第3話 笑顔に隠れた圧倒的な実力差
「は? じいちゃんたちがレアさんの師匠?」
ヘリポートの出入口に立つ老夫婦を見つめたまま、目を丸くして固まっている冬夜。白髪の短い髪、グレーのポロシャツとクリーム色のスラックスを履いた初老の男性。隣には黒髪をショートボブにし、クリーム色のカーディガンと長いスカートを履いた女性が寄り添っていた。すると、男性が優しい笑顔を浮かべたまま話し始める。
「もう師匠と呼ぶのはやめろと言ったじゃろ。わしらは当の昔に第一線を退いた身、現役世代のお前たちに敵うわけがなかろう」
「何をおっしゃいますか……私などまだまだ師匠の域には程遠いですよ。魔法の制御も人としても……」
「なんの、先ほどの戦いは見事じゃった。うちのバカ息子を仕留めた一撃は鍛錬の賜物じゃ。しかし、ほんのわずかだが感情の乱れが生じ、精度が落ちておった。いつも言っておったはずじゃ、戦いで相手と対峙する時は無心になれ、と」
言い終えると同時に姿が揺らぎ、一瞬でレアの目前に現れる。
「し、しまっ……」
「どんな状況であっても油断するなと常々言っていたはずじゃが、まさか忘れてはおらぬよな?」
慌てたレアが体を反らせたとき、鼻先をかすめるように突風が駆け抜ける。体を反らせた勢いのままバク転をして体制を立て直そうと顔をあげた時、首筋に冷たい感触を覚える。
「さすが師匠です。まさか二段構えだったとは……私の前に現れたのは魔力を纏わせた虚像であり、本体は最初から背後に控えていたというわけですね」
「見事な分析じゃ……と言いたいところじゃが、まだまだ甘いの。お主の背後にいるものが本当に実物だと思うか?」
「え? ま、まさか?」
レアが目を見開いた瞬間、首筋に確かに感じていた冷たい感触が霧散する。背後にあった気配も煙のように消えていた。
「なんで? 師匠の気配と殺気は間違いなく本物だったのに……私が感じたのはいったい?」
「まだまだ修行が足りておらんかったようじゃな。ワシはここから一歩も動いておらぬぞ」
レアが慌ててヘリポートの出入口付近に目をやると、何も起こっていなかったかのように変わらず寄り添って立つ二人の姿があり、微動だにした気配はない。
「おじいさん、自己紹介もしないでいきなりレアさんと遊ぶんですから……冬夜も皆さんも困惑していますよ」
「おお、そうじゃった。弟子の戦いを見ていたらどの程度成長しておるか自分の目で確かめたくなってな。すまんかった、わしは天ヶ瀬 紫雲じゃ」
「皆様、いつも冬夜がお世話になっております。私は冬夜の祖母、天ヶ瀬 雪江です。みなさんの到着を心待ちにしておりました。……冬夜、おかえりなさい。すっかりいい顔になりましたね」
先ほどの威圧的な空気はきれいに無くなり、笑顔で話しかけてくる紫雲と雪江。
「じいちゃん、ばあちゃん……ただいま!」
ひさしぶりに会った祖父母に喜びを隠せない冬夜だったが、隣でキョトンとしているメイに気づくと少し慌てたように付け加えた。
「あっ、みんなのことを忘れてた……じいちゃん、ばあちゃん、学園のみんなを紹介するよ。レアさんの隣にいる人は椿 言乃花さん、一学年上の先輩で生徒会の書記をしているんだ。隣にいる女の子はメイ、同じクラスで俺の友達なんだよ。それから……いろいろあってマットの上で眠っているのがレイス・イノセントさん、一学年上の先輩で生徒会の会計をしている人なんだよ」
「そうか、たくさん友達ができて良かったな……ところで、メイさんと言ったかの?」
「はい! はじめまして、メイと言います。冬夜くんにはいつも学園で仲良くさせてもらっています」
「メイさん、祖母の雪江と申します。冬夜と仲良くしていただいてありがとうございます。大したおもてなしもできませんが、ゆっくりしていってくださいね」
「祖父の紫雲じゃ……つかぬことを聞くが、メイさんはいつも誰かと一緒におらんかね? 冬夜ではなく……」
「冬夜くん以外ですか? 今日は別行動をしていますが、ソフィーと一緒にいます。どんな人かと聞かれると説明するのがちょっと難しいですが……」
「よいよい、ソフィーさんというのじゃな。メイさんはもしかして……」
「おじいさん、そのくらいにしておきましょう。まだ……」
紫雲がメイへ何かを尋ねようとした時、雪江が耳打ちするように小声で制止する。
「どうされましたか? 私が力になれるなら何でも聞いてください」
二人の様子を見たメイが不思議そうな表情を浮かべながら答えた。
「おお、ありがとう。何を聞こうと思ったのかど忘れしてしまったようじゃ。また思い出した時にでも教えてもらおうかの」
「はい! よろしくお願いします」
紫雲に満面の笑みで答えるメイ。そんな二人の様子を静かに見つめていた言乃花はある違和感を抱く。
(紫雲さん、雪江さんは何かを隠しているわ……メイちゃんとは初対面、ましてやソフィーちゃんがいつもそばにいることだって……)
顎に手をあてて俯き、考えを巡らせる言乃花。するといつの間にか背後に立っていたレアが声をかけた。
「言乃花ちゃん、どれだけ深く考えても答えにはたどり着かないわよ」
「レアさん、その言葉は聞き捨てなりませんね。私が重要な見落としをしているとも取れますが?」
「あなたが考えていることを当ててあげましょうか? 『紫雲さんがなぜメイちゃんとソフィーちゃんが一緒にいることを知っているのか』ということじゃない??」
「ええ……冬夜くんがメイちゃんたちのことを話していたならあんな聞き方はしないですよね?」
レアに視線を向ける言乃花。
「言乃花ちゃんのいうとおりよ、普通ならね」
「先ほどのレアさんとの模擬戦を見てもただ者ではないことはわかります。ちょっと待ってください! まさか……」
思い出したかのように口を開けたまま固まる言乃花に対し、口元を釣り上げて笑みを浮かべるレア。
レアを赤子の如く捻る実力を見せつけた紫雲と雪江。
言乃花の予測は当たっているのだろうか……?




