第7話 フェイの受難④
冬夜たちが芹澤と合流した頃、別次元に存在する宮殿内の回廊で対峙する三人の姿があった。
「二人が起こした行動について説明していただきましょうか?」
「何を言っているのかさっぱりわかりませんわ。まず、助けてあげたことへの礼が先ではないでしょうか? クロノス」
口調こそ穏やかだが、今にも燃え上がりそうな鋭い眼差しを向けるクロノス。一方、心底めんどくさそうに腕を組みながら柱にもたれ掛かるノルン。隣には左手に持ったポイズニングダガー・スコルピオを掲げてうっとりと見つめているアビー。
「なぜ私の邪魔をしたのでしょうか? 人間たちをまとめて叩き潰す絶好の機会だったのですよ?」
「そうですね、あのヘリポートにいた人間だけを叩き潰そうと思えば絶好の機会でしたわ」
「ならば、どうして人間に加担するような真似を?」
「はぁ……私の言葉を聞いてもまだ理解できていないのでしょうか……もう一度よく思い出してみてはどうですか、クロノス?」
「下手に出ていれば……ふざけるのはいい加減にしろ、ノルン!」
馬鹿にしたような返答を繰り返すノルンに対し、全身に青白い妖力を纏って怒りを露わにするクロノス。柱が小刻みに揺れ始め、天井から細かな粉じんが落下し始める。
「あら? 服が汚れてしまうじゃないですか……もう少し冷静に話せないのですか?」
「そうか……よほど叩きのめされたいようだな」
クロノスが纏っていた青白いオーラが一段と火力を増し、火柱のように立ち上る。するとダガーを見つめていたアビーが目を輝かせながらノルンに話しかける。
「お姉さま、私たちを叩きのめすとかふざけたことを言っているバカへお仕置きをしなければなりませんよね?」
「落ち着きさない、アビー。ここで暴れると創造主様にもご迷惑をおかけしてしまいますよ」
「わかりました。簡単には壊れてしまわない大事なおもちゃですものね」
「あなたは本当に理解が早くて助かりますわ……まったく、このバカに理解できるように説明してあげなくてはなりませんね」
アビーに優しくほほ笑むノルン。わざとらしく大きなため息を吐き、怒り狂うクロノスへ凍てつくような視線を向けて話し始める。
「少し冷静になられてはいかがでしょうか? あなたにもわかるように説明して差し上げましょう、感情に身を任せて見落としていた重要な事実を」
「意味の分からないことばかり……私が何を見落としていたというのだ??」
「結論から申し上げましょうか。観測者が近づいていた事すら理解していなかったようですね」
「な……観測者が近くにいただと?」
ノルンの言葉を聞き、目を見開いて固まるクロノス。先ほどまで立ち上っていた青白い火柱は消え、空間を揺らすほどの妖力も失せる。
「私たちが止めに入った時点ではまだ戦闘に加わるような動きは見せておりませんでしたが、あのまま戦い続けていれば間違いなく加勢していたでしょうね」
「チッ……私としたことが……」
「悔しがるのは結構ですが、私たちに迷惑をかけるような行動は慎んでいただきましょう。次は本気で潰しますよ?」
「……今回の件は貸しにしておきましょう。何を考えているのかわかりませんが、くれぐれも私の計画の邪魔をなされぬように」
「それはこちらのセリフですよ。もうよろしいでしょうか? あなたと話していると気分が悪くなりますので」
不敵な笑みを浮かべるクロノスに対してゴミを見るように冷やかな視線を向けるノルン。
「いつまでそのような態度ができるのか見物ですね……私も暇ではないのでそろそろ行くとしましょう。アビーさん、次に対峙する時は後悔するような絶望をプレゼントして差し上げましょう」
「プレゼントはそのままあなたにお返ししてあげますわ。甘美な悲鳴をあげながら絶望に堕ちていく様子を見せて頂きましょう」
「はっはっは……相変わらず面白い人たちです。それではまたお会いしましょう」
回廊内にクロノスの高笑いが響き、そのまま別空間へ吸い込まれるように姿を消した。
「最後まで強がっていましたね、お姉さま。ああ、はやくあの自信に満ち溢れた顔が屈辱に歪み、絶望していく様子を眺めたいです!」
「そうですね、そう遠くない未来に実現すると思いますよ。ヤツの計画には重大な見落としがありますから……ご自身では気付かれていないようですが」
クロノスが消えた空間を見つめ、二人が談笑していると背後から声がかかる。
「あれ? 二人揃ってなんでこんなところにいるんだよ?」
「私たちがどこにいようとあなたには関係ありません。それよりも頼んでおいたものはちゃんと確保できたのでしょうね? フェイ」
回廊の奥から姿を現したのは両手に大きな袋を持ったフェイ。
「も、もちろんだよ。ほら、頼まれていた限定のクッキーにチョコレート、お揃いのマグカップだろ。それに……」
持っていた袋をゆっくりと床に置き、一つ一つ取り出していくフェイ。
「ちゃんと揃っているようですね。おや? こちらのペアグラスはリストには入っていなかったと思いますが?」
「あ……えっと、それはアレだよ。二人には迷惑かけているからお詫びと感謝の気持ちを伝えようと思ってね……」
「珍しいこともあるものですね、お姉さま」
「なにか引っかかるような気もしますが……良い心がけですね、フェイにしては」
一瞬強張った表情を悟られないように両手を大きく振って笑顔で答えるフェイ。
「ちゃんとお土産も確認しただろ? じゃあ、自分の荷物の片付けもあるから……」
ノルンたちの前にお土産の入った袋を置くとすぐに立ち上がり、そそくさと退散しようとした時だった。フェイが持ち上げた袋から一枚の紙が落ちる。
「あら? 何か落ちましたわ」
「あ! それは……」
フェイが慌てて拾おうとしたが、既にアビーの手の中だった。そして、書かれていた内容に目を通した二人の空気がどんどん冷たくなっていく。
「ねえ、フェイ? 書かれている内容について説明してもらえないでしょうか? 『割れたマグカップは同じものと交換するね。ペアグラスも渡してきちんと謝らないとダメだよ。マロンより』 さて……これはどういう事でしょうか?」
「あの、それは、その……」
ノルンの指摘に冷や汗が滝のように流れ、どんどん青い顔になっていくフェイ。
「ずいぶん楽しんできたようですね? ゆっくりとお話を聞かせて頂けないかしら?」
「そうですね、お姉さま。じっくりお話を聞いて差し上げないといけませんよね?」
黒い笑みを浮かべる二人に対し、子犬のように震えあがるフェイ。そのまま首根っこを掴まれ、引きずられていった。
「ギャー! だから僕が悪かったから!」
しばらくすると宮殿内にフェイの大絶叫が響き渡った。
「せっかく楽しい気分にだったのに台無しになってしまいましたわ」
「お姉さま。お土産も届いたことですし、ゆっくりお茶でもしませんか? 契約と引き換えに用意させたクロノスの計画を潰すアイテムも見ておきたいですし……」
「そうですね、切り札ともいえる手段の一つですから……あなたにもきちんと理解してもらわないといけませんね。フェイ、はやく私たちの部屋にお土産を持って行きなさい」
「ふぁ、ふぁい……」
部屋の隅で高速で首を上下に振るフェイ。
芹澤が渡したクロノスの計画を潰す切り札とはいったいどんな代物なのか……




