、祈るように両手を合わせる。
「ああ、そうじゃな。それに最後の封印を解くにはあの装置がいる……人類史上最大の禁忌とされる魔科学を集結させた技術の結晶が必要じゃからな。……あの封印を解くような事態になることだけは絶対に避けねばならぬ」
「……ですが、クロノスが不穏な動きをしていると聞いております。おそらく響が目にしたといわれる虚空記録層は……」
「瑠奈さんの見立てで間違いないじゃろう。……じゃが、ワシは響のことを信じておる」
力強く言い切る紫雲の言葉を聞いた瑠奈が顔を上げる。
「たしかに幼い冬夜を置いて半ば家出同然で飛び出していくようなバカ息子じゃ。しかし、何の考えもなしにクロノスが用意した罠に引っかかるようなバカではないはずじゃ……きっと何かを掴んでいるはずじゃ」
「……はい、あの人は根拠もなく仲間を裏切るような人ではありません……ものすごく不器用な人なんです。冬夜もきっとわかってくれる日が来ると信じてます。今はひどい父親と思っているかもしれませんが……」
「心配する必要はないぞ、瑠奈さん」
瑠奈の言葉を遮るように力強い言葉でかぶせる紫雲。その瞳には確かな自信がみなぎっていた。
「冬夜も何かを掴んでいるのは間違いない。まあ……バカ息子もどうしてここまで不器用な伝え方しかできんのかと思うが……真意はきちんと伝わり始めていると思うのじゃ。実際に対峙した瑠奈さんが一番よくわかっておるんじゃないか?」
「はい……ありがとう……ございます……」
口元を手で押さえると目から大粒の涙が溢れ出し、言葉に詰まる瑠奈。
「あの子の成長を再びこの目で確かめられたのは本当に良かったです……もう二度と叶えられないと思っていたので……」
「あきらめるのはまだ早いぞ?」
肩を震わせながら涙を流す瑠奈に対し、笑みを浮かべて語り掛ける紫雲。
「わしらが思い描いた結末とは違う未来が待っているような気がするんじゃ。メイちゃんと顔を合わせたことで確信したぞ」
「それはどういうことでしょうか? ……もしかしてメイさんと一緒にいる方が?」
「そういうことじゃ。本来の力を取り戻すのはまだ先になりそうじゃが、そう遠くない未来じゃろうな」
「そうですね……私たちではたどり着けなかった箱庭の真実が明らかになるのは時間の問題ですね」
言い終えた瑠奈の表情には先ほどまでの悲しみの涙はなく、どこか吹っ切れたような笑顔が浮かんでいる。そして、まっすぐ紫雲を見つめる瞳には希望の光が宿り始めていた。
「元気になって安心した……と言いたいところじゃが、どうやら時間切れのようじゃな」
紫雲が微笑み返すと少しずつ体が薄くなり始める。
「もうそんな時間なんですね。冬夜と一緒にこちらの世界に来ると聞いたときはびっくりしましたが……私はお役に立てたでしょうか?」
「何を言うか! 十分すぎるほどじゃよ、こちらこそ無理難題を押し付けてすまなかった……」
「とんでもありません。冬夜の成長を感じ、短い時間でしたが言葉を交わす夢も叶いました。お義父さんには感謝しかありません!」
「そう言ってもらえると無理を承知で連れてきたかいがあるというものじゃ! まあ……ちょっと調子にも乗りかけておったから現実を見せるにはちょうど良かったからのう」
「でも後ろからお義父さんの胸を打ち抜けって言われた時は本気で怖かったですよ……」
「すまんすまん。じゃがワシの演技力もなかなかのもんじゃろ? あの冬夜の本気で焦った顔は傑作じゃったな!」
子供のようにいたずらっぽい笑みを浮かべ、大笑いする紫雲、その様子を見た瑠奈は小さく息を吐くと安心したような表情を見せる。
「相変わらずですね。いつもこうやって楽しませていただいておりましたから……」
「人生は楽しく生きてなんぼじゃからな。さて……ちょっと不穏な動きがあるようじゃから釘をさしてくるかのう。こちらにも招かれざる客が近づいてきているようじゃ」
「ええ、私としては退屈しないのでいいのですが……お義父さんも無理をなさらないでくださいね」
サムズアップを決めた紫雲は笑顔のまま完全に景色と一体となり、見えなくなる。そして、一人残された瑠奈は目元に浮かんだ涙を軽くぬぐうと呟く。
「お義父さん、本当にありがとうございました。冬夜、私たちが描けなかった未来をあなたの手で見せてくださいね。いつまでも見守っていますから……」
静かに目を閉じると金色の魔力を身に纏い始める瑠奈。
双方に近づいてくる不穏な影とは?
予想すらしていなかった未来へ動き始めていたなど、誰一人として知る由もなかった……




